« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2010年11月

コミュニティ≧個人

先週、インターンが一人Pacific Instituteを去った。


“老人虐待に関するレポーティング”について組織に問題提起し、
実際にレポーティングをした元弁護士のRさんだ。


この件については、以前のブログでも触れた。


僕たちインターンは、老人虐待と疑わしき状況に出くわしたら、
外部組織であるオンブズマンにレポーティングをする法的義務がある。
確固たる証拠が無くても良い。その可能性が高いと理性的に判断したら
レポーティングをしなくてはならないのだ。


R氏によるレポーティングの後、オンブズマンや識者を招いてのトレーニングが
Pacific Instituteで行われた。僕たちインターンだけでなく、Caregiverに対しても。


ただ、認知症、あるいは妄想症、強迫症などを併せ持つレジデントと働く場合には、
どんなにトレーニングを受けても、その判断は常に難しい。


例えば、あるレジデントは、トイレに行きたいと何度も何度も強迫的に訴え続ける。
実際にトイレに行った5分後にそう訴える。
それが毎日なのだ。


そのレジデントに対して、Caregiverが応える。


「いま行ったばかりだから、1時間後にね」


すると、そのレジデントは僕たちに訴える。


「私はトイレに連れて行ってもらえない」


あるいは、その表現がこう変わる。


「あのCaregiverはひどい。私をぶった」


レジデントは、時に苦しそうな顔をしたり、声色を変えたり、手で膀胱のあたりや
頬を抑えたり、時には泣き真似をしたり…、


認知症を患っていても、いや、患っているからこそ、
その訴えは必死だったり、時に、迫真の演技だったりする。


僕たちは、日頃、そのレジデントと接する中から、そのレジデントのパーソナリティや症状、
癖を知り、同時に、そのCaregiverのパーソナリティや働き方、あり方などを知り、
何が起こっているのか総合的に判断している。


いや、


と言うより、実際としては、日々、少しずつ積み重ねて続けてきたインターンと
Caregiverとの信頼関係の中でその現実に向き合っている。


例えば、僕たちインターンは、そのレジデントの訴えを優しく受け取り、
話し相手になったり、意識を違うことに向けさせるようにする。


あるいは、Caregiverの話し相手になって、疲れ果てているCaregiverの気を紛らわせて
もう一度、そのレジデントをトイレに連れて行ってもらうにする。


ところが、両者の間に信頼関係が無い、あるいは、まだ培われていないと…、どうなるか。


すべてが疑わしく見える。お互いが自分の仕事を監視されているような気分になる。
そして、インターンもCaregiverも、互いの言動に防衛的に反応するようになる。


実際に、Rさんのレポーティングから2カ月ほど経つが、
インターンとCaregiverの関係は、未だぎくしゃくしている。


その間、Rさんと経営陣をはじめとする管理部門のメンバーも何度かミーティングを持ち、
信頼構築の努力を重ねた。インターン全員もサポートの態勢をとっていた。
でも、両者の関係は損なわれたままだった。


最終的に、先週末にCEOのNaderと3人のスーパーバイザーがミーティングを持ち、
RさんにPacific Instituteを去るように伝え、Rさんもそれに納得をしたということだった。


全体のミーティングが今週水曜日にあった。この件について説明があった。
そのミーティングには、CEOのNaderと2人のスーパーバイザーも参加していた。


ところが、なぜRさんが辞める必要があったのか、実際の理由は何なのかについては、
クリアな説明は何もなかった。


何でも聞いて良いと言われたので、そのことについて実際に質問をすると、
「守秘義務(Confidentiality)とRさんのプライバシー(Privacy)に関わるから」
という理由で答えが得られなかった。


ただ、繰り返し伝えられたのは、
今回の件は、レポーティングの件とは一切関係は無いということだった。


他の理由があったらしい…。


それ以上触れてはいけない、タブーのような空気が流れた。


興味深かったのは、


良くわからないのでもっと説明が欲しいと発言したのは、
日本人の僕と、ロシアのウクライナからアメリカに移住してきたインターンだけだった。


アメリカ人のインターンたちは、納得していない様子ながらも、
何も発言をしなかった。


コミュニティから人が去る。それは当然、コミュニティにインパクトを与える。
だから僕は、コミュニティの負った傷を癒し、コミュニティを再構築していくために、
なぜその人は去る必要があったのか理由が欲しいと思う。


でも、その理由は、Conficentiality(守秘義務)という名のもとに、
本人と直接の関係者のみの間で伏せられる。


それはそれで、辞めて行った“個人”に対する責任を果たしているのだろうけど、
残された僕たち、あるいは“コミュニティ”に対しての責任は果たしていないのではないか。


この点について、僕とそのウクライナ出身のインターンは同意見だった。


“コミュニティ<個人”か、あるいは“コミュニティ>個人”か。


もし、今回の一件がIndividualism(個人主義)とCollectivism(集団主義)の
文化の違いから来ているのなら興味深い。


ちなみに…、


日本語には“一身上の都合”という表現がある。
何も事実を説明していないのだけど、しばしば全体にはそのように説明が
なされることがある。そして、それはひとつの落とし所になったりする。


