日記・コラム・つぶやき

高校卒業後、すぐにアメリカの大学に進学することについて

僕は、以前、ゲストハウスに一ヶ月弱、滞在していました。


そこでは日本人の旅人に多く出会うことになります。


その中には、高校を卒業後、語学学校に行って、その後、
アメリカに渡り、短大や、4年生の大学に留学をする
若者たちがいます。


僕は、今、ハウスシェアをしていますが、
僕の住んでいる所にも、高校卒業後、こちらに留学をして
いま4年生で、日本に戻って日本の会社に
就職を考えている若者がいます。


彼ら、彼女らと話をしていて驚くのは、
日本語のレベルが、大学4年生になっても高校生レベルから
まったく進化していない、ということ。


日本にいれば、大学に入ってサークルやアルバイトやゼミでの先生との
会話などを通して、何となく、大人の会話を身につけていくのでしょうが、
アメリカにいる彼ら、彼女らにはそのチャンスがない、という事ですね。


仕方無いといえば、仕方無いですが。


もちろん、その分、英語ができるようになっているんだから
いいのかもしれませんが、必ずしもそうとは言えない現実があるようです)


先日、4年半アメリカに住んで、日本に帰る若者を見送りました。


「振り返ってみて、4年半のアメリカ生活の感想はどう?」と聞くと、


「うん…。疲れたかな…」という返事が帰ってきました。


彼女は、「日本に帰ったら、就活です…」
と力なく笑いました。


アメリカで学ぶこと、生活すること、
本来は、どちらも自分の夢やビジョンの実現の手段であったはずなのに、
それらが、いつの間にか目的化してしまっている。


こちらで学ぶ多くの若者は「漂流」しているように見えます。
ええ、僕の勝手なビューです。もちろん、そうではない人も
たくさんいるでしょうけど。


サンフランシスコは、懐の深い街です。街にいる浮浪者だって、
なんだか街の一部として、取り込まれているような感じさえします。


「住むのはいいよ。生活していけるのであれば、ずっといていいよ」
サンフランシスコは日本人に対してもこんな感じて、両手を広げてくれています。


その雰囲気に甘えて、漂流してしまう。


「自分は、ここで、この街で、この国で、本当に必要とされているか」
「YES!」と即答できないようなら、漂流している可能性がある。


「なぜ、ここで学んでいるのか?何を将来したいのか?」
これも力強く答えることができないようなら…、危うい。


自戒を込めて…。これから3年間、僕も、例外ではないのだと思います。

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アメリカに住むジャパニーズのみなさまから。刺激、いろいろ。

今日、学校に行こうと思ったらアメリカは休日なんだそうです。
Marting Luther King, Jr.Birthday!


というわけで、クラスはありませんでした。


さて、CIISで出会うダイバーシティが自分にどんな刺激を与えてくれるのか、
もちろん楽しみなのですが、アメリカに住んでいる日本人の方々との
コミュニケーションも、僕になかなか面白い視点をくれて、
刺激になっています。


ちょっと紹介します。


「アメリカのキリスト教とクリエイティビティ」


先の予備選におけるキリスト教の原理主義の話から発展した話題でした。
原理主義はダーウィンの進化論は認めないスタンスです。
だって、聖書に書いてあることがすべてなのですから。


彼曰く、原理主義かそうでないかにかかわらず、
クリスチャニティーは、一面で、意識の深層においてアメリカ人の
クリエイティビティの限界をつくっている、というのです。


それは、ハリウッド映画とか、アニメの世界で考えると顕著だと。


へええ、と思って彼の説を聞くと…、


「キリスト教とは、基本的にダーウィンの進化論を否定している、
つまり、生き物を創造できるのは人間ではなく、神様だけと思っている。


だから、アメリカ映画やテレビには、日本のウルトラマンとか仮面ライダーに
登場するような、多様な怪獣・怪人のバリエーションが生まれない」


というわけです。


確かに、アメリカンムービーやテレビに登場しているヒーローや
モンスターを見ると、現存している動物、たとえばゴリラが
大きくなっただけだったり、ヒーローもあくまでも人間の形をしている
ケースが多いような気がします。


(もちろん、最近の映画、たとえば宇宙系映画なんかには、
結構例外も出てきているとは思うのですが…)


