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認知症を持つクライアントへのセラピー

“remembering self(記憶の中の自分)”と
“experiencing self(この瞬間を体験している自分)”。


このFall Semesterに履修したHakomi Refined Methodのクラスで、
Hakomiの創始者であるRon Kurtzが紹介した2つのSelfの考え方だ。



2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏が、
このアイデアを提唱している。とても興味深い。


日本語のサブタイトルも選べるのでどうぞ。


remembering selfとは、記憶の中にいる自分だ。
クライアントが過去の出来事を話しているとき、そのクライアントは、
remembering selfの話をしている。


一方、 クライアントが今この瞬間に感じていることを話しているとき、
そのクライアントは、experiencing selfの話をしている。


experiencing selfとは、いまこの瞬間を体験している自分だ。
過ぎていく瞬間をひたすら体験していく。そして、それらの体験は
experiencing selfのリソースとなっていく。


ダニエル・カーネマン氏は、幸せについて考えるとき、
これらの2つのselfを区別して考えるべきだと述べている。


「過去を振り返った時に自分の人生に満足している」ということと、
「今この瞬間を幸せに生きている」ということは、まったく別のことだと。


そして、彼はこうも言っている。


“Remembering self is a storyteller”


私たちの記憶は、事実ではなく、創作された物語を私たちに伝えている。
そして、その記憶は、しばしば私たちが今の瞬間を生きることを阻害する
要因にもなっている。


experiencing selfとremembering selfとのスムーズな関係は、なかなか難しい…。


さて、


experiencing selfとremembering selfについて長々と書いたことには理由がある。


僕がCIISで学んでいるCounseling Psychologyには、いろいろがな学派がある。
いずれも“self”という欧米的な概念を軸に展開しているのだが…、


そこには大きく、


experiencing selfにフォーカスし、今この瞬間に起こっていることから
心の真実に迫ろうとする学派と、


remenbering selfにフォーカスし、過去の物語を辿り、意味を組み替えたり、
原体験を探ることで、心の回復を図ろうとする学派があるように思う。


例えば、前者がHakomiやGestalt therapyで、後者がPsychoanalysisや
Psychodyanmicsだ。


実際には、両学派とも、2つのselfを行ったり来たりするのだけれども、
置いている軸足が違う。


ここで僕に芽生えた問題意識とは、純粋にexperiencing Selfのみに働きかける
アプローチは可能だろうか、ということだ。


というのも、僕がPacific Instituteで担当しているクライアントは認知症を患っており、
それはつまり、remenbering selfが壊れつつある状態だから。
彼らが過去の記憶を辿ることは難しい。


しかし、彼らのexperiencing selfは総じて健在だ。


果たして、experiencing selfのみにフォーカスするアプローチとは可能なのだろうか…。


僕は、先週提出したHakomi Rifined Methodのファイナルペーパーで、
この問題意識を、Hakomiの創始者、Ron Kurtzにぶつけた。


僕は、そのペーパーの前段でこんなことを書いた。
認知症を抱えているクライアントとのセッションでは、以下のような特有のことが起こる。


1. クライアントはしばしば1分前に話した会話を覚えていない。
同じ質問を何度も何度も繰り返す。

2. 過去の記憶を遡ることが難しい。
クライアントの話が、過去の実体験からきているのか、
それとも妄想からきているのか、判断が難しい。

3. セラピストを自分の人生における過去の誰かとみなして、
激しい転移や投影を起こすことがある。

4. 防衛機制が機能しないので、セラピストに対し情動や欲求をストレートに
表現することがある。

5. 自分が思い込んでいる話の文脈を離れることが難しい。
会話の方向性の軌道修正ができない。

6. セラピストの顔や名前は覚えていないが、エネルギーレベルでは認識している。
相手が自分を好きか嫌いか、あるいは、相手のエネルギーの変化にとても敏感である。

7. 自分の気持ちや考えをメタファーで表現すること多いので、
セラピストはそれを読み解く必要がある。 

8. Boundaryの概念が薄く、スキンシップを好む。

9. 何かを一緒にすることよりも、ただ一緒にいることの方が大事だったりする。
その際の、彼らの小さな動きや変化に実は大きな意味があったりする。

10. セッションで、クライアントは完全にいまこの瞬間のみの時間を生きているか、
完全に違う時間を生きているか、そのどちらかである 。

11. 言葉を使った自己表現が困難なことが多いので、
アートを使ったセラピーが適していることが多い。

12. 体調、機嫌、調子が毎日、あるいは時間ごとに異なるので、
通常のセッションのように日時を決めて定期的に会うことが難しい。
セラピスト側に柔軟性が求められる。


ちなみに、後期高齢者へのセラピーには3つの目的があると言われている。
1.Preparation for death(死への準備)
2. Finish unfinished business(未完了の完了)
3. Life review(人生の振り返り)



個人的には、1の大目的の元に、2と3の目的があると捉えている。
認知症を抱えているクライアントに、3を行うことは難しい。
よって、その目的としては、2がクローズアップされる。