すっきりしないものの、何も説明が無い、あるいは説明が出来ないと
言われるよりは、まだ良いのだろうか…。


“一身上の都合”という表現は、もしかしたら、“コミュニティ≧個人”という
日本人なりの妥協、あるいは知恵の産物なのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

“帰還”の物語について

ご多分にもれず、CIISの卒業を間近に控えて、人生についてあれこれ考える。


自分の中の何かを、もっと遠くにシフトさせるために、
あと2年ぐらいアメリカで生活をする経験が欲しいとも思う。
それも、学生やインターンとしての立場ではなく、仕事を持った社会人として。


でも、この選択肢も、その後の人生の方向が自分の中で明確でない限り、
“流されている”のと変わらないのだろうとも思う。


消えた夢の残り香だけを求めて、その地に残り続けるということはしたくない。


僕自身について言えば、アメリカに来る前から、
自分の中での大きな方向性は明確だった。


ただ、アメリカに来る前の自分と、実際にアメリカに来てCIISでの3年間を
終えようとしている現在の自分とでは、前提としていた自分自身が
少し変わってしまった。


だから、自分の中の大きな方向性が、小さく、でも深く影響を受けている。


残るのか、戻るのか…。


日本と言う社会は、一度、その外に出てから眺めてみると、
ものすごく密度と凝集性と粘着度と保温性の高いゼリーのような液体で
包まれているように見える。そのゼリーは、内と外を、柔らかく、弾力的に、
透明色に遮断している。


もちろん人にもよるのだろうけど、そこは出るにも入るにも動くにも、
ゼリーからの圧力を感じずにはいられない社会だ。


もちろん、慣れると快適なのだけど…。


ちなみに、僕は立場的にはすごく恵まれていた。
今回の留学に際して日本の会社は理解を示してくれて僕に3年間の時間をくれた。
だから、僕は日本に戻る場所があった。


過去形で書いているのは、その選択をしないかもしれない自分を感じるから。
再び、ゼリーの中を生きると言う選択をしたくない自分がいるから。


おかしな話だ。僕は日本も会社も大好きなのに…。
この相反する感情はどこから来るのだろう。


もしかしたら、“戻る”と言う言葉に、どこか“停滞”の響きを感じているのかも
しれない。あるいは、僕の中で、“物語”とは前に進めるものであって、
後ろに戻るものではないと言う固定観念があるのかもしれない。


1)Separation(分離・旅立ち)
2)Initiation(通過儀礼)
3)Return(帰還)



神話学者のJoseph Campbellが提示した、世界中の英雄伝説に現れる
共通の構造だ。


1)慣れ親しんだ楽園からの旅立ち。あるいは、日常世界からの脱出。
2)人為の及ばない超自然領域への冒険。葛藤、戦いなどの試練の道。
3)最終的な勝利。成熟した新しい自分。そして、コミュニティへの帰還。



英雄は、節目節目に振りかかる困難に対してしばしば大いなるものからの
知恵や助言を得る。その大いなるものは、老人の姿をして現れることが多いそうだ。


そう言えば、僕はここサンフランシスコでたくさんの老人と出会ってきた。
そして、たくさんのことを学んできた。


でも…、


もし英雄がコミュニティに帰還しないのだとしたら、
物語はいったいどう紡がれるのだろう。


もちろん僕は英雄じゃないのだけど…、


夕暮れ時のAquatic Parkを臨むベンチは、
自分の人生を神話の構造に当てはめて空想するにはとても良い場所だった。
Dsc00586_3 Dsc00587_3Dsc00589_5
Dsc00590_2

| | コメント (4) | トラックバック (0)

時間が過ぎていく

Dsc00526
サンフランシスコはこのところ良い天気が続いている。
今朝もカリフォルニアらしい青空が広がっていた。


空気はだいぶひんやりしている。


Paicfic Instituteに行くために自転車に乗ったら、
吐いた息が少し白かった。


「TJがいなくなったらと思うと、すごく寂しくなるよ」


最近、CIISで、プラクティカム先で、よくそう声をかけられる。


CIISのクラスは12月まで、そして、Pacific Instituteでのプラクティカムは来年1月までだ。
Visaの関係もあるので、僕は2月にはアメリカを発つ必要がある。


アメリカを離れることには未だリアリティがないのだけど…、
残り時間が、加速度を増しながら削り取られていくのを日々感じている。


それは、砂時計の砂が、終わりの方になるにつれて落ちるスピードを
上げていくように見えるのと似ているのかもしれない。


とにかく、毎日が飛ぶように過ぎていく。


更に、先週で夏時間が終わり、今週から夕方が1時間早く訪れるようになった。
そのせいもあって、あっという間に一日の終わりがやってくるような気がする。


夜7時にプラクティカムを終えて、僕はPacific Instituteの玄関脇から空を見上げた。
そこには昨夜と同じ形の月が白く輝いていた。
Dsc00511

| | コメント (0) | トラックバック (0)