日本人は確かにその点は自由かもしれません。
「千と千尋の神隠し」とか「トトロ」なんかも、こういう線で考えていいのかな。


「セラピストとクライアントを分けるものは何か」


こちらでは、セラピーを受けることは特別なことではありません。


だいたい多くの人は、セラピーを受ける側を、つまりクライアントを
5年10年と続けていると、精神疾患の症状に関してはもちろん、
フロイト、ユングその他もろもろ、カウンセリングや心理学の知識は
専門家と変わらないぐらい、ものすごく詳しくなるそうです。


知識のレベルは変わらない。


では、セラピストとクライアントを分けるものは、いったい何か。


その人いわく…、


「覚悟」、なのだそうです。


自分は、専門家として、プロフェッショナルとしての自覚と意識を持って、
眼の前の人と向き合う覚悟があるか、ないのか。それだけが、
セラピストとクライアントを分ける一線なのだと。


コーチングはもちろん、世の中すべての職業に通じる話かもしれないと
思った次第です。


では!

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明るい乞食はもらいもでかい?

こちらでは、街角で、小銭の入った紙コップをカランカランと
鳴らしてお金を恵んでくださいと、無言のまま立っている黒人を
よく見かけます。


たまに声をかけられることもあるのですが、
何を言っているのか聞き取れないし、ドキドキしながらも、
まあなんとなく目を合わせず通り過ぎています。


僕の知る限り、だれかがお金を入れている様子もありません。


ところが、昨夜、いま宿泊している近くの

Walgreen
s(大きなドラッグストア)の前で、
ものすごく明るい物乞いおじさんを発見しました。


コップを片手に持って、めちゃくちゃハイテンションで
Walgreensに入っていく人に声をかけています。


「家に帰るのにいくら必要でさ、ぜひ恵んでよ。少しでいいからさ!」

(みたいなことを…、たぶんですが、笑いながら大声で話しかけています)


みんな、適当に、「後でな」「いま持ち合わせがないんだよ」
とか言って流すのですが、

彼は「じゃあ、小銭ができたら頼むよ!待ってるよーーー!」
とかなんとか言って、ずっとそこにいるのです。


何と、そこは出入り口が一つしかありません。
お客は、またそこにいる彼に会うわけです。


するとみんなどうするか。


彼のカップに小銭を入れているではありませんか。それも笑顔で。



彼は明るく、


「サンキュー、オーゥ、サンキュー!!!」


お店の人が注意をしに中から出てくると、無言のまま立っています。
いなくなるとまた明るく声をかけるのです。


もちろん、無視する人もいるのですが、
とにかくお金をゲットしいてる確率がめちゃくちゃ高い!


どの道にも達人はいるものです。

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サンフランシスコへ、再び!

成田空港へは、会社のチームメンバーが数名見送りに来てくれました。


昨年、会社そしてチームメンバーには、お別れにあたって、
これ以上ないぐらいに本当にいろいろ良くしてもらいました。
おかげで、いまも気持ちがずっと温かい。


みなさま、その節は、本当にありがとうございました!


手元には、プレゼントされた、たくさんのメッセージが置いてあります。



「本当の友人と呼べる人ができるのは、学生時代までだな…」



どこかで聞いたことがある言葉です。
かつて、僕も誰かに言われて、そういうものだろうなと思っていたのですが、
とんでもない間違いでした。


涙を流して別れを惜しんでくれて、夢の実現を応援してくれる大勢の仲間が
できるとは思ってもみなかったです。


(それにあたって、いろいろ迷惑もかけているのに…)


会社や仕事は関係を結ぶきっかけを与えてくれます。
そこでどういう関係をつくるかはその人次第なのでしょう。


もちろん、会社は利益を上げてなんぼの場、お金を稼ぐ場、
自らの貴重な時間を仕方なく売っている場、
あるいは、自らの市場価値をひたすら高めていくための場などなど、
いろいろな考え方があるのと思うですが、


そういうものを否定するのではなくて、それらを超えたところにできる関係。


否定するのではなく、


Beyond!!!
ビヨンド!!!


です。


利害関係や組織の立場を越えて、仲間をつくることができること、
友達ができることは、社会人としての生活を営む中で、
もっとも価値のあることではないかと、
今、実感しています。


そういう仲間だからこそ、2008年に入ったら気持ちを切り替えて、
未来に向けて走ってほしい…、という想いがありました。


いつまでも俺に関わらず次に行け、みたいな。


出発の時間も教えていなかったのですが…。


NWのサンフランシスコ行の時間は一本しかないらしく、勝手に調べて
成田へ来てくれたのでした。


来てくれてね、やっぱり嬉しかったよ。
この場でも御礼を言うよ。ありがとう!!!


