Traveling/Hiking/Cycling

きれいな風景を内在化できたら…。

サンフランシスコベイに浮かぶ一番大きな島、それがAngel Islandだ。


もし、アメリカ西海岸の魅力が豊かな自然にあるのなら、
そして、それをサンフランスコで身近に体験しようと思うなら、僕は、ここをお勧めする。


週末、久しぶりに、Angel Islandに行ってきた。


毎日、霧の立ち込める肌寒いサンフランシスコを離れて、
リフレッシュしたかった。


曇り空のサンフランシスコを抜けて、ゴールデンゲートブリッジを渡ると、
カリフォルニアらしい青空が広がり、陽射しが肌を刺す。


Angel Islandへは、今回はサンフランシスコからではなく、
対岸のTIBRONからフェリーに乗ってみた。
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島では東周りのルートを取る。
一周8キロのハイキングコースだ。


島全体が緩やかな山になっている。
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島の緑に縁取られた青い海では、たくさんの白い帆が風に吹かれていた。
視線を上にあげると、額縁のない青い空には白い雲が拡がっていた。
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島の反対側からサンフランシスコを臨むと、街は霧に覆われていた。
まるで…、欲望の渦巻く魔窟のようだ。
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車で1時間以内の生活圏に、
豊かな緑に、青い空、青い海、そして、白いヨットに白いカモメ…。
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これだけの豊かな自然がある。
動物だちだけでなく、人間の営みも、その豊かな風景の一部になっている。


本当に豊かな自然を目の前にした時、僕たちの息がとまる、時間が止まる、
思考がストップする。自分と風景が一体化しているような感覚になる。


自分の“枠”が落ちて、何かと一体感を感じるとき、
僕たちの“魂”は、癒されているのだなと思う。


便宜的に“魂”という言葉を使うけど、ここで言う魂とは、
“本質的な自分”のことだ。


そして、自分の枠とは、あなたが考える自分自身、あるいは、周囲が考える
あなた自身のことだ。


その“枠”は、あなたを形成し、あなたを他者と区別し、あなたを守ってくれる一方で、
あなたの魂を枠の中に閉じ込めてしまう。


豊かな自然は、一時的に自分を閉じ込めているそれらの枠を消してくれる。
その瞬間、僕たちは無防備になることができる。


そして、魂は新鮮なエネルギーを吸い込むことができる。


大自然のエネルギーを吸い込むことによって、魂は、社会で生きていくために自分や周囲が
設定した自分と言う枠を、内側から少しずつ本来の姿に向けて変容させていくことのできる力と
瑞々しさを取り戻すことができる。


自然と触れ合うことで人の内面に起こっていることとは、こういうことなのではないか。


セラピーの場も、魂の深呼吸と、その魂を護るのと同時に閉じ込めている枠の変容とが
自在にできる、大自然のような場であると良いのだろう。


だから僕は想像する。


大自然のような、大らかで枠のない雰囲気を持っているセラピストは、
クライアントが固持している枠を消してしまうことができるのではないか。


そう言うセラピストは、胸の位置に、豊かな自然と繋がっている窓を
持っているような人なのではないか。


セラピストの胸の位置にある窓から、息を呑むような大自然の
景色を眺める時間。それがセラピーセッションだ。


そこから見える大自然によって、枠から解き放たれたクライアントの魂は、
自らの枠を客観視し、その枠を自ら変容させることのできる力を持つことが
出来るのだろう。


だから、僕はいつも、どうやったらこの豊かな自然を自分の中に
内在化することができるだろう、自分の胸の位置の窓に
写し取ることができるだろうと試みているのだが…。

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ニューヨーク…。

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たった4日間の短い滞在を終えて、サンフランシスコに向かった。


行く前は、ニューヨークの何がそんなに人を引き付けるのか。
東京とニューヨークでは、何がどう違うのか。
とても興味があった。


東京とニューヨークでは、何が一番違うのだろう…。


一つは人種の多様性だ。


いろいろな人種が共存しているから、人々を共通の常識で縛ることができない。
人々の意識や行動を制限する枠が東京よりも緩いのだろう。
それが解放感に伴うエネルギーを生んでいるような気がする。