創始者から学ぶということ

Ron KurtzはHakomi Methodsの創始者だ。


創始者からトレーニングを受けると言うのは、とても貴重な機会なのだと実感した。


それは当然のことなのかもしれないけど、RonはHakomiの創始者だから、
デモセッションや質疑応答による参加者との関わりの中で、彼の言動だけでなく、
あり方も含めたそのすべてが、Hakomi Methodになっている。


無理なく、自然な形で彼のパーソナリティの中で統合されている。


これは、見ている人にインパクトを与える。
すべてがパワフルな学びの機会になる。


そのことに感謝をした。


しかし、


それと同時に感じた別の側面もある。


僕たちは、Hakomiの考え方やメソッド、スキルを学ぶために今回のワークショップに
参加しているのだが…、


Hakomiのメソッドやスキルは、Ronの個性から生み出されているものだ。
Hakomiの理論も、Ronの個性によって構築されたものだ。


だから、Hakomiの理論、そして、メソッドやスキルは、Ronの個性とマッチした時に
最もパワフルにシナジーを発揮する。


少なくとも、僕はそう感じた。


人の個性は、一人ひとり違う。
だから、どんなワークショップに参加しても、どんなメソッドやスキルを学んでも、
必ず一人ひとりが編み出していかねばならない領域が僕たちを後ろで待ち構えている。


そこから、ある一つの問いが常に僕たちに投げかけられている。


“あなたがクライアントに使おうとしているその理論やメソッドは、
あなたの生き方とどのように関係しているのか”



たくさんの行われたRonによるデモセッションで、
クライアントにもっとも良く機能していたのは、Hakomiの理論でもメソッドでも
スキルでもなかったように思う。


それは、Ron Kurtzのプレゼンスだった。


皮肉のように聞こえるかもしれないけど、
今回の“The Refined Hakomi Method Workshop”と名付けられたワークショップで
僕にとって本当に学ぶべき価値のあったのは、その考え方やメソッドではなく、
彼のプレゼンスだった。


Ronは、Hakomiが大切にするプレゼンスを、“Loving Presence”と呼んだ。


その“Loving Presence”を醸し出すためには、大きく2つの要素を習慣的に
意識する必要があるとのことだった。


一つは、セラピストとしてクライアントと向き合った時に、目の前のクライアントの中に、
自分が愛することのできる要素を発見しようとすること。相手の話を聞くことよりも、
まず何よりも先にそれを意識すべきとのことだった。


二つ目は、常に、今この瞬間にいること。
今この瞬間にいるとは、今この場に起こっていることと一緒にいること。
それは、クライアントに起こっていること、セラピストである自分の内面に起こっていること、
クライアントと自分との間に起こっていること、すべが含まれる。


この2つが、Loving Presenseの根底になるだろうと言うことだった。


Ronは、まさに二つの中を現在進行形で生きていた。


この3日間、僕は会場の最前列、ほぼ彼の正面に座っていたのだけど、
それを彼の体の隅々から感じた。


そして、


改めて、Hakomiの考え方やメソッドを学ぶとは、実は、Ron Kurtzを学んでいること
なのだと思った。僕たちが学んでいるのは、Hakomi Methodと称したRon Kurtzなのだ。


だから、語弊があるかもしれないけど、ライセンスを取って認定ハコミセラピストを
名乗って彼に続いても、決して、Ron Kurtz以上に優れたハコミセラピストは
現れないだろう。


だって、Hakomi MethodイコールRon Kurtzなのだ。
どちらがRonかという比べっこをして、Ronに勝る人はいないだろう。


もちろん、勝らなくてもいいのかもしれない。


でも、僕たちはHakomiに限らず、どこかで、○○認定セラピストという枠を
超えていく必要がある。


それを平たく言えば、


自分のスタイルを確立する、あるいは生き方を理論やメソッドと融合させる、
あるいは、自分のやり方の創始者になる覚悟を持つ、ということ言うことだ。


世にあるすべての理論やメソッドは、自分自身の生き方との関係を抜きにして
クライアントに使っても、本来の威力を発揮しないのだから。


創始者から学ぶと言うことは、いろいろ考えさせられる。
Dsc00507

| | コメント (0) | トラックバック (0)

The Refined Hakomi Method Workshop 3

3日間の濃縮したワークショップだった。


Hakomiが目指しているものは、
僕の理解した範囲で言うと、クライアントが自らの過去を違う文脈の中で
再体験することによって、人生に新たな選択肢をつくること。


そのユニークなところは、クライアントのコミュニケーションの中に
何度も繰り返し現れる“非言語のメッセージ”に注目することだ。
それは“Indicator”と呼ばれる。


セラピストは、クライアントが無意識にしているいくつかの“Indicator”の中から
適切なものを見抜き、それをクライアントの意識に上らせる。
そして、それを意識的に促進させたり、制限させることによって
クライアントの中に想起されてくる感情を共に探る。