今回、機内では、先月31日に同じ時間にサンフランシスコに飛んだ時とは、
まったく違う自分がいました。


どう違うかというと…、


ノスタルジックよりも、
「けっこう楽しみ~~~~~~~~~~~~~!!!」という感じです。


自己効力感1200%ぐらいです。
みんなのおかげです。


サンフランシスコまで約9時間のフライト。
(機中で観た「リプレイスメント」という、キアヌリーブスが主演している
アメフトの映画がまあまあ良かったです。
特にコーチ役の人が魅力的でした)


サンフランシスコ空港に無事到着。
で、入国時にやっぱり聞かれました。


I-20!


成田でことなどおくびにも出さず、バッチリ見せて、入国、超スムーズです。


6日ぶりのサンフランシスコ。
感慨は、特になし。


もうやるしかないのです。

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成田空港にて。PASSPORT, VISA, and I-20!

いきなりですが、荷物をアメリカに送ると、平均的な大きさの段ボール箱一つで
費用はいくらかかるのか。
(たとえば、飛行機便で!)


ご興味のある方は、ぜひご自身でお調べください。


懐かしいヒルマン監督ではありませんが、
「シンジラレナーイ!」と何度も叫びたくなります。


というわけで、すべて持っていくことにしました。


ノースウェストだと、エコノミークラスでチェックインできる荷物は最大2つ、
重さはそれぞれ23キロまで。
機内に持ち込める手荷物はいくつかわかりませんが、まあ、2つならOKだろうと。
なんとか合計4つの荷物に仕分けました。


前日、インターネットでチェックインも済ませました。
チェックインする荷物もそれぞれ体重計に乗せて量り、それぞれ21キロ前後に
分散しました。


準備万端!いざ成田空港へ!!!


チェックインカウンターに荷物を預け、荷物の重量も範囲内なのも確認。
「バッチリ!浮いたぜ8万!ざまあみろ!」と心の中でガッツポーズ。
笑顔でパスポートを係員に渡すと…、


I-20を見せてください」


いやあ、こう言ってはなんですが、ビザを取るために大学院からI-20を取り寄せて、
それを米国大使館に提出して、その結果、ビザがおりたのです(
-1というやつね)。
バン!とパスポートに張られたビザを見て、僕の中ではI-20なんて
もうすっかりお役御免、「ありがとね、サヨナラ~」と思っていたわけです。


自信を持って「持ってきてない!」と言い切れましたね
へん!
だって、あれ以来、見てないもん。


でね、I-20が無いとどうなるか。

成田からの出国は可能なんですって。
でも、到着したサンフランシスコの空港でどうなるのか。ここが大事!


以下はNWの回答。
100ドルの罰金で入国できるかもしれないし、入国を拒否されるかもしれない。
それはお客様のリスクで判断してほしい」



はい、わかりました。



一応、その場で4つの荷物の中を探しましたよ。額に汗、浮かべながら。
絶対に持ってきていないと確信はあったけどね、一応ね。
で、僕の揺るぎない自信は正しく、やっぱりない。


となると、あとはリスクをどう判断するか。


・いま、時間は1050分。
・フライトは1525分。
・成田空港から千葉の実家までは、順調にいけば車で40分。
・東京から千葉の実家に送った段ボール箱は14個で、
そのどこに書類が入っているのかはわからない。
・いや、捨ててしまっているかもしれない…。


「最終のチェックインは、どんなに遅くとも14:25にはしていただく必要があります」



はい、わかりました。



すぐに戻りましたよ、千葉の実家に。

でね、到着してすぐバンバン段ボールを開いていくのだけど、箱の中にはなかった。


「まずい…。いや、絶対に捨ててないはず…。」


でね、母が、ここにも英語の書類があるよと指さした、
以前、彼女に「銀行関係の書類まとめておいたからね」と手渡した袋の中にありました。


それを持って、一路、再び成田へ!