僕は、簡単なケーススタディと、僕が採るアプローチをペーパーに書いた。


よくあることなのだけど、いつも温和で笑顔の優しいHAさんが、
セッションに訪れた僕を、既に亡くなっているご主人か、兄と勘違いをして、
激しく怒りをぶつけることがある。


彼女は鬼のような形相になって、僕を怒鳴りつける。


「あんた、なぜそこにいるの?!偉そうにして!何でも自分が上だと
思っているんでしょう!私を見くびって!何こっちを見ているの!
その目つきはなに?何が言いたいの?いつまでそこにいるの?
あっちに行けと言っているでしょう!!!」


ここで、僕にはいくつかの選択肢がある。


その場を1時間ほど離れて、HAさんがクールダウンした頃に再び戻って
セッションを始めることもできる。でもその頃には、彼女はすべてを忘れている。


仮に僕が一時間前のことを尋ねても、


「あら、私があなたにそんなことを言うわけがないでしょう」


そう微笑まれたりする。


書くまでもないことかもしれないけど、このようなケースで、
「僕はTJです。あなたのセラピストで、あなたの夫でも兄でもありません」 と
理性的に説明をすることは役に立たない。


それにもかかわらず、2を目的とした場合、僕はその場に踏みとどまり、
彼女の世界に入り込み、僕は、彼女が思いこんでいる過去の誰かになり切る
必要がある。


そして、彼女の怒りの理由を尋ね、彼女に謝るのだ。


「HAさん、ごめんなさい。そんな失礼なことをして…」


それによって、彼女が抱えている何かが完了する時もあるし、
もちろん、しないときもある。定かなことはわからない。


ペーパーには、こんなことも書いた。


別のクライアントのEMさんのことなのだけれども、認知症と鬱を患っていて、
セッション中もずっと目をつぶって沈黙をしていることが多い。


しかし、そんな沈黙の中でも、彼女は僕の手を強く握りしめている。
そして、その手が揺れたり、彼女の指がタイプを叩くように動いたり、
僕の手にキスをしたり、大きなため息があったり、首が横に振られたり…、
いくつかの動きがある。


通常のHakomi Therapyでするように、その動きから、
クライアントの深層に迫っていくことは可能なのかどうか、と尋ねた。


驚いたのは、ペーパーを提出した翌日にRon Kurtzから返答が来たことだ。


認知症を抱えるクライアントのexperiencing selfにアプローチする方法として
とても参考になった。 要点は以下の通り。


1.静かに、温かく、親切な在り方を心がけること。

2.Contact Statementを活用すること。 Contact Statementとは、
クライアントが今この瞬間にしている無意識の動きを、 柔らかく自然な声で
指摘すること。そして、指摘した後は、静かに間を取り、 何が起こるか
よく観察すること。

3. 相手を癒すようなスキンシップを心がけること。
肩や背中に静かに手を置いてみること。
できたら、その時は沈黙していること。

4.クライアントが、その瞬間に体験している感情を出来るだけ短い言葉で
シンプルに伝えること。余分な言葉によって相手の感情のプロセスを阻害しないように。


Dear Mr. Suzuki,

I was moved by the unhappy situation faced by those poor elders with dementia.

I can imagine how difficult it must be for you and your fellow therapists
to work with such compromised people.

I like your idea of relating to the experiencing self as a way to help them.

So, here are some ideas I have about that.

The first thing, and I'm sure you know this, is to remain calm and kind.
Even if the person you are dealing with isn't seeing you at all,
they may respond to your emotional-attentional state. It can't hurt.

Second, the main way to related to the experiencing self is simply
to make contact statements.I did not teach about them in the workshop.
A contact statement is a statement that names the other person's present experience.
It is delivered in a soft, neutral voice. After giving one, it is best to wait attentively
and silently for the other to respond or react.

You are letting the other's experiencing self know that you are aware of
what it is experiencing at the moment.

It may be that by your doing that, the other's experience changes a bit.
That change is the "reply". You must continue to notice such changes and
you can contact them. So, in effect, you are having a "conversation" with the experiencing self. That may have a beneficial effect.

I don't know. I've never worked with a person with dementia.

I also think a comforting touch can be helpful. A hand on the back or shoulder or touching the person's hand or holding it. Do so in silence, is what I'd recommend.
Comforting touch is as old as the first mammal.

Lastly, about naming the other's present experience.
Make you statement as brief as possible. Name the experience in the simplest way possible.

For example: if the person is sad or teary-eyed, just say, "sad, huh."
It is best to not be intrusive, to not distract the person but help them notice
their own present experience and, again, to let them know that you are aware of
what they are experiencing and, through your tone of voice, show empathy.

I also like your idea of responding, when appropriate, as the brother or whomever.
Your example was, to my mind, a good one. If she thinks you are her brother,
be a good brother. Saying you're sorry seems to me to be helpful.
There's no point in trying to convince her that you're not her brother,
I don't imagine. So, why not offer something that might help her.
I have done similar things in therapy sessions with people who weren't burdened
by dementia and it helped.

That's all I can think of at the moment.
If you try these things, I would very much appreciate your letting me know
how they worked.

Best of luck,
Ron Kurtz

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