その感情は、過去の記憶に紐づいている。


その記憶を、クライアントはセラピストと一緒に探究する。
クライアントは、その過去の記憶をセラピストが生みだす“創造的な方法”によって、
セラピーセッションという文脈の中で新しく体験をする。


“創造的な方法”とは、定型があるわけではない。
その時のテーマ、クライアントが置かれている状態、クライアントの個性、
あるいは、セラピストとの関係性によって、その都度、セラピストによって
編み出されていく必要がある。だから、創造的なのだ。


それらの再体験のプロセスで、クライアントは未完了の大きな感情に
直面するかもしれない。防衛メカニズムが働くかもしれない。


それを乗り越えるための、あるいは乗り越えた後の、溢れる感情を癒すために、
Hakomiでは、通常のセラピーではあまり使われない手法が用いられる。


非言語の、時には言語を伴う“スキンシップ”だ。


この3日間を通して、Hakomiとは、つくづく体験のセラピーなのだと思った。


Ronは、ワークショップの中で、2002年にノーベル賞を受賞した行動経済学の
Daniel Kahneman氏が提唱している“2つのSelf”という概念について触れた。


Remembering Self(思い出している自己)と、
Experiencing Self(体験している自己)”だ。


クライアントが話をしている時、クライアントは果たして、
どちらの自己の話をしているのだろうか。


クライアントは、記憶の中の過去の物語を話しているのだろうか。
それとも、今この瞬間に現在進行形で体験している時間のことを話しているのだろうか。


セラピストは、それを区別して聞く必要がある。
あるいは、その両方を同時に聞いている必要がある。


というのも、


人は、往々にして記憶からの過去の物語、あるいは創作された物語を話しがちだけど、
体では、いまある自分の状態のことを、いま体験している時間のことをリアルに正直に
伝えていたりするものだから。


Ronは言った。


「クライアントの話す過去の物語に関心を奪われてはいけない。
もっと、クライアントが今この瞬間にしていることに目を向けなさい」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

The Refined Hakomi Method Workshop 2

“旧来のHakomiと新しいHakomiとの違いは、一言で言うとSimplify(簡易化)したことだ”


Ronはそう言った。


セッションで繰り返し現れるクライアントの無意識的な行動(Indicator)を的確に掴み、
そこから、クリエイティブに働きかけてクライアントの深層に迫る。


Ronは続けた。


その人の人生は、今この瞬間に、その人が無意識に繰り返し使う
言葉や表情、しぐさ、動きに端的に現れる。


なぜなら、人生とは“習慣的に現れるもの”の積み重ねだから。
“習慣”とは、人生なのだ。


午前中、僕たちは4人組のワークを行った。


一人がクライアント役。残りの3人はオブザーブ役になる。
クライアントはリラックスした姿勢を取り、目を閉じる。


オブザーブしている3人は、目を閉じているクライアントの表情から何が伝わってくるか、
その人ついて何が読み取れるかを観察する。


5分間ぐらい。


そして、感じたことをクライアント役に伝える。


呼吸、顎、眉間、顔の傾き、姿勢、口元、顎の線、顔に浮かぶ皺、皮膚の張り、
髪の質や髪型、服の着こなし…。あるいは、在り方、雰囲気、エネルギー、
そして、5分間のそれらの移り変わり。


観察すべきことは山ほどある。
個人的に、まずはそのことに驚いた。


そして、この場で初めて会った人たちにも関わらず、オブザーブ役のフィードバックが
互いに的を射ていたことに、僕たちは改めて驚いた。


Here and Nowに人生のすべてが現れている。セラピストはそれを汲み取ればよい。
そのためにはクライアントとその場に“一緒にいる”ことが何よりも大切になる。


なのに、


セラピストが、頭の中にセッションのAgendaを持ち、何かとクライアントに
働きかけようとすることは、クライアントを重要なサインを見逃すことになる。


午後、3人組のワークを行った。
役割はセラピスト、クライアント、オブザーバーだ。


セラピストは、クライアントに一言だけ褒め言葉を静かに投げかける。
例えば、“You are a good person...”


クライアントが求めれば、何度でも投げかける。
そして、その後、クライアントは内面に想起されたことを話す。


セラピストとオブザーバーは、やり取りの間のクライントの反応を見る。


セラピスト役は、クライアントからIndicator(繰り返し現れる言葉やしぐさ)を見つけだし、
そして、クリエイティブな方法でクライアントの意識の深層に迫る。


僕がセラピスト役になった時、クライアントが、自分の優しい感情を表現するときに
胸に手をやることに気がついた。オブザーブ役の人に、クライアントの
胸の位置に手を当ててみるようにと依頼をした。


クライアントは、その手の上に自分の手を重ねながら、何度も深い深呼吸をした。


「温かい。私がずっと求めていたのは、この温かさのような気がする…」


何分その状態を続けたのだろう。
クライアントの閉じている目に、うっすらと涙が浮かんでいるのがわかった。


パワフルだ。


Ronは、ワークショップの中で、たくさんのQuate(引用)を使う。


その一つに、Gandhiからものがあった。


"Keep your thoughts positive because your thoughts become your words.
Keep your words positive because your words become your behavior.
Keep your behavior positive because your behavior becomes your habits.
Keep your habits positive because your habits become your values.
Keep your values positive because your values become your destiny."