13
10分過ぎに空港に着きました。



「ふう…」



長くなりましたので、いったんここで。

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SUZUKI家団らんの会話

こんにちは。


日本時間の7日、16時過ぎにいったん成田に戻ってきました。
今日で3日目です。


さてさて、僕にとっては少し遅れたお正月。


3年間のアメリカ留学を控えて、
しばらく両親とも会えなくなるわけですが、SUZUKI家では、
なんらいつもと変わらない会話が続いています。


「父さん、最近、陶芸はじめたんだけど、これが楽しくてな。
どうだ、それ。本当は抹茶茶碗のつもりだったんだけどな…。
ほら、そこの、いま煮物が入ってるやつ…」


「抹茶茶碗なんて、素人が作れるものじゃないのよ、本当はね。
でもね、お父さんの茶碗、お母さんはいろいろ重宝しているわあ」


「ハハハ。父さんのつくった茶碗は、多目的なんだ!本当は不本意だけどな…」


こんな感じの会話、続けているのもイマイチかなと思い、
昨夜、思い切って訊ねてみました。


「ねえねえ、僕みたいにさ、いまの年齢で一人でアメリカに行って
勉強する的な生き方って、お父さんにはどう映っているの」


「そうだなあ…。うーーーん…。うーーーーん。
正直言うとな、父さんには理解できないなあ」


(そうだったのか!)


「お母さんは?」


「そうねえ。やっぱり一人よりは二人のほうが…。精神的にも
安心するものよ。生き方が偏らずにすむことも多いと思うし」


(…。)


お二人ともそういう考えを持っていたんだ…。
3日後に再渡米するのに、今頃言われてもどうしようもありません。


といいながらも、いつも僕の人生を最大にサポートしてくれる
父と母には、ただ感謝です。


昨日、桜新町のアパートを引き払いました。
神戸から越してきて5年間。ガランとなった部屋。
意外に広かったんだなあと思いました。


本当は、直接お会いして、挨拶しなきゃいけない方も
たくさんいるのですが、不義理しています。すみません…。


今日は、今から、送る荷物と残す荷物の整理です。

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サンフランシスコ雑感

今日で、サンフランシスコ滞在4日目です。
雑感です。


<家探し>
今回、12月31日から1月6日までの滞在ですが、
大きな目的は、12日からの本格渡米を前に部屋を探すことです。


現在、サンフランシスコは非常に部屋を探すのが難しい状況で、
宿の主のボブからも一週間の滞在で部屋を見つけるなんてとても無理だよ、
と言われていました。


サンフランシスコはここ数年、需要過多で、家賃は値上がりバブル状態です。
通常は、ホテルに泊まりながら1~2カ月かけて探すのだとか。


しかし、見つかりそうです!


前回紹介した日本人留学生が1月いっぱいで、
現在の部屋を出るということなので、そのまま大家さんに口利きをしてくれました。


一軒の家を5人でシェアしているのですが、部屋は大きく、東向きで、
ベッド、テレビ、収納庫などなど、すべてがそろっています。
いっぺんで気に入りました。


明日、契約をしに行きます。


<サンフランシスコ>
街にでると耳に飛び込んでくるのは、英語以上に中国語やその他の言語!
まさにダイバーシティです。


ただ、僕が通うCIISは、学生のほとんどが白人だとか。


授業料が高いので、必然的に所得の高い人たち、つまり白人しか
集まらないのだそうです。こういうのもアメリカの一面でしょうか。


今日、City Collegeのノンクレジット(無料)の英語授業を取るために
説明を聞きに行きました。


クラス分けの試験予約をする必要があるのですが、
1月後半まで満員だとか。


<すずめのおやど>
いま宿泊しているゲストハウスです。


Geary.Blvdにあり、利用者は日本人ばかり。
少し高級なゲストハウスみたいな感じです。
静かで、清潔で、快適です。料理も美味しい。


宿の雑記帳を見ていると、語学留学で1年間、あるいは、最先端のダンスを
習得するために数か月滞在してしていたとか、猛者たちもいたようです。


僕の滞在期間では、最大6名が宿泊していました。、今日は2名です。
とても安全な地域で、海が近くて、風景がとてもきれいです。
海岸まで歩くと、遠くにゴールデンゲートブリッジが見えます。


ではまた!

