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2011年3月

続編のブログについて

新しいブログのアドレスをお伝えします。
http://wanderwell.cocolog-nifty.com/blog/


wanderwellとは、サンフランシスコのインターン先で知り合った、
偉大な探検家である両親を持つレジデントのファミリーネームです。


彼との間に、魂の触れ合うような会話がありました。
彼は、両親のように世界を探検することが出来なかった自分自身の想いを
僕に託しました。そして、この名前を僕にくれました。


僕は、微力ながら、彼の分も世界を体験してきたいと思いました。


僕の旅は、中国の上海を皮切りに、既に始まっているのですが、
準備不足と旅先でのインターネット状況、生活スタイルの違いなどから、
後手に回っていました。


タイトルは、「Inner Journey(インナージャーニー)」です。
ぼちぼちとアップしていきますので、引き続き、どうぞよろしくお願いします。


中国 洛陽にて
鈴木大樹

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Next Stage

<更新をしていなかったにも関わらずメッセージをくれた皆さま、
そして、このブログに訪れてくれたみなさま、どうもありがとうございます>



帰国してから、一ヶ月と…、少しが過ぎた。


ごくたまに上京する以外は、千葉県のとても外れに位置している実家にいる。
だから、少しだけ楽しみにしていた逆カルチャーショックは、
今のところまったく感じていない。


2月1日にSFOを発ち、サンフランシスコ・デイズを終えた僕には、
人生を次のステージに進めるために、この日本ですべきことが大きく二つあった。


一つは、親との対話だ。
親は僕が進もうとする次のステージに対して、大反対だった。
僕にどれだけ失望しているか、数ページの手紙がアメリカに届いたぐらいだ。
そのことについて、僕は親と向き合う必要があった。


もう一つは、会社との対話だ。
会社は、留学が終わるまでの3年間、僕を待つと言ってくれていた。
でも、その3年間が終わり、僕には、現在(いま)と言う人生の時間を使ってしたいことが
もう一つあった。そのことについて、僕は会社と話し合う必要があった。


僕を待ちうけるそれらの話し合いについて考えると気分は重く、
アメリカから意気揚々と帰国したわけではなかった。


今回の僕がする選択と、それに付随して起こったいろいろについては、
3人のスーパーバイザーやTherapist、友人はもちろんのこと、Pacific Instiuteの
レジデントやその家族の方々が、たくさん相談に乗ってくれたし、アドバイスもくれた。


僕は、いろいろ考えた結果、自分が考えた通りの次のステージに進むことを決めた。
CIIS風の表現をすると、自分の声に従った、と言うことになるのだろう。


最終的に、親は理解をしてくれた。
表現の仕方はいろいろであっても、親が言うあれこれは、
僕のことを心配してくれてのことであることに変わりはない。
そのことを心から嬉しく思い、感謝をした。


会社では、僕は会長と社長と、別々の日程で、個別に会って話をした。
その結果、僕は退職することになった。


僕は、完全な私費留学生だった。
海外のMBAやロースクールで学ぶ際によくある企業派遣などではない。
自分のお金で、3年間のCIISの学費とサンフランシスコでの生活費を賄った。


でも…、


会社はこの3年間、社会保険料を負担してくれていた。
僕は、アメリカではそれとは別に、高額な健康保険に入ることが大学から
義務付けられていたので、日本の保険を使う予定は無かったのだけど、
やはり、その心遣いは嬉しかった。


というわけで、


Next Stage、僕は世界を見てくる事に決めた。


バックパックを背負って、ゆっくり、ぐるっと地球を周ってくる。
CIISの学費とサンフランシスコの生活費で、僕にはもう大したお金は残っていない。
でも、やっぱり世界を見てきたい。自分の五感をフルに使って、
この地球を直に体験してきたい。


しばしば、友人・知人に尋ねられる。世界を見てくるその目的は、何かと。


実は、具体的な目的などはない。目標もない。
目的や目標は持ってもいいし、持たなくてもいいと思っている。


社会で生活をする上では、目的や目標を定めた方がいい場合が多いのは事実だ。
でも、人生を歩む上では、どうだろう…。


もちろん定めてもいいと思うし、定めなくてもいい場合、定めても意味のない場合、
あるいは、最初に立てた内容に囚われずに柔軟に変えて行った方がいい場合も
たくさんある。


人生は、山あり谷あり、丘あり川あり、海あり空あり、昼あり夜ありだ。
いろいろ体験し学ぶ中で人生の前提が変われば、目的も目標も変わる。


その時々、自分の気持ちと体に尋ねながら、各大陸を訪ねて行こうと思う。
その時々、出会うこと、起こることに常に心を開いていようと思う。


僕は、今回の旅で、ブログを書くかどうか迷った。
実は、こんなブログでも結構な時間がかかるのだ。


そして、もし書くとしたら、日本語で書くのか、英語で書くのかについても考えた。
アメリカの友だちは、英語で書けと言う。
僕の旅と人生の軌跡を追いかけたいのだそうだ。
日本の友だちも同じだろうし、僕の両親もそうだろう。


だから…、


ブログは続けようと思う。
自分のペースで、ブロークンな英語と、日本語のミックスで。


たぶん、慣れた同じココログで、別の無料アドレスを使って書くことになるはずだ。
そのアドレスは、近々このブログにアップします。


というわけで、みなさま、今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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