“考え(thoughts)”-“言葉(words)”-“態度・振る舞い(behavior)”-
“習慣(habits)”-“価値観(values)”-“運命(destiny)”。


改めて、


The Refined Hakomi Methodとは、


セッションにおけるHere and Nowに繰り返し現れるクライアントの習慣的な
“口癖(言葉)”と“仕草(態度・振る舞い)”から、クライアントの“ビリーフ
(価値観、あるいは考え)”に迫り、結果として、クライアントの“生き方(運命)”に
変化を与えようとするものなのだろう。


ただし、Ronはこんなことも言った。


“セラピストは、クライアントを変えることはできない。
できるのは、クライアントが変わるための機会を与えることだけだ。”


セラピーセッションの中で、人生に“違い”をつくったクライアントは、
セラピールームの外で、つまり現実世界の中で、自分でプラクティスを
していかねばならない。


それは、刺激に対して、従来のように反射的なReaction(反応)をするではなく、
理性的なResponse(対応)をするためのトレーニングを自分に課すと言うことだ。


結局、自分の運命に違いを創るのは、自分でしかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

The Refined Hakomi Method Workshop

今週末、ウィークエンドのクラスを履修している。
金曜日の夜2時間と、それに続く土曜日と日曜日は終日のクラスになる。


Hokomi Method(ハコミセラピー)の創始者、Ron Kurtzが3日間、
教えに来るというめったにない機会だと聞いていたので、
とても楽しみにしていた。


Ronは、どっしりとしていて、愛情に溢れていて、皮肉とユーモアを交え、
絶妙な間を取りながら話をする人だった。


ちなみに、Hakomi Methodとは、Gestalt Therapyと通じるところがあり、
Body-Centered Psychotherapyの一翼を担っている。


Here and Nowの体験を重視し、クライアントの体、仕草、表情などの動きや
変化を糸口に、心の奥深くにあるものを探っていく。


金曜日の今日は、2時間のみのセッションだ。


どっしりと教室の前に座ったRonは、彼が創始したHokomiをさらに一歩進めた
Refined Methodとして、最近、自身が行ったワークショップでのワンシーンを
ビデオを使って僕たちに見せた。


そこにすべてがわかりやすく反映されていると。


それは、デモセッションだった。


クライアントの女性が、Ronと向き合う。
Ronは向き合った彼女が、自分の髪を神経質にいじることに注目をする。
そして、それを優しく指摘した。


Ronはビデオの中で、傍にいたスタッフに彼女が髪をいじる動きが出来ないように、
隣に座って、彼女の腕を軽く押さえるようにと言った。


髪をいじることが出来なくなった彼女は、そのことによって内面にある感情が想起される。
その感情を味わうことで、彼女の中にある記憶が思い起こされる。


その記憶を、Ronと一緒にセラピーの場で実践してみる。


記憶の再体験だ。


その再体験のプロセスを、セラピストであるRonによって120%受容されることで、
クライアントは過去にしたものとは異なる体験を新たにすることになる。


彼女の人生に“違い”が生まれた瞬間だ。


体に現れる何気ない動き、しぐさ。
それは無意識からの自分に対するフィードバックデータだ。


セラピーの場合に提示されるデータとは、数字とは限らない。
それは、ある出来事に対して浮かび上がってきた感情であったり、昨日見た夢であったり、
その場で描かれた絵であったり、いまここで感じている体の感覚だったりする。


Ron Kurtsの提唱するHakomi Methodでは、そのデータとは、その場で繰り返される
体の動き、表情、仕草、フレーズ、声のトーンということなのだろう。


彼は提示されたデータをクライアントと一緒にクリエイティブに探究する。


彼はクライアントの深層を辿っていくための糸口になるそれらの“体の動き”を、
“Indicator”と呼んだ。


Refined Hakomi Methodでは、セッションの中で適切なIndicatorをどう見つけるか。
それが重要なポイントになる。


次に重要になるのは、その“Indicator”をセッションの中でどうクリエイティブに
扱うかということだ。“Indicator”を促進させたり、抑制させたり…、
柔軟に試行錯誤していくことが求められる。


最後は、クライアントが自発的に意識の深層を辿るプロセスに、自然な態度で
寄り添っていくということだ。その時、沈黙が大事な役割を果たす。


明日以降、それらを実践の中で修得していくことになる。


楽しみだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

EMさんとのセッションビデオ

先週はCIISのクラスで、今週はPacific InstituteのGroup Supervisionで
僕のクライアントのEMさんとのセッションを録画したビデオを使った
Case Presentationをした。