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ありがたい日本人つながり

今日、CIISに立命館大学から交換留学生として来ている
2人の日本人留学生に会いました。


一人は地理に不案内な僕のために宿まで向いに来てくれて、
もう一人とはCLEAMONT.Stで合流。


Green Appleという心理学で使える本屋を案内してもらって、
ビルマ料理のレストランで食事をしながら、二人はたくさんの助言をくれました。


英語に囚われ過ぎて、自分を見失ってしまう人が多い。
その結果、自分を追いつめて、殻に閉じこもってしまう留学生が何人もいる。


原書で理解できなければ、日本語の翻訳本にあたればいい。
苦しくなったら日本語の音楽を聴けばいい。
専門とは関係のない日本語の本も読んだらいい。


こちらでは、頼めばいろいろ手伝ってくれる人が多いよ。
結構、気軽に動いてくれる。でも、日本人は我慢してため込んでしまう。


(「コミュニケーションの本質は要望にある」こちらでの英語を使った
会話では、特にそれを感じます)


だから、私たちには遠慮せずにどんどん頼んでみてほしい。
もちろん、できないときはきちんとそのように伝えるから。


とても親切にしてくれるので、その理由を尋ねると、


二人からは、


「自分たちもそうしてもらったから…」


というシンプルな答えが返ってきました。


まあ、僕もそれを次代に引き継ぐことになるのでしょう。


夕方、CIISを訪れ、屋上から黄昏時のサンフランシスコの街並みを見下ろしました。


その時はじめて、これから始まる大学院生活に対して、
不安値よりも期待値が高くなっている自分に、少し肩の力が抜けている
自分に気がついたのでした。

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Take your time !

日本より一日遅れの11日。


朝、海岸を散歩してから、ダウンタウンに。
チャイナタウンからフィッシャーマンズワーフまでぶらぶら歩く

で、ふと気づいたことがある。



今日、誰とも話してない…。


こういう日がずっと続くと、元気がなくなっていくような気がする。


たった一人のサンフランシスコ。
自由だから孤独なのか、自由だけど孤独なのか。


「コミュニケーション、積極的にとっていかないと…」

気持ちを新たにしました。


夜、宿の日本人が帰国するというので、
3人で24thのバス停近くにある「東紅」という中華料理屋へ。



ウェイターがお皿を下げようとしたので、少し残った料理を取ろうとすると、


Sorry, Take your time

(あなたの時間をゆっくりつかって食べて)


小粋な表現…。


そう、勉強も人間関係も、焦らず
行くのがいい。


遅ればせながら、
2008年もどうぞよろしくお願いいたします。

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長い大晦日

12311545に成田を発ち、いざサンフランシスコへ。

9時間のフライト。日本時間で新しい年が始まる頃、

飛行機は着陸の態勢に入りました。



後ろ髪をひかれる思いで出発した成田、

機内でもノスタルジックな感傷に浸っていたのですが、

いま、機内から眼下に広がる景色を見た瞬間に感じたのは…、

違う自分が起動してくる気配。



サンフランシスコ国際空港に着いたのは同じ
31日の朝745
宿泊先の主であるボブが迎えにきてくれました。


宿に到着すると、さっそくジャパンタウンへ。

12日から住む部屋の情報を探しに行きます。

来たバスに飛び乗ると費用は1ドル50セント。
ところが、日本で交換した米国通貨に50セントはなく、
仕方なく1ドル紙幣を二枚見せる。


「ノーチェンジ!」


困っていると、
OKじゃあ、1ドルでいいよ」とそのまま乗せてくれました。
幸先の良いスタート。


サンフランシスコではじめてのバス。
ただバスに乗るだけなのに、全身の神経を研ぎ澄ましている自分…。


その緊張感を察したのか、目の前の初老のアジア系男性が話しかけてきました。


「おまえどこまで行くんだ」

「ジャパンタウンまで」

「そうか、じゃあ、5本目のフィルモアストリートで降りるんだ」

「えっ、あっ、どうもありがとう」


その男性は、次のバス停で降りました。


5つ目だな…」


でも、すぐに次の難題が…。
バスを降りる合図はなんだろう。


まあ、すべてがこんな感じです。


ジャパンタウンの「にじや」の掲示板に行くも、大した情報なし。


そのままダウンタウンまで歩いてみることにしました。


黒人はもちろん、プエルトリカン、アラブ系…。
すれ違う度に、自分の肩に力が入るのがわかります。


要は見慣れていないんだな、そういう人たちを。
ついでに言うと、男同士で手をつないで歩いている人たちも。


ボブはサンフランシスコの人口の半分はゲイだろう、と言ってたっけ。


17
時に宿に戻り、海に夕陽を見に行く。


日本から一日遅れの大晦日の夕日。


西に沈むから、日本では午前10時ぐらいの太陽かな。


「皆によろしく!」、そんなことを考えていました。


写真アップしておきます。

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