もう一つは、セピア色のビルディング群の間を流れる大量の原色、
つまり、街に溢れる黄色のタクシーだ。


でも、それ以外に、ニューヨークと東京にどういう違いがあるのだろう。
今回の滞在では、僕はニューヨークに、東京を大きく超えて、僕を惹きつける要素を
何も感じることが出来なかった。


逆に、ニューヨークには無くて、東京にはある魅力なら、いくつも
挙げることができそうな気がした。


他の人には感じることができて、自分には感じることができないニューヨークの魅力が
あるのであれば、それを今回、感じることのできなかったことは、とても残念だった。


でも、


実際に生活してみたら、また違うのだろう。
実際に住んでいる人たちと幅広く交わり、もっと深いレベルで交流してみたら、
また違うのだろう。


そんなことを考えながら、JFK空港を発った。
ちなみに、帰りの便はノースカロライナのシャーロット・ダグラス国際空港で乗り換えがあった。
3時間ほど空港で時間を過ごし、サンフランシスコに戻ってきた。


ちなみに、


当たり前のことだけど、サンフランシスコとニューヨークも違う。
街の規模の違いは当然のこととして、戻ってきて最初に感じた違いは、空気の形と味だ。
サンフランシスコの空気は、丸くて甘い。


もし東京にサンフランシスコのような人種の多様性を加えることができたら、
ニューヨークのような雰囲気になるのだろうか。


東京、サンフランシスコ、ニューヨーク…。
次は、ヨーロッパの都市を知りたい。


その次は…。

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ニューヨークの文化

ニューヨークのBlue Noteに行った。
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その日登場したアーティストは…、偶然にも日本人だった。


彼女はピアノの前に座ると、目を閉じた。
少しの間があり、そして薄暗がりの中に、彼女のピアノが響いた。


その音は、一瞬で暗闇ごと観客のハートを鷲掴みにした。


彼女の体が音に合わせて揺れる。表情も豊かに変わる。
原盤を叩きながら、声でリズムを取っているのが聞こえる。


アア…。ウーア。ヘイ。


彼女は自分が奏でるメロディに、自分の存在そのものを溶け込ませていく。


僕は、途中から、ピアノを聴いているのではなく、
彼女の存在そのものを聴いているような錯覚に陥った。


そんなに広くはないBlue Noteの空間が、彼女の存在で満たされた。


最後は、拍手大喝采のスタンディングオベーションだった。


ピアノという楽器を媒介にして、たった一人で聴衆と向かい合い、
真剣勝負のやり取りをする。その姿は感動的だった。
組織人にはあまり無い種類の潔さを感じた。



ブロードウェイでミュ-ジカルも観た。
MAMMA MIA !だ。
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席は、あまり期待をしていなかったのだが…、正面のど真ん中だった。


ミュージカルでは、役者は大きな声で歌って、体全体を使って、踊って、演技をする。
すべての表現スキルが凝縮されている。


必ずしも大きく派手な動きをする人にでは無く、
体にセンターを感じる動きをしている人に目が行く。


観客は、おそらく初めての人たちが大半なのに対して、
役者は、毎日、同じセリフ、同じ動きを演じている。


毎日の繰り返しを、毎回新鮮に演じて、観客に感動を与える。
大変なことだ。


演劇は嘘の世界だ。だって、“演じている”のだから。
でも、演じているのだけど、人を感動させることが出来る。


それはなぜか。


それは、きっと、本気だからだろう。
本気だけが人を感動させることができるのだろう。


最後は、全員の観客が立ち上がり、大歓声を舞台に送った。
そして、舞台の上の役者と一緒にABBAの音楽に合わせて踊りまくった。


アメリカには文化が無いとは良く聞く話だけど、
ニューヨークの夜には文化を感じた。

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自由の背中

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自由の女神、Liberty of Statueは、僕が想像していたよりもだいぶ小さかった。
僕が奈良の大仏や鎌倉の大仏に見慣れている日本人だからだろうか。


それよりも、


対岸に立ち並ぶウォール街の摩天楼の方が、よっぽどインパクトがあった。


アメリカは自由の国だと言う。その象徴が、この女神の像だ。
でも、正確には、アメリカは自由と競争の国だ。


その競争の象徴が、マンハッタンの超高層ビル群なのかもしれない。


今のアメリカには、本当の意味で、僕たちが憧れていた自由などあるのだろうか。
アメリカ的な自由は素晴らしいのだろうけど、その自由には、必ずセットで
くっついてくるものがある。


自由と責任…、
自由と孤独…、
自由と競争…、


究極の自己責任と、誰にも繋がることのできない一人ぼっちの孤独と、
生活の隅々にまで行きわたる激しい競争。


この前提の上にあるのが、今のアメリカ的な自由なんじゃないだろうか。


とてもタフでハードな条件だ。


セラピーが盛んな理由もわかる気がする…。


繰り返すけど、


競争の象徴の摩天楼は、想像していた通りに大きかった。
自由の象徴の女神は、思っていたより小さかった。


それが今のアメリカを端的に表しているんじゃないだろうか。
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グローバルリーダーとは何か

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僕が日本で務めていた会社の仲間がNYにいる。
彼は現在、NYオフィスを立ち上げ、そこの責任者をしている。


早朝、空港から彼にテキストメールを打ったら、すぐ返信の電話がかかってきた。
ちょうど、仕事で徹夜明けで今から寝るところだったと。


早速、会おうという話になった。


Park Avenue沿いの一等地にあるオフィスを案内してもらい、
NYの街を案内してもらった。


その間、僕たちはずっと仕事関連の話をしていた。
仕事の話とは、アメリカでグローバルリーダーの育成、あるいは、
コーチングビジネスをどう展開していくかということだ。


日系企業を対象にサービスを展開しようと思ったら、壁は二つある。


一つは、日系企業では、予算の決定権は日本の本社が握っているケースが
大半ということだ。つまり、NYだけで話がまとまらないので、日本の本社を
巻き込む必要が出てくる。


もう一つは、グローバル教育を行おうとする場合に、
地域平等主義の壁が立ちはだかるということだ。つまり、北米だけに
教育を施すわけにはいかないので、南米でもヨーロッパでも、
アジアでも平等に、という話になってしまう。


いずれも、実施までにかなりの調整が必要になる。


日系企業のみを相手にしている限り、早晩、ビジネスの展開に限界が見えてくるのは
明らかではないだろうか。


そもそも、日本のマーケットは、今後、縮小していく一方だ。
だから、視線を世界に向けることが必要になるのだが、向けた視線の先が
日系企業と言うのであれば、そこに開かれた未来を見ることはなかなか難しい。


すると、いずれアメリカの現地企業に打って出ることが必要になる。


ここから、僕たちの話は色々展開した。


その方向を目指そうとすると、人材の壁が立ちはだかる。


アメリカ人と対等に英語で交渉ができる日本人はどこにいるのか。


英語が出来るというだけでは不十分だ。
アメリカ企業のニーズが何かを把握し、問題を解決するための商品・サービスを開発する
必要が出てくる。英語を話す能力に加えて、創造的な仕事をする能力が必要になる。


そういうアメリカ人を雇えば済むと言う単純な問題でもない。
そもそも、上に描いたような人材は、アメリカ企業でも引く手あまただ。
わざわざ日系企業に就職先を求めないだろう。


それに、外部から即戦力の人材を調達するのみで、人材の内製化ができないのであれば、
ノウハウはその外部人材に蓄積はされても、組織に蓄積されない。
長期的に見て、デメリットが多い。


だから、どうすれば、そのような人材を育てることが出来るのか、
それが重要になる。それが、ビジネスの種になる。


海外で現地のニーズを把握し、現地の市場を切り開いていける日本人。
海外で現地の人と関係を結び、現地の人をマネジメントしていける日本人。
できることなら、日本の文化や伝統の素晴らしさを現地で広めていける
人材であれば、なお素晴らしい。