先のブログでも書いたのだけど、後期高齢者や認知症を抱えるクライアントへの
セラピーは、かなりユニークなフィールドと言える。


セラピストとしてのBoundary(境界線、距離)をどこに引くか。
相手の生きている主観世界、あるいは発せられるメタファーをどう読み解くか。
言葉以外のコミュニケーションをどう位置づけて、どう活用するか。
そもそも、何をもってセラピーと言うのか…。


そのビデオは、18分間だ。


認知症を抱えて、鬱状態にある92歳のEMさんは、ビデオの中で椅子に座っている。
いつものように、俯いて目を閉じている。起きているのか眠っているのかわからない。


僕はEMさんに近寄り、膝の上に置かれているEMさんの手に触れる。


ビデオはそこから始まる。


EMさんは僕を確認すると、一瞬、笑顔になる。
そして、僕の手を握り、首を横に振り、目を閉じる。
深く頷きながら、再び沈黙の世界に沈んでいく。


そして、しばらくすると思い出したように目を開けて、
僕にキスをする。


僕は、そんなEMさんの手を握りながら、ただ一緒にいる。


目をつむっているEMさんは寝ているわけではない。
それは、僕の手を握る確かな強さ、指の微かな動き、呼吸、
頭の頷きから伝わってくる。


会話は無い。沈黙の音が聞こえてくるようなビデオだ。


でも、そのことによって、セラピストがクライアントとただ一緒にいることが、
どれだけクライアントにインパクトを与えているのか、
わかりやすく伝わってくる。


CIISでのプレゼンテーションでも、Pacific Instituteでのプレゼンテーションでも、
そのビデオは、一人ひとりに、深い印象を残した。


それは、いずれのグループでも、ビデオ終了後の一人ひとりの顔に現れていたし、
しばらく温かい沈黙が流れたことからも伝わってきた。


詳しくは書かないけど、僕はクラスメートからはもちろん、インストラクターからも、
スーパーバイザーからも、これ以上ないぐらいの賛辞をもらった。


ただ一緒に居続けるとはどういうことか…。
相手を思いやるとはどういうことか…。
自分と祖父母との関係はどうだったか…。
セラピストとして接することと、人として接することは何がどう違うのか…。


総じて、そんなことが皆の内面に強く呼び起こされたようだった。


実は、Pacific Instituteでのプレゼンテーションには、CEOのNaderもオブザーブに
来ていた。彼がオブザーブに来るのは、僕の知る限り初めてのことだ。


Naderも、そのビデオを見た後に、全員の前でこう言った。


「TJ、本当に素晴らしいセッションだった。込み上げてくるものがあったよ。
AgeSongの哲学が端的に反映されていたし、この分野に関わる人たちの誰もが
直面する材料が、とても良い形で含まれていた。


このビデオを、これから入ってくるインターンのトレーニングビデオとして
使いたいと強く思ったよ。いや、それだけでは無くて、TJの今回のプレゼンテーションを、
外部に向けて発信する機会を設けたいとも思うのだけど、どうだろう。


もちろん、そのためにはEMさんの家族の承諾も必要になるけどね」


CIISで、あるいはPacific Instituteで、日々、いろいろなことが起こる。
そして、僕はいろいろ経験し、いろいろ学ぶ。


それらのいろいろが、僕の中と僕の周囲で
少しずつ噛み合い始めて来ているのかもしれない。


2つのプレゼンテーションを終えて、そんなことを思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Day of the Dead(死者の日)

「11月2日の“Day of the Dead”は、サンフランシスコで催されるたくさんのイベントの中でも
特に素晴らしいから、是非、見ておくといいよ」


いろいろな人にアドバイスされていた。


3年目に、ようやくそれが実現した。


“Day of the Dead”は、メキシコ起源のお祭りだ。
親族や友人が集まり、故人を偲ぶ。それは日本のお盆のような位置づけなのだろう。


サンフランシスコでは、ラティーノの多く住むミッション地区がそのお祭りの中心になる。


夜7時に行進が始まる。そして、人々はGarfield Parkに流れる。
そこには、たくさんのAltar(祭壇)が飾られているということだった。


僕は、大勢の人で溢れる24th streetで人々が行進してくるのを待った。


…。


行列の先頭が見えた。
こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
Dsc00190

行列の中には、踊りや音楽を奏でるグループもある。でも、数えるほどしかない。
行進のメインは、顔をドクロを模してペインティングした大勢の人たちだ。
彼らは、故人の写真や蝋燭やドクロの人形など思い思いのものを手にして
ゆっくりと行進する。
Dsc00223
Dsc00270
Dsc00310

行列と、観客との間には垣根が無い。人と人の隙間は、柔らかい夜の闇が埋めてしまう。
だから、両者に一体感がある。


この行進は、とても神聖で、死への畏敬を感じさせる大きな文脈の中にあるのだけど、
一つ一つのコンテンツが、メキシコらしい陽気さとサンフランシスコらしい賑やかさで
彩られている。


