Last Hike in Yosemite
独立記念日を挟んだ7月2-5日にかけて、ドイツのハンブルグから
休暇でサンフランシスコを訪れているサーシャと、そのガールフレンドで、
スタンフォード大学で研究をしているアンナと僕の3人で、ヨセミテに
ハイキングに行ってきた。
今回出かけたのは、ヨセミテのWowanaという場所だ。
去年、同じメンバーで3泊4日のハイキングに3回出かけた。
来年2月にはアンナもドイツに帰国するので、今回がおそらく3人で出かける
最後のハイキングだ。
一日12マイルを目安にルートを設定する。
衣服と寝袋と食料とテントと水を詰めた重いバックパックを背負って、
1日約7~8時間山道を歩く
。
途中、道がフラットなら会話が自然と弾むし、ハードな坂道が続けば寡黙になる。
木陰と腰を下ろすのにちょうど良い切り株があれば休み、滝や川があれば泳ぐ。
リスやシカを見かければ立ち止まり、熊がいれば逃げる。
夕方、目的の湖に到着する。キャンプが張れそうな場所を探す。
日中は真夏のように暑いが、日が沈むと歯がガタガタ鳴るぐらいに寒くなる。
日が暮れる前にテントを張り、枯れ木を集める。
簡単な食事を済ませ、日が完全に落ちる前に、焚火をする。
僕たちを360度取り囲む、谷の遠くに重なる山々が、
日暮れと共に、緑から赤、そして青に変わり、闇に溶けていく。
僕たちは、無言で焚火を見つめ、星空を眺める。
実は…、
今回のキャンプで僕の体調は散々だった。
初日に熱射病になった。多少、高山病も入っていたように思う。
心臓の鼓動が急に早くなって、気分が悪くなる。目眩がする。
寒気がする。
更に初日に右ひざの筋を伸ばしてしまった。
ひざが曲がらない。痛みが走る。特に下り坂がきつい。
サーシャとアンナは、僕に合わせて歩くペースを落とす。
次に、僕の足の負担を減らすために、僕のリュックの中の荷物をいくつかを
二人のリュックに移す。
サーシャがちょうどいい大きさと長さの枯れ木を探してきてくれた。
それを杖に使いながらしばらく歩く。
僕の痛々しい歩きを見かねたアンナが、比較的軽い彼女のリュックと
僕のリュックを交換しようと言ってくれた。
更にしばらくして、サーシャは、その軽いリュックも自分が背負おうと言ってくれた。
目的地に着くと、テントや寝床、すべての準備は自分たちがやるから
TJは休めと言ってくれた。
僕は…、彼らのすべての厚意に甘えた。
そんな僕も、前回までは、タフなJapanese Machineと呼ばれ、
メンバーをサポートする側だったのだが。
毎回思う。ハイキングは、生きる上で大切なことを学ぶのに優れたレジャーだと。
例えば、体力はそれぞれみんな違う。より力のあるものがより重い荷物を背負う。
機械的に平等に荷物を分けたりしない。
真の公平さとは、そういうものかもしれないと思う。
元気な者が、疲れている者をサポートする。それぞれの疲労度合を見て、
途中で荷物の積み替えをする。その他人を助ける行為がグループ全体の
効率を高める。それが延いては、自分に返ってくる。
食欲、快適さ、清潔さ…、人間の欲望には限りがない。
でも、自分が背負える重さには限りがある。だから、着替えの衣服を減らし、
必要最低限の食料だけを運ぶ。自分の「分」を知る。
自分と向き合う。長く苦しい坂道もいつかは必ず終わる。
その先で奇麗な景色に出会えれば、それまでの苦しさがその感動を大きくしてくれる。
時間的には苦しみは長く、感動は一瞬だ。でも、それでいいのだと体が納得している。
ハイキングは…、「生きる」を哲学させてくれる。
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