グローバルな舞台で力を発揮できる日本人。
そう言う日本人なら、きっと日本で仕事をさせても優秀なのだろう。


いや…、どうだろう。
本当にそうなのか、ちょっと立ち止まって考えてみる必要があるかもしれない。


「海外で活躍できる人材」と「日本で活躍できる人材」。


僕たちは、この2つを同じクオリティと考えているだろうか。
それとも、まったく別物だと考えているのだろうか。


どうも、グローバルリーダー、グローバル教育とは、
「海外で活躍できる人材」=「日本で活躍できる人材」という図式が
成り立たっていないからこそ生まれた言葉のような気がするのだけど…。


僕たちは、日本の優れたリーダーが、海外で必ずしも通用するとは限らないと
考えているんじゃないだろうか。


あるいは、海外の優れたリーダーが必ずしも日本で通用するとは
限らないと考えているんじゃないだろうか。


だから、日本でも海外でも通用するグローバルリーダーが必要と考えるのだ。
グローバルリーダーとは、日本でも、アメリカでも、ヨーロッパでも、
南米でも、アフリカでも、等しく効果的なリーダーシップを発揮できる人材のことだ。


ところが、この前提に立つならば、その逆も然りでないとおかしい。
つまり、日本で通用している優れたリーダーには、グローバルでも成功できるリーダーの
要素があるだろうし、アメリカで通用している優れたリーダーにも、グローバルで成功できる
要素があるはずだ。


では、いったいその共通項は何なのか。そして、相違点はどこなのか。


成功者をモデリングしている多くのリーダーシップ論を見ると、
グローバルリーダーになるためには、神様、あるいは聖人のような
人格者を目指すか、あるいは、権力を完全に掌握して結果を出し続ける
超トップダウンの辣腕ヘッドになるか、そのどちらしかないような気がして、
リアリティの無い机上の空論のように聞えてしまう。


いや、


まったく逆で、そもそもグローバルリーダーなんて
存在しないのかもしれない。実は、国際人が存在しないように。


グローバルと言う言葉は、何かを「一般化・普遍化」するための言葉だ。


だから、グローバルリーダーシップとは、本来は、世界のどこでも通用する
リーダーシップのことを指しているのだろうけど、実際には、アメリカ人には、
アメリカ的なリーダーシップが必要になるし、
ドイツ人には、ドイツ的なリーダーシップが必要になるし、
日本人には日本的なリーダーシップが必要になるはずだ。


それぞれの国や文化では、まったく違うスタイルのリーダーシップが必要になるのだ。


一つの国や地域で成功しているリーダーシップは、他の国や地域へ単純に
あてはめることができるようなものではない。リーダーシップが発揮されている前提条件、
つまり、場のカルチャーが違うのだから。


それを無視して、あたかも普遍的なリーダーシップのスタイルがあるかのように謳う
グローバルリーダーシップは、人間や国の多様性を無視した非現実的な
コンセプトだと言えないだろうか。


いかなる国や文化にもダイレクトにあてはまる経営学や心理学は存在しないはずなのに、
いかなる国や文化にもあてはまるリーダーシップがあるかのように考えるのは、
どうなのだろう。


グローバルなんて言葉を取っ払って、リーダーシップを考えた方が、
よっぽど具体的で、すっきりするような気もする。


アメリカ人らしいリーダーシップとは何か。
日本人らしいリーダーシップとは何か。
ドイツ人らしいリーダーシップとは何か。
インド人らしいリーダーシップとは何か。
中国人らしいリーダーシップとは何か。
あなたらしいリーダーシップとは何か。


…。


グローバルリーダーとは何か。
僕たちは、このテーマについて、もっともっと正面切って話していった方が
良いのだろう。堂々巡りでもいいから。
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ニューヨークに行く

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先週から今週にかけてニューヨークに出かけてきた。


直前にチケットをチェックすると、JFK空港への到着予定は、
深夜の12時15分となっていた。


amとpmを間違えたのだ。


チケットを買いかえると高くなるので、そのままの飛行機に乗った。
空港で夜を明かすのも、ひとつの貴重な経験になるだろうと思った。


サンフランシスコから約6時間。


JFK空港のターミナル7に到着する。


深夜も開いているフードコートはどこかと尋ねると、ターミナル4に行けと言う。
国際線ターミナルだ。


Air Trainに乗って移動する。


そこに着くと、Peet's Coffeeだけがオープンしていた。
空港夜明かし組が何人もいる。
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サンドイッチとコーヒーを買う。


席に座り、本を読み、パソコンに向かう。


途中、僕の向かいの椅子にラティーノのファミリーが入れ替わり勝手に座って、
何やら声高に話し出す。テーブルも占領されそうな勢いだった。


しばらくしたら、どこかに移っていった。


僕は、朝6時20分に席を立った。


チャイナタウンに行こうと思った。
お腹がすいていたし、サンドイッチ以外で安くお腹を膨らませることが
できると思ったから。


再び、Air Trainの駅までターミナル4を歩く。駅員に行き方を尋ねると
親切に教えてくれた。


終点で乗り換えて、Aラインに乗る。


ニューヨークの電車は、サンフランシスコのMUNIやBARTよりも、
僕の知っている日本の電車に近い。千葉県の総武本線を思い出した。
違いは、周りが黒人ばかりと言うことだ。途中から地下鉄になった。


チャイナタウンで腹ごしらえをし、ついでに、ほとんどチャイナタウン化している
リトルイタリーでジェラートを食べた。


とにかく、今日はNYの街を歩こうと思った。


僕は、街中をゆっくり北上した。
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ニューヨークの空はもう秋だった。空はどこまでも青く、高かった。
刷毛で掃いたような雲が白く擦れていた。

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季節感の薄いサンフランシスコでは味わえなかった感情に久しぶりに
触れた気がした。


ユニオンスクエアのファーマーズマーケットも、秋らしい品ぞろえだった。
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途中に寄ったスターバックスで、僕はこの文章を書いている。


東京もニューヨークも、都会の空気はどこも似ている気がした。


多くの人が憧れるニューヨーク。
徹夜明けの初日、僕は、まだニューヨークの魅力を発見していない。
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Quality of Life

サンフランシスコはとても寒い日が続いている。


でも、一歩、郊外に出ると、そこはカリフォルニアだ。
抜けるような青空が広がっている。


日曜日、旧インターン仲間のMikeの誕生日と言うことで、
Mikeの弟のAndrewと3人でハイキングに出かけた。


僕たちは、昼食を一緒に取りながら、お互いの近況報告と、
どこにハイキングに行くかを話し合った。
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サンフランシスコ周辺には素晴らしいハイキングコースがたくさんある。
僕たちは、高級住宅街のMill Valleyから、杉の大木が生い茂るMurewoodsに
延びるDepseaというエリアをハイキングコースに選んだ。


スタート地点は、緑があふれる軽井沢のような住宅街の中だった。
僕たちは、オシャレな道を歩きながら徐々にハイキングコースに入っていった。
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高台の上に立って、青空と太陽と爽やかな風と木々の香りを
五感のすべてを使って感じる…。


本当に久しぶりだった。
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ちなみに、弟のAndrewは、90年代の後半に日本のに4年間住んでいた。
NECに勤めていたのだ。その後、帰国し、UCバークレーでMBAを修得した。


現在は、エレクトロニクス関連企業への投資に特化したサンフランシスコの
ベンチャーキャピタルに勤めている。


平日は良く働き、週末は良く自然に親しんでいる彼に、僕は尋ねてみた。


「日本とカリフォルニアのQuality of Lifeを比べてみて、どう思う?」


彼は言った。


「日本はとても楽しかったよ。長い歴史もユニークな文化もある。


でも、サンフランスコでは、車を一時間も走らせれば、
本当に豊かな自然に出会うことができる。


もし自然が好きなら、カリフォルニアに勝る場所は無いね。
スキーとハイキングの場所に事欠かない。


僕はもう、他の場所に住みたいと思わないよ。
ここでの生活に心底満喫しているからね。」


隣で、Mikeも頷いていた。


僕が日本でお世話になったコンサルティングファームの先生は、
ずっと昔、アメリカの企業に勤めた後、カリフォルニアで会社を立ち上げた。


そして、日本に戻ってくる際に、会社の場所を、東京ではなく芦屋に
置くことに決めた。


“Quality of Life”を考えての決断だったと、以前、話を伺ったことがある。


ちなみに、そのコンサルティングファームのクライアントの大半は東京だった。
僕たちは、ほぼ毎週、伊丹空港から羽田空港に飛ぶことになった。


緑と文化に溢れる芦屋の住環境を楽しみながら、東京で勝負する。
それはそれで、面白い生活だった。


もしかしたら、今は、カリフォルニアでの生活を楽しみながら、
東京で勝負するということも可能な時代なのかもしれない。


考え方と、実力次第だ。


カリフォルニアを心から愛する、ニュージャージー出身の
MikeとAndrewの話を聞きながら、いろいろ考えた。
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Angel IslandとBeer

ここ10日間ほど、霧の多いサンフランシスコらしくないというか…、
サンフランシスコはカリフォルニア州にあったんだなと思い出させてくれるような、
Californiaらしい突き抜けるような晴天が続いている。

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今週、サンフランシスコ湾に浮かぶ島、Angel Islandに出かけた。
それは、元監獄島のアルカトラズよりもずっと大きくて、
もう少し遠くに浮かぶ天使の島だ。


僕たちはベーグルとシェマーと、バナナとオレンジと水をリュックに詰めて、
ピア41からフェリーに乗った。


サンフランシスコから島に向かう便は、週末は、午前中の10時35分に出る一便だけ。
島からは、午後3時45分に出発する一便でサンフランシスコに帰ってくる。


海も空も…、すべてが青い景色の中で、フェリーと波とカモメの色だけが白かった。


Angel Islandのハイキングコースを海を背に右回りにとる。
照りつける太陽の下、色とりどりの花が咲き、青々と木が茂り、鳥が囀り、
風が優しく頬を撫でていく。
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まずは、中間地点にある島頂上の展望台を目指した。


色々な“静物”に出会う。
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昼過ぎに到着した頂上は…、


まさに360度の世界だった。


対岸のサウサリートとマリーンの街並み、ベイブリッジとゴールデンゲートブリッジ、
アルカトラズ島、そして、空に伸びていく行く坂道に沿って車がきらきら光るのが
見えるサンフランシスコの街を、時計回りに一望した。
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サンフランシスコ…。


僕がいま、ちまちまと生活している街だ。


こうやって、遠くから自分の住んでいるエリアの全体像を眺めていると、
生活のちまちま、CIISのちまちま、プラクティカムのちまちま…、
日常のちまちま全部をそこに置いてきたような気分になる。


ちまちまの中を生きているのではなく、ちまちまの外に出て、
そのちまちまを遠くに眺めている感覚になる。


ふと思った。


僕は、緑と花に囲まれて、そよ風に吹かれながら“サンフランシスコという俗世”を
遠く眺めている。もしかしたら、それは、ちょっとした“Angel気分”と
言えるんじゃないだろうか…。


眼下に広がる風景をすべて肺に吸い込むぐらいに大きな深呼吸をして、
刺すような日差しと木陰のグラデーションをくぐりながら、港まで戻ってきた。
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帰りのフェリーまで、未だ1時間以上あった。


僕はAngel Islandから俗世に戻るためにはリハビリが必要と思った。
そこで、早速、港に一軒だけあるオープンテラスのカフェに入って、
生ビールを注文した。


俗世も捨てがたいと思った。
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再び、Hiking

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土曜日、Pacific Instituteで同じインターンのMikeに誘われて、Hikingに行った。


Mikeは、僕が着ている服が“patagonia”で、背負っているリュックが“REI”、
どちらもアウトドアのブランドなので、僕がHikingが好きだろうと思ったらしい。
なかなかの観察眼だ。


SaschaとAnneがドイツに戻って、もうHikingはしばらくお預けかなと思っていたので、
嬉しかった。


車を持っていない僕は、Golden Gate Transitというサンフランシスコ郊外に行く
バスに乗って、Marin Cityに向かった。


30分ぐらいで待ち合わせのバス停に着いた。


今回のHikingの場所は、Golden Gate Bridgeを渡った先のMarin Countyにある
“Coast Trail”だ。サンフランシスコから近いので、この辺りでは一番人気のある
ハイキングコースということだった。


僕たちは、急な上り坂のあるタフなコースを選んだので空いていたけど、
平坦なコースの方は、今にも雨が降りそうな曇り空で、冷たい風が吹く天候にも
関わらず、多くの人で溢れていた。
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山頂から望むと、海と空が限りなく同じ鉛色をしていた。
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反対側を向くと、遠くの山間に、
サンフランシスコのFinaicial Districtのビル群の頭が、小さく、薄く見えた。
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Mikeと僕は、切り立った崖の上に立って、海岸を見下ろした。
そして、しばらく無言のまま、海から吹きつける風の中に立っていた。


体を容赦なく叩きつける潮風から、新鮮な地球のエネルギーがもらえるような気がした。
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ベイエリア周辺には、本当に素晴らしいハイキングスポットがたくさんある。
間違いなく、この土地に住む魅力の一つだろう。


僕たちはハイキングから戻ってくると、Mikeの奥さんと一緒にSan Rafaelの街で
ランチを一緒に食べた。彼女は在米10年になるブラジル人だ。
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ブラジル人とドイツ人
僕がどうもサンフランシスコで縁のあるNationalityだ。


曇天にもかかわらず、気持ちの良い休日だった。
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現在(いま)を追憶する

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ドイツ人の友だち、SaschaとAnneと“Last Hiking”に出かけた。
これが正真正銘の、サンフランシスコで僕たちが一緒に行ける最後のHikingだ。


海沿いの、とても美しい風景で有名なHighway1号を北上して、僕たちは、
Salt Point State Parkを目指した。


これまでHikingに行くと、いつもそうしてきたように、僕たちは歩きながら
いろいろな話をした。話が無くなると、風景を眺めた。
そして、また話をした。
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Anneは、この3月末に、Stanford Univでの2年半の研究期間を終えて帰国する。
博士号を既に修得している優秀な彼女はベルリン大学にポストを得た。


去年、ドイツに帰国したSaschaは、3週間の休暇を取って
サンフランシスコを訪れている。ガールフレンドのAnneがドイツに戻れば、
これまでのようにはサンフランシスコに来れなくなる。


すべてが…、変わっていく。


僕はAnneに尋ねた。


「もしかしたら、いまのAnneには、サンフランシスコの風景が、
これまでとまったく違うように映っているんじゃない?」


すると、Anneは笑って応えた。


「そう、まったく違って見えるわ。キラキラ光っている。
もう、サンフランシスコに居れるのもあと少しだから…」


最初は笑っていたAnneだったけど、見る見る彼女の目に涙が溢れていった…。


もし、僕たちが10代、20代だったのなら、「また来よう!」
「いつかまたそういうチャンスも来るさ!」と無邪気に未来を信じることが
できたかもしれない。そんな僕たちなら、サンフランシスコはいつまでも
キラキラした場所だ。


でも、30代、40代になるとそうもいかない。


自分の国の“いろいろ”から自由になって、自分のもっとも価値ある
人生の一時期を海外で過ごすことが、どんなに貴重なことか、
どんなに恵まれたことのなのか、良くわかる。


そして、もう二度とこういうことは無いのだろうということも直感している。


だから、僕にはAnneの涙の意味がよくわかった。


いつの日か…、


こうしているこの瞬間のことも、懐かしく思い出すのだろうか?
今はこんなにありありと鮮やかに感じることのできているサンフランシスコの
日々なのに…、いつかは、古い良き、想い出の場所として、遠い記憶の片隅を
飾ることになるのだろうか?これまでの人生のすべてのシーンがそうだったように。


時間は常に流れているし、景色は常に変わっていく。
でも、想い出の中では、時間も景色も、常に止まっている。


ただ…、色あせていくだけだ。


あせていく色を、僕たちにはどうすることもできない。


僕たちに出来ることは、現在(いま)を生きることだけだ。
僕とAnneとSaschaの関係で言えば、これからも、僕たち友情を現在進行形で
発展させていくことだけだ。


サンフランシスコでの想い出を大切にしながら。
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