そのコントラストが、なんとも言えない雰囲気を生み出していた。


行進の最後を見届けてから、僕はGarfield Parkに行った。


そこも大勢の人で溢れていた。


芝生の上に、たくさんのAltarが展示されていた。そこには故人の写真が飾られていて、
花や食べ物やドクロのオブジェ、そしてメッセージが供えられていた。
Dsc00362
Dsc00372
Dsc00443

人々は、思い思いに立ち止まって、祈りを捧げている。
僕も立ち止まる。そして、想いにふける。


Garfield Parkで感じた印象も、行進のときに感じたものと似ていた。


Altarと僕との間では、しんみりとした気持ちになるのだが、
その周囲は、演奏や歌に踊り、そして、拍手や喝采で盛り上がっているのだ。
Dsc00401

このお祭り全体に、哀しみと陽気さといった矛盾する要素がどこまでも
幾層にも重なっているように思った。


例えば、


とても小さなAltarの上にさえも、故人の写真や故人を偲ぶメッセージと一緒に、
とてもユーモラスなペインティングをされたドクロやユニークなオブジェが
置かれているのだ。


それらの哀しみと陽気さのコントラストが、“人生”に潜むペーソスを
引き立てているような気がした。


改めて、


“Day of the Dead”。


とても不思議な魅力のあるお祭りだと思った。
Dsc00494_2

その翌日、Helgeとのセラピーセッションがあった。


「最近のTJは、死を通して人生の意味を考える機会に恵まれているね。
自分の内面にどんな変化を感じる?」


彼は尋ねた。


僕は目を瞑ってみた。


すると、一つのイメージが浮かんだ。


内面世界を家屋に例えると、


僕はその中に、新しい大きな部屋があることに気がついた。
以前は無かったはずだ。


その部屋は、白と黒とスカイブルーとオレンジ色で彩られていて、
日当たりの良い位置にある。


こんな大きな部屋、どうして今まで気がつかなかったのだろう…。


入り口のドアを見ると、「死の部屋」と書いてあった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

Giants熱に溢れる夜

San Francisco Giantsが優勝を決めた夜、僕は、プラクティカムサイトの
Pacifric Instituteのダイニングで、その瞬間をレジデントと一緒に
テレビで見ていた。


夜7時半に優勝を見届けて、自転車で家に向かった。


サンフランシスコの熱を体で感じながらの帰り道だった。


熱狂した人々が、道路に乗り出してきて、自転車に乗っている僕に
手を伸ばし、ハイタッチを求める。


道を走る車が、次々とクラクションを鳴らしながら、
前から、後ろから通り過ぎる。


家々の窓から、"Let's go Giants!"と叫び声が聞こえる。


Haight Streetにあるバーは、喜びを分かち合うお客で賑わっていた。
Dsc00075

Irving Streetと9th streetの交差点は、人が道路に溢れ出て、
Muniの路面電車が立ち往生していた。
Dsc00097

Iriving Streetのあるブロックでは、若者たちが道路を占拠して、大騒ぎをしていた。
Dsc00167

56年ぶりのワールドシリーズ制覇だと言う。


バリーボンズというチームワークを軽視する唯我独尊のスーパースターが
抜けてから、3年間…。


若手が育ち、チームがチームとして機能するようになるまで、
サンフランシスコジャイアンツの首脳陣は何に力点を置き、
どういうチーム作りをしたのだろう。


興味はある。でも、今の僕には少し遠いテーマかもしれない。


今年、僕はサンフランシスコジャイアンツの本拠地であるAt&T球場に
足を運ぶことは一度もなかった。


去年までは、毎年、一度は足を運んでいたのだけど、
今年はプラクティカムに追われていて、気分的に距離が遠かった。


そうは言っても、たまたま滞在している期間に、地元チームが勝ち進み、
そして、世界一になるその瞬間を目撃することができた。
地元の人々と熱を共有することが出来た。


それはラッキーだ。


もしこの巡り合わせが、僕の人生にとって何か意味を持つのだとしたら、
それはいったい何だろうと、少し考える。


そう言えば、


Pacific Instituteのレジデントで、先月亡くなったRHさんは、
サンフランシスコジャイアンツの大ファンだった。


眼と耳が不自由なため、いつもラジオを耳に押し付けて、中継を聞いていた。


ジャイアンツが勝った日と、その翌日は、喜びの怒声がフロアに響いていた。
当時は、みんな大迷惑だったのだけど…、今となっては懐かしい。


ジャイアンツの勝利を、きっと天国で喜んでいるに違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3週間に1回のGathering(集まり)

Dsc09854

Jonは、30歳のユダヤ系アメリカ人だ。


カナダ国籍も持っていて、本人曰く、これまでの人生をNomad(遊牧の民)のように
海外を転々としながら生活をしてきたそうだ。アイルランドや、ノルウェーにも
長く住んでいたことがあると聞いた。


少しイエス・キリストに似ている。
そう指摘したら、色々なところで良く言われるんだと笑った。


頼んだらポーズをとってくれた。


…。


Dsc09856

彼は現在、CIISでSomatic Psychologyを学んでいる。
僕とは学部が違うのだけど、2年前、ひょんなことから知り合って話をするようになった。
CIISでは、長い付き合いになる友だちの一人だ。


誰にでもオープンで気さくで、聞くと話すのバランスがとても良くて、
だから友人が多い。


ありがたいことに、僕と話すことにとても興味を持ってくれている。
昨年は、僕の英語力向上の助けにもなるだろうからと、定期的にCIISのCafeで会って、
話をする時間を持ったこともあった。


つい最近、僕と誕生日が同じだったことを知った。


お互いに、プラクティカムが始まって、CIISに行く機会も少なくなり、
顔を合わせる機会も減っていたのだが、今セメスター、久しぶりに再会した。


それ以降、3週間に一回ぐらいのペースで、日曜日に僕の家から徒歩15分ぐらいの
ところにあるWestportal Stationの前にあるカフェレストランで会って、
一緒にお昼を食べながら、ディスカッションをしている。


昼食が終わると、周囲を散歩しながら、ディスカッションを続ける。


高級住宅街がすぐ隣なので、綺麗に整った家々の間を歩きながら、
お互いに話を続ける。
Dsc00064

今日は、セラピーにおいて、感情のCause(原因)とSourse(源)の違いは
何かと言うことで延々とディスカッションをした。


要は、クライアントがある状態に陥っているときに、Cause and Effect(因果関係)の
考え方を取ると、Causeを探しに過去を辿ることになる。


ところが、Somatics PsychotherapyやGestalt Therapyなどの、
Here and Nowの体験を重視するアプローチでは過去を辿ることをほとんどしない。


では何を辿るのかというと、今この瞬間に、その感情が生まれているSourseだ。
Sourseを奥深く探り、そのSourseを意識しながら一緒にいる、
というアプローチをとる。


Sourseを奥深く探るとは、過去を辿ることと何が違うのか。
Cause(原因)とSourse(源)は何がどう違うのか。


そんなディスカッションだった。


もちろん、結論は無い。


いずれにしても、クライアントに起こっているEffect(結果)から、
そのCause(原因)を辿ろうとするとき、僕たちは頭、つまり認知機能を使っている。


言いかえると理性を使って、記憶を辿り、Causeを特定する。


でも、どうだろう。


自分がいま苦しんでいる感情が、過去のどの体験から来ているのかなんて、
あるいは、たった一つの出来事から来ているのかどうかだなんて、
深刻なPTSDを除けば、正確なところは、誰もわからないのではないか。


クライアントの立場で僕たちがしているのは、語弊を恐れずに言えば、
それらしき体験を過去の記憶の中に見つけて、とりあえず、
それがCause(原因)だと信じることだ。


6~7歳より前の認知的な記憶を鮮明に覚えている人なんてあまりいないだろうから、
覚えている範囲の記憶の中からそれを特定する必要がある。
そう考えると、ずいぶん、根拠が薄い気もする。


もちろん、本人がそう信じているであれば、それでいいのかもしれない。


セラピーセッションでは、クライアントは、その原因と思しきものに
自分が付与した意味づけを、セラピストのサポートを得て客観的に知り、
それに別の意味づけが可能かどうかを考えてみる。


それによって違う人生の物語が生まれ、そのCause(原因)が及ぼしていた
Effect(結果)から自由になることができる。


と考えると、セラピーとは、心や感情を扱うと言いながら、ずいぶん、
認知的で、前頭葉で行うゲームのようにも感じる。


知的かもしれないけど、真実に迫るような深さはない。


おそらく、過去にCause(原因)を辿りだした時点で、意識の働きが、
感情から理性にバトンタッチされてしまうのだろう。


そうではなくて、


感情を、純粋に感情として辿るためには、別のアプローチが必要ではないか。
認知機能と言うフィルターを通さず、起こっている感情をそのまま深めて、
そのSourse(源)に迫っていくことは、可能なのだろうか。


もしそれが、体の感覚を使うことで可能になるのなら、
その理論的な背景とは何なのだろう。


そんなことを、ああだこうだと話しながら、僕たちは、午後の昼下がり、
緑あふれる高級住宅街を散歩した。


この散歩には目的地は無い。僕たちには3時半ぐらいまでには切り上げようと言う
合意があるだけだ。


カリフォルニアらしい抜けるような青い空と、
ハロウィーンの飾り付けに使われる薄いクモの巣のような白い雲と、
海から吹いてくる冷たい風が気持ち良かった。


途中にトレイルを見つけた。


迷ったけど、僕たちはそれを登ることにした。どこにで出るのかわからない。
僕たちは、雨上がりで泥濘んだ細い道を、ただただ登った。
草木のフレッシュな匂いが、気持ち良かった。
Dsc00024

やがて…、


僕たちは高台に出た。


そこには、素晴らしい眺めが広がっていた。


こんな場所が近くにあるなんて知らなかった。
まるで、セラピーのプロセスようだね、と僕たちは笑った。
Dsc00038_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »