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2010年9月

何を避けているのか

僕はPacific Instituteで4人のクライアントを担当している。


それぞれのクライアントと信頼関係を築いているだけでなく、
彼らの家族とも良好な関係を築くことができている、と思う。


と思う、と書いたのは、今週のGloriaとのスーパービジョンで、
彼女から興味深い指摘をされたからだ。


「TJは、クライアントとの人間関係に、これ以上のコミットをすることを
避けるために、無意識にマネジメントの問題の方に自分の意識を向けている、
という可能性は無いかしら…」


実は、このところのGloriaとのセッションでは、4人のクライアントのことではなく、
Pacific Instituteのマネジメントの混乱と、Caregiverのモラールの低下に感じる
ストレスが話題の中心だった。


と言うのも、クライアントとの関係は上手くいっていると思っていたから。


でも、もし僕が、敢えて自分の力の及ばない範囲のことを話題にすることで、
自分の力が及ぶ範囲に起こる事柄と直面することを避けようとしているとしたら、
それはいったい何だろう…。


以来、そのことについて考えている。


Gloriaからその指摘をされた瞬間は実感は薄かったのだけど、
確かに言われてみれば、僕は、自分の力の及ぶはずの領域で、
自分の無力ぶりに直面するに対して、深い恐れを抱いているのかもしれない。


僕の力の及ぶ領域とは、例えば、Pacific Instituteで考えてみると、
それはマネジメントでは無くて、クライアントとの関係性だ。


理論上は、クライアントとの関係で、僕はセラピストとしてたくさんの変化を
起こせるはずなのだが…、実際はどうか。


どんなに努力をしても、僕はクライアントの加齢を止めることはできない。
健康の衰えも止めることはできない。認知症の進行も止めることはできない。


できなことだらけだ。


これ以上、クライアントとの人間関係に深く入っていくことは、
自分の無力感に直面する機会を増やすだけ、と直感しているのかもしれない。


あるいは…、


僕は、4ヶ月後にPacific Instituteを卒業する。
セラピストとクライアントの関係で始まった僕とレジデントの関係は、
インターン終了と同時に終わらせないといけない。


セラピストとクライアントという関係を越えて、人間としての信頼関係を
育んでいたとしても、それを終わらせないといけない。つまり卒業をしたら、
原則として、2度とクライアントに会ってはいけないのだ。


日本人の感覚だと、少し奇異に思うかもしれないけど、
こちらでは、セラピストとしての職業倫理上、それが求められる。


そう考えると、


もしかしたら、僕が、コントロールできなくなることを恐れているのは、
これ以上、クライアントにコミットすることによって、彼らへの強い愛着が
湧いてしまうことかもしれない。


Gloriaの指摘は、Therapistならではのものだったように思う。
僕自身のクライアントとの関わり方について、まったく違う側面から
光を当ててくれたような気がしている。

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家族の時間

僕が担当させて頂いているクライアントのEさんとKさんは、
共に92歳だ。


Eさんの息子Tengと、Kさんの娘Lyndaは、夕方、自分たちの母親を見舞いに
Pacific Instituteを訪れる。一日も欠かすことなく、毎日だ。


そして、散歩に連れて行ったり、身の回りの簡単な世話をする。


なかなかできないことだ。


彼らの存在によって、僕が好きになったPacific Instituteの時間帯がある。


それは…、


夕食後の6時半から7時半ぐらいにかけてだ。


既にスタッフは帰宅し、多くのレジデントは夕食を終えて、
自分の部屋に戻る。


Pacific Instituteが一日の終わりを迎えようとするその頃、
3Fのダイニングルームには、静かで穏やかな時間が流れている。


Tengは、食事をするのに時間のかかるEさんを手伝っている。
Lyndaは、食の細いKさんがゆっくり食事を取るのを見守っている。


その同じテーブルには、僕のクライアントのJさんご夫妻も座っている。
結婚歴70年以上になる94歳と93歳のカップルだ。


優しい西日の中に、それぞれの家族の時間が訪れる。
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Tai-chi

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日本語で言うと“太極拳”だろうか。


サンフランシスコでは、朝、公園でTai-chiをしているグループを
良く見かける。マジョリティは、中国系アメリカ人だ。


先日、Pacific Instituteの僕のクライアントEさんの息子、Tengから、
やってみないかと声をかけられた。


彼は、Mission Dolores Parkでもう20年以上、Tai-chiのグループを
指導している。


CIISでも、フリーのTai-chiやYogaのクラスがある。サンフランシスコでは、
どちらもとても盛んなのだが…、僕は今まで、なぜか縁がなかった。


Tai-chiも、Yogaも今まで一度もやったことが無い。


正確に言うと、現在、Pacific Instituteで椅子に座ったまますることができる
Tai-chiグループをファシリテートしているけど、DVDをみんなで観ながらするもので
本格的なものではない。


今週の土曜日、初めて参加してきた。


8時半から9時までの30分間は、上級者のクラス。
9時から1時間半ほどかけて、一般向けのクラスになる。


このグループで、10年以上、Tai-chiをしている人たちばかりで、
とても一体感のある集まりだった。


具体的な指導があるわけではない。実際に、輪の中に入って、
見よう見まねだ。


それは、歴史の中で練られ、磨かれてきた明確な型と動きだ。


その磨かれた型と動きに、自分の癖のある型と動きを何とか合わせていく。
朝のさわやかな空気の中で、Tai-chiの型に全面的に自分を預けて、
自分を消してしまう時間、それがTai-chiなのかな、と思った。


ベテランばかりの周りを見ていてそう思っただけで、
僕はまだ動きを全然覚えていないので、それどころではない。


基本的に、Tai-chiの動きはゆっくりだ。


中腰になったり、手や足の腱を伸ばす動作がたくさんある。
体を右の方向に動かしたと思ったら、今度は左の方向に動かす。


結果的に、左右バランスよく、体を多様な方向に動かすことになる。


自分の筋肉、関節、腱、血管、それだけではなくて、
内臓の細部にまで気を配りながら、体を動かす感じだ。


トータルで90分ほどだったろうか。


動き自体は、何も覚えることが出来ずに終わった。
最初は誰でもこういう感じらしい。


そのあと、公園の近くにある、Tengの家に皆でお邪魔した。
お茶とコーヒーとお菓子と会話とディスカッションと笑い声と…、


お互いの存在を確認し合う、穏やかな時間だった。


そこは、つかの間かもしれないけど、人生のハードさを忘れることのできる
小さなコミュニティであり、何をせずとも、ただ居ることが許される
“居場所”のようでもあった。


途中、椅子の上で、居眠りをしている人もいた。
まさに、誰もが自分のままでいることのできる場だった。


彼らは、Tengを中心にして、ここサンフランシスコで
Tai-chiと、その後のこのお茶の集まりを20年以上続けているのだそうだ。


Tai-chiで始まる一日、Tai-chiと共にある生活…。


Tai-chi的な生き方とは、けっして多くを望まない、すべてに調和を重んじる
シンプルなライフスタイルのことだ。それは、Tengの生き方そのものでもある。


体を整え、気を整える。彼らと一緒にTai-chiの動きをしていると、まるで、
それこそが人生の最大の目的であるかのような錯覚を覚えた。


煩悩の多い僕には、未だまだ到達できない境地だ。
でも、実はそれがとても大事な価値観であることはわかる。


いつかその境地に、上手にシフトしてみたい。
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18年前と現在(いま)

金曜日、元Pacific Instituteのインターン、Mikeに誘われて、
UC Berkeley(カルフォルニア大学UCバークレー校)に
“Cal Performances”のショーを観に行った。


これは、毎年9月から翌年の6月にかけて、毎月10日間ほど催される。


UC Berkeleyが世界中から呼んだ第一級のMusic、Dance、Theaterのアーティストや
団体、グループが、ステージを披露すると云うものだ。


費用は、25ドルから30ドル程度。


UC Berkeleyに通う生徒たちのために、世界中のパフォーマンスに触れる機会を
提供すると言うのがメインの目的なのだろう。
素晴らしい試みだと思った。


その初日が9月24日だった。
開演は夜8時だ。


パフォーマンスを披露したのは、“Bayanihan”という名前の
The National Dance Company of the Philippinesだった。
(フィリピン国立歌劇団、という感じだろうか)


スペインに強く影響を受けているフィリピンの伝統的な歌や踊り。



僕は、彼らの約2時間のパフォーマンスの間、
18年前に参加した内閣府主催の東南アジア青年の船を思い出していた。


当時、ASEAN6カ国、そして、日本の計7カ国から、
それぞれ40名の青年が選抜されて、寝食を共にする2ヵ月間の船旅に出た。


日本を長期間離れるのは、それが初めての経験だった。


船の中では、各国の文化紹介の時間がある。
とても大きなイベントで、それに向けて、各国の青年たちは専門家から本格的な
トレーングを受けて、船に乗り込んでくる。


僕は、大江戸助六太鼓のメンバーだった。


その年、Philippineの代表団の青年たちのパフォーマンスは、
特にレベルが高かった。


それが、目の前のパフォーマンスと重なった。


今回、僕が座っていたのは2階席だ。
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舞台で繰り広げられる、メロディとリズムと衣装、すべてが18年前の日々を
懐かしく思い出させた。


東南アジア青年の船に参加して、自分自身に対して危機意識を持ったことが2つある。


一つは、日本をもっと知らなければいけない、ということだ。
船の上では、外国人青年たちから毎日、日本のことを尋ねられた。
そして僕は、自分の中の日本が、とても脆弱なことに気がついた。


僕は日本をもっとよく知らないといけない。
その前に、海外に行くべきではない。


当時、そうとまで思った。


もう一つは、英語だ。船の中の共通語は英語だった。
当時、英語を何とかしなくてはと心から思った。


あれから、18年…。


日本を知ることについては、かなり意図的に動くことができた。
英語を学ぶことについては、当時の危機意識を活かせなかった自分がいる。


もちろん、どちらもここまで到達出来たら完了、と言う話ではない。
できるのは、自分が納得感の持てる努力をすることだけだ。


未完了を人生の後ろに回すことは、もうしたくないと思う。


18年間前の自分を思い出した夜だった。

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人生の潮目とモチベーション

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ここ数日、サンフランシスコはとても気持ちの良い天候に恵まれている。
これから11月にかけて、サンフランシスコがキラキラする季節だ。


その一方で、最近、僕のPacific Instituteに行くモチベーションが下がっている。


プラクティカムのハネムーン期間が完全に終わって、
至らない点もたくさん見えるようになってきたからかもしれない。


問題が見えても、僕は、それを解決するポジションにない。
7月にClinical DirecterだったAninが抜けて、それを上に届けるルートも
曖昧になっていることもあるのかもしれない。


言うまでもないことかもしれないけど、
組織には、システムでカバーできるものと、人の意識でしかカバーできないものがある。


Aninが、彼女の意識によって繋ぎ、彼女の意識でカバーしていたものが
急速に消えつつあるのは、とても惜しいことだ。


僕には、その変化がとてもよく見えてしまうだけに、無力感が募る。


でも、僕のモチベーションに影響を与えているのは、
それだけではない。


この秋は、僕にとってCIIS、最後のセメスターだ。
考えることが色々ある。


何かが、急速に終わりつつあることを感じる。
留学期間とか、そういう具体的なものでは無くて、僕の人生における、
もっと抽象的で、深い何かが…。


昔、何度も読んだ、立花隆の「青春漂流」という本がある。


確か、前書きで彼はこんな趣旨のことを言っていた。


いつまでを青春と呼ぶのかはわからない。人それぞれなのかもしれない。
でも、自分の青春が終わりを告げた時は、誰にでもわかる。


「ああ、自分の青春は過ぎ去ったのだ…」と、


ただ気づくのだと言う。


ウイスキーの入ったグラスの氷が、コトッ、と音を立てた時のように、
ただ気づくと言うのだ。


その本はインタビュー集だ。
そこに紹介されていた一番年上の人は、確か43歳だったように思う。


当時、40歳を過ぎても青春と呼ぶのか…、と思ったものだったけど、
僕はいま41歳だ。


“その声”が、遅ればせながら、聞こえそうな気配がしているのかもしれない。


いや、他にも、もっとあるかもしれない。


人生において、大きな舵を切った瞬間が、誰にでもあるだろう。
そして、これからもあるだろう。


ただ、実際に大きな舵を切った瞬間は、人生において、
そんなに多くは無いはずだ。


なぜなら、人は、舵を切らないことを選ぶこともできるから。


残すところ約4カ月間となったサンフランシスコデイズ。
CIISの前と後では、明らかに、このエリアは僕は人生の潮目になっている。


どちらに舵を切る自分だろうか。それとも切らないのか。


その時、視界良好でありたい。
今の季節のサンフランシスコのように。

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Elevator Speech

この秋セメスターに履修しているメインのクラスが、Integrative Seminarだ。


ICPプログラムに卒業論文は無いのだけど、このセミナーでまとめる
ペーパーがその代わりとなっている。


このペーパーでは、CIISに来るまでの自分、CIISに持っていた期待、
CIISで実際に学んだこと、CIISで自分が歩んだプロセス、
CIISで自分に起きた変化、自分にとってのTherapyの定義、
卒業後の未来に向けての方向性、などを言語化する。


それを行いながら、


カウンセリングとスピリチュアリティ、
CIISで学んだ理論と積んだ体験、
西洋の知恵と東洋の知恵、
昔の自分と現在の自分、
男性原理と女性原理、
BodyとSpiritなど、


それらを自分の言葉で統合していくのだ。


このクラスでは、全体を前半、中盤、後半と分けて、それぞれに、
過去の自分、現在の自分、未来の自分という3つペーパーを課せられる。
思索を促進する助けとするためだ。


更に、日々の思索を促進するための小さな課題が、
毎回のクラスで課せられる。


今週のクラスのテーマは“Elevator Speech”だった。


ビジネスの世界では一般的な考え方かもしれない。


それは、エレベーターに乗っている程度の短い時間の中で、たまたま居合わせた重役や
プロスペクト(未来のクライアント候補)に自分のしていることをわかりやすく説明し、
興味を持ってもらうためのスピーチだ。


もちろん、エレベーターの中でなくてもいい。
チャンスはどこに転がっているかわからない。


ある場所で、見ず知らずの誰かから「あなたの仕事は何ですか?」と聞かれたときに、
簡潔な力強い言葉で自分のしていることを説明できることが、
マーケティング上の強みのひとつとなると言うことだ。


ちなみに、僕の履修しているこのクラス、とてもラッキーなことに、
今セメスターはたった5人しかいない。


通常は、15名前後なので、今回は一人ひとりに関わることのできる
時間が圧倒的に長い。


僕たちは、一人ひとりのElevetor Speechを時間をかけて、
吟味しながら聞くことができた。


良いスピーチには、その語り手のCIISでの人生を感じる。
それは自身の体験から生み出されているので、言葉に説得力がある。


一方で、


教科書的な香りのする、深慮のない言葉はすぐにわかる。
たった15秒から20秒ぐらいのスピーチなのに、飾られた言葉は
聞き手の意識を瞬時に遠くに退けてしまうから不思議だ。


こう言っては何だけど、僕のElevetor Speechはとても評判が良かった。


  I am a psychotherapist.

  I am available for my clients to be free from their self judgments
  and support them to find their own truth to be who they really are.

  If you could learn how to be with your true self in any life situation,
 I think it must be one of the most valuable experiences for you.


クラスメートの一人が、こんな感想を言った。


「TJにとって自由とは、人生のいかなる状況においても、
常に真の自分自身でいる、ということなんだね。
とてもインパクトを感じたよ」


僕にとって自由とは、そういうことだったのか…。


言われて初めて気がついた。

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何を、何歳で学ぶのか、ということ

僕が、Aninの後にPacificic Instituteでスーパーバイズを受けているのがLaniだ。
彼女は、CIISのClinical Psychology Doctoral Program(PsyDプログラム/
ドクターコース)のファカルティメンバーでもある。


先日、CIISのPsyDプログラムに通う複数の友だちから言われた。


Laniは、PsyDプログラムの生徒がインターンをするカウンセリングセンターの
クリニカルディレクターを務めていて、間違いなく、
CIISのベストプロフェッサーの一人だと。


PsyDでは、彼女はGroup Supervisionしか行っていないので、彼女から、
Group Supervisionだけでなく、Individual Supervisionも毎週受けられるなんて、
とてもラッキーなことだと思う、と羨ましがられた。


確かに、彼女のシャープさと的確さ、知識の引き出しの多さ、バランスの良さを
考えると、その通りだと思う。


さて、同じCIISといっても、ドクターコースのPsyDプログラムと、
僕が通うマスターコースのICPプログラムでは嗜好性が全く違う。


PsyDプログラムでは、博士課程らしく、サイコダイナミクスの理論やリサーチデータを
がっしり詰め込まれる。生徒は、読むべき本の山に追いまくられている。


一方、ICPプログラムでは、もちろん課題もたくさん出るけど、その力点は体験と
プロセスに置かれている。セラピーセッションでクライアントに変化を起こすためには、
Explanation(説明)以上に、Experience(体験)が必要ということなのだろう。
だから、ICPプログラムでは、理論はそこそこに、どんどんロールプレイをさせて、
実践による自らのプロセスと、それによる自身と周囲の変化を体験させる。


PsyDプログラムに通う友人がこんなことを言っていた。


ICPプログラムの生徒たちが、互いのシェアによって、感動で涙を流してハグをし合っている
その同じ時間に、別のビルディングでは、PsyDの生徒たちも涙を流している。
あまりの課題の多さに音を上げて…。


さて、そのPsyDプログラムのファカルティメンバーであるLaniとの
スーパービジョンの時間に、「何を、いつ学ぶのか」という話題になった。


そもそもの始まりは、僕自身がICPプログラムで何を学んだかを振り返って、
ICPプログラムの可能性と限界について言及したことがきっかけだった。


体験を重視するICPプログラムの素晴らしさはたくさんあるのだが、
強いて、限界を述べるとこういうことがあるかもしれない。


2年半なり、3年間、カウンセリンングサイコロジーを学んでICPプログラムを
卒業をしたときに、生徒は自分の体験を強く、深く述べることができるし、
Body, Spirit, Soulのバランスも良いのだが…、


理論的な部分が足りない。


語弊を恐れずに言えば、知識的に弱いと。


実は、LaniもICPプログラムに対しては同じ印象を持っているということだった。


もちろん、体験を重視するICPプログラムには、それを補って余りある強みがある。
その強みを、プラクティカム先で他大学のインターンと接する僕は、日々感じている。


周囲を見ていて思うのは、CIISで学ぶことがより強みを発揮するためには、
ある条件を備えていた方が良いのかもしれない、ということだ。


それを強いて言うなら、CIISに来るまでの人生の長さだ。


ある程度、振り返ることのできる長さの人生を持っている人は、
ICPプログラムの強みを活かしやすいように思う。


人生の経験が、物事を学ぶフレームを与えてくれる。


人生の経験とは、何も特別な経験のことを言うのではない。
長く生きることで誰もが自然に得るであろう、人間観のある程度の深さと
人間関係の機微みたいなものだ。


これはCIISに限らないかもしれない。
カウンセリングを学ぶ素地としては、ある程度、人生が発酵していた方が、
学びが深くなると言えるのかもしれない。


Laniは、彼女の経験からカウンセリングサイコロジーを学ぶのは、
30代ぐらいからがちょうど良いのでは、と言っていた。


もちろん、人生の発酵度には個人差があるので、これは一概には言えない。
20代でも、人生経験の浅さを補って余りある才能に溢れた人材を、
彼女は何人も見てきたということだったから。


僕がここで強調したいのは、こう言うことだ。


日本社会を生きていると、30代で、40代で、50代で、60代で、実社会を離れて、
大学院に行って何かを学ぶことに、世間的な抵抗を感じてチャレンジに躊躇する人が
いるかもしれない。


でも、人間や人間関係を扱う学問になればなるほど、理論と実体験のバランスが
求められるのも事実だ。


ある程度、振り返ることのできる人生の長さがあることは、
間違いなく、カウンセリングサイコロジーを学ぶに際しては強みになる。


人生における様々な個人的な体験を、理論と照らし合わせることで、
それを客観的にとらえながら、同時に、深めていくことで、より普遍的な真実に
近づいていくために使うことが出来る。


40代、50代、60代でサイコロジーを学ぶ。


その意志があるのなら、恐れずにチャレンジしてみるのが良いと思う。
CIISやPacific Institute、僕の周りにはそう言う人たちがたくさんいる。

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3度目の5Rhythms dance

2週間ぶりに5Rhythms Danceに行った。


正直に言うと、最初の2回は適当に、思うがままに、体を動かしていたのだが、
5Rhythmsというように、実は、5つのステップ、哲学がある。


1.Flowing
心を空にして、足と地面の繋がりを意識しながら、体の動きたい方向に、
動きを体に任せながら、緩やかにダンスをする


2.Staccato
足でリズムをしっかり刻んで、そのリズムを膝、腰、背骨、首と、
意識的に伝えながら、音楽に合わせて望むままにダンスをする


3.Chaos
心も体も空にして、自分という枠を外して、魂を解放して、
直感のままに体を動かし、ダンスをする


4.Lyrical
身も心も軽くなり、解放された魂で、自分のダンスをする。
そこでは、自分がダンスになり、ダンスが自分になる。


5.Stillness
静かに立ち止り、心を落ち着ける。内と外の沈黙の中で
自分に起こる穏やかな動きを感じる。


これらを頭に入れつつ、インストラクターのDavidaのインストラクションを聞き、
かかる音楽を聴き、それに応じて、体が感じる動きを僕はそのまま表現していった。


Davidaも、ダンスをしながら自由にフロアを行き交う。
彼女の動きは、とても軽快だ。まるで、体と重力とのやり取りを楽しんでいるように見える。


時折、彼女はフロアの前方に戻る。
そして、現在の音楽から、次の音楽を少し重ねながら曲をチェンジする。


節目節目で、Davidaの静かで控えめな5つのステップのインストラクションが入る。


体を四方八方にめちゃくちゃに動かしながら、僕は思った。


ダンスを通して、僕は自分の体を味わっている…。


僕には、体がある!体がある!


そんな魂の喜ぶ声を聞いたような気がした。


5Rhythms Danceによって、僕は自分の体を、体感する。


不思議な感覚だ。

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Therapyというビジネスを軌道に乗せるために

今週の月曜日、CIISのプレースメントオフィス(就職課)が主催した3時間の
ワークショップがあった。


テーマは、“Building a Private Practice”。


セラピストとして独立し、そのビジネスを軌道に乗せていくためには何が必要か、
どういう準備をすべきか、ということがテーマだった。


講師は、Michael Clein。CIISのICPプログラムでは、Couples Counselingのクラスを
教えている。僕も昨年、彼のクラスを履修した。


彼のセラピストとしての経験と実績はもちろんのこと、教育に関する情熱も第一級だ。
生徒たちから御評価も非常に高く、まさに多方面で活躍している。


僕は、アメリカで開業する予定はないけれど、Michaelと、無料であることと、
CIISの就職課の担当者ととても親しくさせて頂いていることもあって、参加をした。


夕方6時から始まったワークショップには、30名ほどの参加者がいた。
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CIISの生徒の多くは、卒業後、インターンセラピストとしてエージェントで働く。
そして、そこでスーパーバイズを受けながら、ライセンス修得に必要な時間数を稼ぐ。


多くの生徒が、いずれは独立をして、数多くのクライアントを抱え、
セラピストとして活躍することを夢見るが、現実はそう甘くない。


そこで、このワークショップがあるのだ。


Michael曰く、


彼の周囲で、この不況下でも、クライアントを絶やさず、高い評価を得ながら
ビジネス面でも成功を収めているセラピストの割合は、
1割から2割ぐらいだろうと言うことだった。


そして、彼はこうも付け加えた。


現在、アメリカ社会は、セラピーにお金を払いたいと思わなくなっている。
例えば、多くの保険会社はセラピーをサービスとしてカバーしたいと思っていない。
その傾向は、最近、特に顕著だと言っていた。


その中で、どう開業し、ビジネスを軌道に乗せていくのか。


彼の話の主な点を整理すると、以下のようになる。


一つ目は、良きスーパーバイザーを見つけることだ。
これは、独立開業をスムーズに運ぶ上で、もっとも重要なことかもしれない。


良きスーパーバーザーとは、我々のセラピストとしての成長に適切な助言や
トレーニングの機会を与えてくれる人、というだけではない。


開業して何も持っていない僕たちに、セラピールームとなる場所を提供してくれて、
且つ、クライアントを紹介してくれる人のことだ。


Michaelは、一般論として、こう言った。


スーパーバイザーを引き受けるとは、割の合わない仕事だ。
労力を費やす割に、その見返りはほとんどない。


更に、スーパーバイザーは、スーパーバイジーのクライアントに対して
全責任を負う必要がある。そのリスクを考えると、スーパーバイズを引き受けることは、
見合わないのだそうだ。


だから、もしスーパーバーザーを引き受けてくれる人と出会ったら…、


何よりも僕たちがすべきことは、その人に対する感謝の気持ちを
持ち続けることだ、と言っていた。


二つ目は、自ら勉強、トレーニングをし続けることだ。
会社の経営と同じだ。事業を発展させるためには、収益の一定割合を、
事業の再投資に回し続けないといけない。


僕たちセラピストの場合だと、それは何になるのか。


それは、色々なワークショップや勉強会に参加し、
自分を研鑽し続けることに他ならない。


勉強し続けること。
これは、セラピストとして活躍し続けるための生命線だ。


ただ現実問題として、セラピストと言う仕事が、労働集約的で、
レバレッジの効きにくい職業であることを考えると、自己投資をし続けるための
財務状態を手に入れることは、多くのセラピストにとって容易なことではない。


もう一つ、この関連で言えば、いろいろな場でいろいろな人と出会い続けることだ。
同業の人たちと、あるいは、自分とは違うプロフェッショナルたちと信頼のできる
ネット―ワークを築き、そこから相互にクライアントを紹介できるようになれば、
財務基盤が安定する。


三つ目は、自分のニッチ(専門領域と専門分野)を持つこと、創造することだ。
そのためには、自分がいったい誰なのかを規定できないといけない。


あなたは、いったい誰なのか。どういうセラピストなのか。どんな価値を社会に
提供しようとしているのか。自分が信じている内容を、自分の口で簡潔に
説明できる必要がある。


そして、自分の専門領域に応じたマーケティングを考えなければいけない。


最後に、Michaelはこう言った。


これが最も大事なことかもしれない。


セラピストとして幸せな成功を収めている人は…、


自分の仕事を心から愛している。


もちろん、Michaelからもそういうオーラが溢れんばかりに伝わってきた。


幸せな成功とは、自分のしていることを愛している人たちだけが
到達できる世界のことだとすると…、


僕は、どうだろう。


自分を振り返った。

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アートと共にある人生

今日、日曜日が“Orisha, Indigeneous Philosophy(オリシャ、土着の哲学)”の
3日目、最終日だった。


午前中は、昨日の復習から入った。
例のポリリズムだ。上半身と下半身で違うリズムを刻む。


昨日できたのに、今日はできない。


意識を集中しようとする。ところが、頭で考えたり、
意識しようとすると余計できない。


途中から、体に任せようと思う。リラックスして目を閉じて、
体の動くのに任せる。何度か繰り返しているうちに、
体がリズムをキャッチし始めた。


体の中の知恵が動き出した。そんな感覚だった。


ここに書いていることは、特別なことではない。
ミュージシャンやダンサー、アスリートなどは、自然にやっていることだろう。


体の知恵を活かすことは、そういう世界に生きる人たちの特権では無い。
僕たちも、体の中にある知恵を日常に活かした方がいい。


なぜかというと、


体の知恵で動いているとき、結果的に、僕たちは今を生きることができているから。
その時、気持ちがいいから。


インストラクターのCarolynは言った。


「癒しは、いまこの瞬間を生きている時に起こるの」


午後は、Carolynがクラスに招いた若い女性が僕たちにダンスを教えた。
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僕たちは、役割を分担した。


ベースのリズムをベルで刻む人、リズムに厚みと深みをつけるドラムを叩く人、
そして、リズムに彩りを添える歌を謳う人。


それに合わせて、残りの生徒がダンスを踊るのだ。
最初は、列になって。最後は、円になって。


女性の自己表現の自由さ。バイタリティ。
自分や他者や場や自己を超えた大いなるものとコネクトする力。


クラスに女性のパワーが溢れた。
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僕を含めて3人いた男性は、そのパワーに圧倒されて、
何となく、ベルやドラムの役割に回ってしまった。


それまで、性別を問わず、一体感のあったクラスが
その時、多少、男性と女性に割れてしまったような気がした。


ダンスを指導したインストラクターの配慮も少し欠けていたのかもしれない。


僕のケースで言うと、一度は輪に加わったのだけど、
今回のすべての踊りのモチーフが女性だったので、踊りにくかったと言うこともある。
そもそもは、スカートを着用して踊るのが、実際らしいのだから。


そう言えば、このクラスは、Women's Spiritualityのプログラムだった。


活き活きと躍動しながら踊る女性たちを見て、
もしこれが仮に、“Men's Spirituality”のクラスだったとして、男性ばかりのクラスだったら、
なかなかこういう風に自己表現はできないだろうなと思った。


今回のクラスで僕が感じたような、女性ならではの要素から男性が学べることは、
ものすごく多いんじゃないか。


それは、上に書いたように、自由な自己表現だったり、自分と周囲とコネクトする力だったり、
枠組みからの解放だったり、体の知恵を活かす力だったり…。


同じくこの秋のセメスターに履修しているHuman Sexualityで学んだ内容と、
今日の体験がクロスした。


男性と女性がお互いの要素を学び合う。その結果、中性となるのではなく、
男性は男性、女性は女性として、より完結した性となっていく…。


もしかしたら、それは、男性であれば、自分の中に女性的な要素を新たに取り入れる、
と言うよりは、歴史の中で否定してきた自分の中にある女性的な部分に気づき、
それを認めることなのかもしれない。


僕は、それをどこから始めるのか。


おそらく、どこかに純粋な自己表現をする場のある暮らし、にヒントがありそうな気がする。
音楽でも、ダンスでも、絵でも、料理でも…。


仕事やキャリアが自己表現という人もいるだろう。もちろん、それもありだ。
ただ、僕にはあまり豊かな響きが伝わってこないだけだ。


豊かな人生とは、いろいろなバランスのことを言うのではないか。


ありきたりな言葉だけど、今日、その意味がとても深く
自分の中に落ちてきたように思う。


Carolynは、最後にこんなことを言った。


「もしチャンスがあるなら、人生の中で一度、キューバを体験しておきなさい。
貧しい国なのだけど、アートと生きる意味について、あなたたちの人生に
新しい扉を開いてくれる何かに必ず出会えるから」
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アフリカのリズム

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僕が、今週の金曜日、土曜日、日曜日と参加しているクラス、
“Orisha, Indigeneous Philosophy(オリシャ、土着の哲学)”のインストラクターは、
Carolyn Brandyという女性だ。


この分野の第一人者だそうだ。彼女を目当てにこのクラスに参加してきた人が
何人もいた。司会者の彼女に対するリスペクトぶりも伝わってきた。


僕たちは、金曜日の彼女のレクチャーに続いて、
今日の土曜日は、彼女のインストラクションのもと、ドラム、歌、ダンスを教わった。


Orishaのドラムや踊りのリズムは、ポリリズムと言うらしい。
その基本は、両足を2拍子で交互にゆっくり足踏みしながら、
両手を3拍子で叩くというものだ。


それは、僕が人生で触れてきた、どのリズムとも違った。
シンプルなのに、とても難しい。


僕だけでなく、アフリカ系アメリカ人のクラスメートも
みんな手こずっていた。


西洋のリズムが、軍隊や戦をモチーフにしていて、体の動きとリズムが
ダイレクトに噛み合うGoing Downのリズムだとすると…、


アフリカのリズムは、命を宙に拡散させていこうとする
Going UpのリズムなのだとCarolynは言った。


僕は思考を止めて、耳と体が直接繋げようと、何度も試みた。


次第に、皆が、そのリズムと動きに慣れてくる。


僕は、周囲の動きを見る。


アフリカ系アメリカ人の女性は、重心がとても下にある。
そして、お腹の下の辺りが中心となって、体の動きを生みだしているように見える。


大地の動きだ…、と思った。
ああいう体の運びは、なかなかまねが出来ないなと思った。


僕たち、リズム、踊り、歌、ドラムと順番に教わっていった。


ドラムは、コンガという楽器を使った。


ドラムの練習の時、最初、円形になって、全員で同じリズムを叩いていたのだが、
途中から、皆が僕の方を見て、僕のリズムを基本に
叩いていることに気がついた。


理由は簡単で、僕だけが笑顔で叩いていたからだ。


最後に、パートに分かれて、僕たちは歌と踊りとドラム全部を一緒に合わせた。


僕には、歌と踊りとドラムのリズムが、個々には全部ずれているように
聞えるのだが…、確かに全体としては合っていた。


とても不思議だ。


全員が手こずりながらも、Carolinの熱心な指導のもと、
僕たちの体と音と動きが、どんどん共振していった。
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生徒の中に一人、Orishaのダンスのプロがいた。
彼女はリズムに合わせて、中央で熱く踊りだした。


官能的で、ソウルフルな動きだ。


僕も、それに誘われて、ドラムの手を止めて、椅子に座りながら踊ると、
クラスは大喝采だった。以前に参加した5Rythms danceで、
踊りに対する心理的抵抗感が崩れていたからかもしれない。


「TJ、素晴らしいダンスだ!」と何人ものクラスメートから言われた。


アフリカのリズム…。


それは、魂を上に上に運ぼうとする波動だ。


ドラム、歌、踊り、すべてが一体化して、
その場全体が、上に上に運ばれていく感じだった。


とにかく、熱いクラスだった。
でも、まだもう一日ある。


クラスが終わって夕方、気持ちと体をクールダウンさせるために、
Ferry Buildingに海を見に行った。


海と空とヨット、そして島のコントラスト。ゆっくり流れる時間…。
そこには、サンフランシスコのリズムがあった。
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Orisha(オリシャ)/Song, Drum and Dance

僕がCIISで専攻するIntgegral Counseling Psychologyでは、
他学部のプログラムからの選択科目を3ユニット履修する必要がある。


僕は、この秋セメスターに“Orisha, Indigeneous Philosophy(オリシャ、土着の哲学)”という
Woman's Spirituality Programの1ユニットのクラスを履修した。


“Orisha(オリシャ)”とは、西アフリカのナイジェリア、カメルーン、
コンゴの辺りを発祥の地とする、土着の宗教、あるいは精霊信仰だ


奴隷貿易の時代、黒人の多くがそのエリアからアメリカ大陸に連れてこられた。
Orishaとは、アフリカ系アメリカ人が、自らの失われたアイデンティティを
探し求めるときに出会う概念なのだ。


現在、アフリカのそのエリアでは、キリスト教とイスラム教が
マジョリティとなっている。Orishaを信仰する人々は、数%だと言う。
Orishaの伝統は、その地で失われつつあるのだ。


ところが、その信仰、哲学が、ほぼそのままの形で残っている国がある。


それがどこかと言うと…、


キューバなのだそうだ。


植民地時代にその国に奴隷として連れてこられた人々が、
キューバと言う国家の社会体制もあり、その後の時代の変化の
影響を受けずに、色濃く残っていると言うのだ。


金曜日の夜、そして、土曜日と日曜日を丸一日使うこのクラスは、
そんな前振りで始まった。


インストラクターがキューバに行った時に撮影した、
現地の人々が実際に踊ってくれたいくつものOrishaのダンスを、
ビデオで見せてくれた。


履修している生徒は25名、半分がアフリカ系アメリカ人だった。
ちなみに、男性は3名だけだった。


白人がマジョリティを占めるいつのもクラスとは、全く違う雰囲気だ。
黒人の女性たちがイニシアチブを握るこのクラスは、とても肉感的で…、
命の力が前面に出ているソウルな感じがした。


ちなみに、僕は今のところ、キューバにもナイジェリアにも縁がない。
このクラスの接点と言えば、せいぜい、Drumming繋がりぐらいなものだ。
Pacific InstituteでDrumming Groupをファシリテートしているので。


では、なぜ僕がこのクラスに参加したのかと言うと、
正直に言うと、僕が卒業に必要な1ユニットのクラスがそれしかなかったからだ.


ただ、個人的な傾向として、自分の興味や趣味が全くなかった分野に足を
踏み入れ得ることがとても好きだ。


仮に、いまは関心が無いとしても、そこで学んだこと、体験したことが、
どこでどういう風に繋がるかなんて、誰にもわからない。


個人的な経験からいえば、そのような試みは、僕の人生をとても豊かにしてくれた。


そんな期待感はあった。


今回のこのクラス、僕は、とてもはまった。

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文体の変化に感じること

調べることがあって、自分の過去のブログを初めて読み返した。


最初の頃と今とでは文体が変わっている。
変わりだしたのは、2年目の夏が過ぎた頃ぐらいからだろうか…。


その文章と文体を読み返して気づいたことがある。


最初の頃、僕はユーモアを交えて、日々を描こうとしていた。
そうせざるを得ない状況だった。


2007年12月、僕は年末ギリギリまで日本で仕事をして、
飛び出すように成田を出発してサンフランシスコにやってきた。


2008年1月、大学院はすぐに始まった。
初めての海外生活だったし、英語で授業を受けるのも初めての経験だった。


本当に大変な毎日だった。


シリアスな文体で文章を書いていたら、
救いのない本当に暗い内容になっていたに違いない。


当時の文体は、大変な状況にある自分を笑って、突き放して、状況を
客観的に眺めるために必要な精神的作業だった。


いまならそれがよくわかる。

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CEOのNaderとのセッション

3週間前、Pacific Instituteのトレーニングが始まる前の時間を利用して
ランチミーティングがあった。


そこで、CEOのNaderから、その場にいたインターンに質問があった。


インターンの興味と、Pacific Instituteの持つリソースを照らし合わせて、
Gerontologyの研究プロジェクトチームを発足させたいのだが、
皆はどの分野に関心があるか、と言うものだった。


一人ひとり順番に答えた。


僕は自分の順番が来た時、質問の意図とは直接関係ないかもしれないけど…、
と前置きをした上で、Pacific Instituteがどのようにマネジメントされているのか
興味がある、と追加した。


Naderはそれを聞いて、
「Okay、じゃあ、今度、個別にミーティングをしよう」と言った。


実は、僕はそのことを忘れていたのだが、先週、スタッフのSteveから連絡があった。


「先週の件で、来週の火曜日4時にNaderが時間を取れると言っているけど、どうする?」


「もちろん、行くよ」


僕はそう答えた。


ミーティングの場所は、Naderの自宅兼オフィスだ。
Pacific Instituteから車で5分ぐらいの場所にある。


今週の火曜日、早速、Steveと一緒に出向いた。


Steveは、CIISの博士課程を今年卒業したばかりだ。
2年前にはPacific Instituteでインターンをしていた。
僕のメンターであるAninの秘蔵っ子だ。


彼には、明確な夢がある。それは、将来、高齢者を日中預かり、
セラピーはもちろん、レクリエーション、アクティビティなど、
高付加価値なサービスを提供する会社を経営することだ。


その夢を最短距離で実現させるために、彼は、ノウハウを学び、ネットワークを
築くために、今度はスタッフとしてPacific Instituteにやってきたのだ。


だから、彼も今回の話には興味を持っていた。


Steveも、Naderの自宅兼オフィスに行くのは初めてだった。


僕は、組織に関することと、財務に関すること、ビジネスモデルに関すること、
いくつか質問を用意して行った。


Naderのオフィスは、広い空間が贅沢に使われていた。


吹き抜けのフロアで、ロフトのような作りになっていて、
そこにあるデスクの向こうには、禅ガーデンが見えた。
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Naderは、笑顔で僕たちを歓迎すると、椅子に座らせた。
そして、「さて、何から話せばいいのかな?」と言った。


最初の数分間、Naderホワイトボードに図を書きながら簡単なビジネスモデルを
説明してくれたのだけど…、にやりと笑って言った。


「でもTJが知りたいのって、こんなことじゃないんだろう?」


僕は答えた。


「ええ、そういうことは本を読めば書いてあります」


その後の1時間半は、すべての時間がNaderから僕へのコーチングだった。
それも、Existential Humanistic Psychotherapyを駆使したアプローチだった。


「なぜTJは、今日この場にいるんだと思う?」
「もしTJが、自分の親を自分で選んだ理由が何かあるとしたら、それは何だい?」
「ところで、TJはリタイヤして、仮に90歳の老人となった時、どういう存在でいたい?」
「その90歳になったTJに尋ねよう。いまこうしてこの場に若者が尋ねてきた。
色々やりたいことがあるらしい。その若者にTJならどういうアドバイスをする?」


生き方の根本を問う、自身の存在を煮詰めさせていくような質問ばかりだった。


僕は、すべての質問に自分の言葉で応えるようにした。
時に即答し、時に黙考した。


その間中、Naderはずっと僕と一緒にいた。


そして、僕が自分の存在の根本に意識を集中して、
僕自身の純度が高まった頃、Naderは、僕の緊張状態を緩和するかのように言った。


「Vision、なんだ。


自分が根本のところで信じることのできるVision、
大事なのはそれのみなんだ」


「誰に何と言われようとも構わない。何を言われても動じない。
そんなVisionを描いたら、それに向けて進むだけだ。


自分が信じることのできるVisionを持つことが出来たらもう誰にも止めることはできない。
例え、本人が死んだって止めることはできないかもしれない。
そのVisionを引き継ぐ人が現れるだろうから」


「僕はね、老人たちの生き方、彼らからの学びを通して、現代に生きる若者たちの
生きるスピードを、もっとスローダウンさせてあげることができたら…、
と思っているんだ。


リタイヤして、年老いて、死ぬ間際に本当に大切なことに気付いた、
なんてことは不幸だろう?その点、僕たちが老人たちから学べることって、
とてもたくさんあると思わないかい?」


そして、僕に握手を求めて、こう続けた。


「今日の話を聞く限り、TJは、人々が人生を違う視点で眺めることのできる場を
作りたい、というように聞こえたよ。


僕は、TJのビジョンを作ることなら手伝えると思う。
こんなミーティングで良かったらまたやるかい?」


「もちろん」と僕は答えた。
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2nd Pacific Institute Gathering

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今年、Pacific Instituteを卒業したメンバーたちの絆は強い。
7月に卒業をして、以来、毎月一回、誰かの家でパーティを開いて交流を図っている。
もちろん、スーパーバイザーだったAninもそのネットワークに含まれている。


日曜日、第2回目の集まりがあった。第1回目はSunsetにあるBarbalaの家だった。
今回は、Glan Parkの近くにあるMichelleの家で催された。


もちろん、毎回メンバー全員が集まることができるわけじゃない。
僕も第一回目は参加できなかった。


だから、定期的に開かれていくことに意味がある。
早速、その場で、次の10月のパーティは誰の家で行うのかが会話に上がった。


今回、会場になったMichelleの家は、一軒家で、猫が一匹と、
センスの良い絵画とオブジェと植物に囲まれていて、とてもオシャレだった。
サイコロジーを学ぶ白人のアメリカ人に多い傾向だと感じているのだけど…、
Michelleも裕福な家庭の出身らしい。


彼女はこの11月に家を引き払い、家族のいる故郷のシアトルに戻ると言っていた。


パーティは、夕方の5時から。基本の料理はホストが用意をする。
それらのリストの連絡が事前にあって、僕たちは、リストに挙がっていない
飲み物やデザート、そして、料理を持ち寄る。


時間通りにきっちり、というわけでは無く、
メンバーはバラバラに集まり、バラバラに去って行く。


ある意味、縛りは緩く、運営はとても合理的だ。


人が来るに従って、家の中にたくさんの小さな固まりができた。
その固まりは、お互いにメンバーを入り変えつつ、多様な会話を
いろいろな方向に広がって行った。


人が去るに従って、小さな固まりは、リビングルームに集まって、
大きな一つの固まりになった。


ベイエリアで起こっていること、アメリカで起こっていること、
世界で起こっていること、それらと自分たちとの関係…、


テーマは自在に伸縮を繰り返した。


途切れることのなく会話を生み出すその場は、ずっと温かかった。
全員がその場に含まれていた。


このメンバーの集まりには、僕はいつも日本的な“場”を感じる。
なぜだろう…。


10時半に僕たちは散会した。


3rd Gatheringも楽しみだ。
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Human Sexualityのクラス

この秋セメスターに履修したクラスの一つがHuman Sexualityだ。
週末の土日を利用した集中講座だ。


夏セメスターにDeath and Dyingのクラスを履修したので、
死と創造で、“人間”を考えるのに、ちょうど良いバランスかなと思った。
もちろん、過去の履修者から、良い評判も聞いていた。


このクラスの履修者は14人で、男性が4人、女性が10人だった。


初日の土曜日は、レクチャーとショートムービーが中心、二日目の日曜日は、
ディスカッションが中心だった。


土曜日に観たショートムービーは、もちろん教育版なのだけど、
男性と女性がSEXをしているいろいろなシーンが映され、解説が流れた。


アメリカらしく、男性器、女性器がダイレクトにクローズアップされていて、
それらしいバックミュージックで演出されていて…、


まさに、単なるポルノ映画、という感じだった。


日本人、というよりは、アジア系には、かなりキツイ内容だった。


興味深かったのが、そのショートムービーを観た後で、
クラスにいた複数のレズビアン女性から、こんな声が上がったことだ。


「男性と女性の異性間のSEXだけでなく、男性同士、女性同士の同性間の
SEXについても知りたい。というのも、同性間のSEXを解説する時に、
学術的にどういう言葉を使用するのか知りたいから。


それから…、


もし時間の関係で、今回、異性間のSEXのみを採り上げたとするならば、
それは、ゲイやレズビアンのSexualityを軽んじてるようにも受け取れる。
私はそれを残念に思う」


なるほど、と思った。


確かに、同性間のSexについて、僕は何も知らない。


もし、いつの時代にもある一定割合の同性愛者がいるのだとしたら、
日本にも同性愛者はたくさんいるはずだ。オープンにしていないだけだろう。


そして、日本社会においても、それらは時代の流れと共に今後、
もっと表に出てくるのではないだろうか。


その時、誰がどのように、彼ら彼女らのSexualityの問題をサポートするのだろう。


いや、そもそも考えてみたら、僕は、異性間のSexについても、
大して知らないのかもしれない。


というのも、僕は、このクラスに参加をしながら、実は、日本人は、
Sexualityのテーマを語るために相応しい日本語を持っていないのではないか、
と思ったから。


例えば、僕たちは、日本語で真面目にSexについて話をするときに、
具体的に、いったいどういう言葉と表現を使うのだろう。


このブログでは、便宜的に、男性器、女性器と言う言葉を使った。
もちろん、Penis(陰茎)でも、Vagina(膣)でも、あるいは、
それらのカタカナ表記でも良いのだろう。


でも、いずれも、日常からは遠い表現のような気がする。


僕は、日本に留学経験のある二人のアメリカ人男性に尋ねてみた。
日本語で、それらを何と表現すると思うかと。


偶然の一致かもしれないけど、2人とも男性器は「ちんちん」、そして、
女性器については、何と言えばいいのかわからない、
習っていないから教えてほしい、と逆に尋ねられた。


そう尋ねられて…、僕は言葉に詰まった。


言葉に詰まる自分を不思議に思った。


Sexは、Therapyにおける本質的なテーマの一つだ。
Therapyが人間関係をテーマにしている以上、程度の差こそあれ、
それが本質的なテーマになることは日本でも同じだろう。


もし、僕たち日本人が、Sexを語る適切な言葉と表現を持っていないのだとしたら…、
それらに関するテーマは、意識の深層に抑圧されたままでいるしかないのだろうか。
Therapyの場においても。
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認知症のレジデントの通訳

先週の木曜日、Pacific InstituteのHさんの部屋を訪ねると、
Hさんはベッドの上で横になっていた。


Hさんは、日系アメリカ人のレジデントだ。
このブログにも何度か登場しているけど、彼女は認知症が進行するに従って、
英語を話す能力を失ってしまった。現在は、日本語しか話すことができない。


その日、Hさんは、いつもと違う向きで横になっていた。


お尻の左側に湿疹が出来ているので、Caregiverが反対向きに
寝かせたのだ。


Hさんは、僕の顔を見るや否や、
「胸のあたりが痛い、息が苦しい、助けて」と訴えた。


とても深刻な表情だ。


僕は、すぐにそれをナースに伝えた。


ナースは僕に、胸のどこが痛むのか、どんな風に痛むのか、
いつから痛むのかHさんに尋ねてほしいと言った。


もちろん、それらは症状を探るために当然の質問なのだけど、
これまでの経験から、認知症のHさんにはあまり機能する質問では無いだろうなと思った。


それでも僕が尋ねると、Hさんは、左の鎖骨を指差して、
「ここが痛いの」と言った。


「Hさん、そこは骨だから…、もっと違う場所が痛いんじゃない?」


僕はもう一度尋ねた。するとHさんは、


「そうなの、ここが痛くて息が出来ないの」と、
やはり鎖骨の辺りを指さして、そう繰り返した。


「いつから痛いの?」と聞くと、
Hさんはしばらく考えてから、「大正…」と言った。


それは、Hさんの誕生日だった。


「Hさん、それは誕生日でしょう?いつから、胸が痛いの?」と聞くと、
Hさんは「ずっと」と応えた。もう一度尋ねると、答えは「昨日から」に変わった。


ナースは、その答えを聞いて、「今朝、Hさんは何ともなかったのだけど…」と言って
Hさんの過去の症状の履歴を調べるために、部屋を出た。


僕は、その間もHさんに、どこが痛むのか、どういう感じがするのか、尋ねた。


Hさんは僕に繰り返した。


「いつからこんなに痛いのか、どうして息が出来ないのかわからない。
早く治してよ。あの人は先生なの?早くどこかに連れて行ってよ」


僕は尋ねてみた。


「Hさん、どこに行きたいの?」


Hさんは、しばらく考えた後にこう言った。


「ううん、わからない。どこかキレイなところ」


そして、その後に、


「早く抱っこしてよ」と言った。


「?」


僕はこの辺りから、Hさんは本当に胸が痛いのではなくて、
何か違うことを訴えようとしているのではないか、と思った。
彼女の呼吸はノーマルなように見えた。


僕は部屋を出てナースに、「どうも大丈夫な感じがするんだけど…」と伝えたのだが、
ナースは既に救急車を呼んだ後だった。


しばらくして、救急隊員が3人、部屋に入ってきた。


救急隊員は、僕に通訳を依頼し、先ほどと同じような質問をHさんに尋ねた。


急に訪れた救急隊員に恐れをなしたのか、
Hさんの答えは、なかなか質問の文脈に乗らなかった。


救急隊員も、多少、困っていた。


結局、Hさんは、救急車の中で心電図のチェックをされ、注射を一本打たれて、
病院に運ばれたのだが、その日の夜にPacific Instituteに戻ってきた。


翌日のHさんは、いつもの元気なHさんだった。
僕が尋ねると、Hさんは、前日に自分が病院に行ったことを覚えていなかった。


ナースが救急車を呼んだのは大げさだったのかもしれない。
でも、ナースの判断に対して僕がそう思うのは、結果論からかもしれない。


確かに、今回、Hさんは大丈夫だった。


しかし、次に同じようなことが起こった時、前回もそうだったから救急車を呼ぶ必要は無いだろう、
とは言い切れない。次回は本当かもしれないから。


それに、Hさんは87歳なのだ。


認知症の患者が、何かの痛みや体の異変を訴えたときに、どう判断するのか…。
とても難しい。

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Aninのオフィスに行く

今週の金曜日、Pacific Instituteの元クリニカルディレクターで、
僕のスーパーバイザーだったAninのオフィスに初めてお邪魔した。


彼女は、Pacific Instituteに勤める傍ら、ダウンタウンに自らのオフィスを持ち、
そこでプライベートプラクティスを、つまり、独立したセラピストとして、
自らのクライアントとのセッションを行っていたのだ。


いろいろなセラピストのオフィスを訪ねるのは、楽しい。


場所はどこにあるか、部屋の間取りや色彩はどうか、窓からどんな景色が見えるか、
どんな絵が掛けられているか、どんな植物、オブジェが置かれているか、
どんな椅子、ソファを使っているのか、その配置や距離はどうか、
どんな本や小物があるか、部屋の音や香りはどうか、
あるいは、整理整頓の具合はどうか。


それらには、セラピストの世界観、あるいは、内面世界が反映されているのだと思う。


セラピーセッションとは、ある意味、セラピストの内面世界の中で、
クライアントの内面世界について会話を交わすことなのかもしれない。


当然、二つの内面世界は交錯し、影響し合う。


もし僕がセラピストなら、クライアントの心理状態に影響を与えるであろう
空間を構成するひとつひとつの細部にこだわりたい。その場自体が、
セラピューティックでなければいけないと思うから。


セラピストとして、あるいはコーチとして、自分が責任を持って選び、デザインをする
オフィス、空間、場を持つことは、より完成されたサービスを提供するために、
とても大事なことなんじゃないかと思った。


ちなみに、Aninのオフィスは、交通の便のとても良いダウンタウンの真ん中に位置していた。
オフィスは、自然の色に溢れていて、温かかった。


僕は、Aninが去った後に、Pacific Instituteで起こっているいろいろから学んでいること、
そして、僕が感じている問題意識について話をした。


Aninは、大きな感情を大きく揺らせながら、僕の話を聞いてくれた。


ArtをDoingしながらも、クライアントとBeingするためには、どうすればよいのか、
と質問すると、実演しながら、熱心に教えてくれた。


1時間の予定が、あっという間に、80分が経ってしまった。


「私はあなたのメンターなのだから、遠慮せずにいつでもいらっしゃい」


そう言うと、いつもの大きな笑顔で僕を見送ってくれた。


Anin自身も生活環境が大きく変わって、本当は、とても忙しいはずなのに…。


絆、に感謝をした。
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2つのリアリティ

三角形を三等分して世界を考えてみる。


世界には、大きく二つの現実が存在している。


三角形の一番上の層には、Consensus reality(コンセンサスリアリティ)と
呼ばれるものが来る。それは、ニュートン物理学や因果関係で説明できる
世界であったり、経験や証拠によって実証できる世界であったりする。
言わば、客観的な世界だ。


三角形の真ん中の層には、Subjective reality(サブジェクティブリアリティ)と
呼ばれるものが来る。これは、完全に主観の世界だ。夢であったり、
記憶であったり、感覚による世界であったりする。


三角形の一番下の層には、神話だったり、タオだったり、
宇宙や自然の流れや法則であったり…、そういう世界が来たりする。


一番上のConsensus realityの世界を除くと、あとの二つは
基本的には主観的な体験の世界だ。ここでは、まとめて、
Subjective realityと言ってしまっても良いのかもしれない。


Consensus realityの世界に生きて、この世界の事象を扱うのが医者であり、
学者であり、コンサルタントであり、コーチだ。あるいは、カウンセリングの世界でも、
認知行動療法(CBT)などはそうかもしれない。


客観や根拠が幅を利かせる世界では無くて、あくまでもクライアントの
Subjective realityの世界で勝負をする、そこに働きかけるのが、
Psychotherapistなのだとしたら…、


そのアプローチは、クライアントの話の何をどう聞くか、クライアントの何をどう見るか、
クライアントといかに関わるか、クライアントの表現の何を本質と見るか…、
それらのすべての点において、客観世界に生きるプロフェッショナル達のアプローチとは
ずいぶん異なったものになるだろう。


Pacific Instituteのレジデントのことを考えてみる。


財産を失い、関係性を失い、健康を失い、自由を失い、
記憶さえも失いつつある、彼は彼女は、果たして可哀そうなだけの存在なのか…。


僕の目の前にいるレジデントは、僕の手を握ったまま、寝ているのか、
ただ目を瞑っているだけなのか、それとも…。


認知症のレジデントの口から発せられる、何の脈絡もないその言葉は、
ただの無意味な言葉なのか、それとも、どこか深いところから来ているのか…。


Consensus Realityの世界にだけ立脚していたら、何かを見過ごしてしまうかもしれない。


そうではなくて、


相手のSubjective realityの世界に立脚しようとしたら、どうだろう…。
とんな関わり方が可能になるだろう…。
そして、何が見えてくるだろう…。


レジデントの主観的な世界に繋がるための心の扉を常に開いておきたい。
その世界に共感できる感性を常に磨いておきたい。


今週水曜日、Pacific InsituteでExistential Psychotherapyのトレーニングがあった。
CEOのNaderによるレクチャーとエクササイズで、そんなことを考えさせられた。

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Art Roomを掃除する

Pacific Instituteは、“Exitential Psychotherapy”と“Expressive Art Therapy”の
2つを基本的なアプローチに据えている。


レジデントと“ただその場に一緒にいる”ということがどれだけ相手のリスペクトに
繋がることなのか、そして、それがいかに難しいことなのか。


レジデントが言葉ではなく、Artによって自己表現をすること、
Artを通じて感情表現をすることが、彼らにとってどれだけ大切なことなのか。


僕たちは体験を通して学んでいる。


お年寄りとArtの組み合わせは相性が良い。


それまで、絵なんて描いたことが無いと言うレジデントが、
思わず引き込まれる絵を描いているのを見るとそう思う。
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あるいは、認知症のかなり進んだ鬱のお年寄りが、
音楽に合わせてリズムを取りだすのを見ると、そう思う。


だから、Pacific Instituteは、組織としてもインターンの取り組みをサポートしてくれる。


例えば、Artには、紙やクレヨンや風船や…、小物がたくさん入用になる。
僕たちは、20ドルまでの備品なら、許可を得ずに購入することが出来る。


また、現在、ストックしてあるもののうち、メインのDrumが一つ壊れてしまっているのだが、
Exective Directerに掛け合うと、状況を確認したうえで、150ドルの予算をつけてくれた。
僕は、早速、中古のアフリカンドラムJimbeiを2つは発注することが出来た。
来週には、手元に届く予定だ。
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Pacific Instituteには、いろいろなArtの備品を保管するArt Roomがある。
箱庭に使うサンドトレイやフィギュアもそこにある。


でも、誰も整理整頓をしていないのが問題だった。
過去の作品や、紙や布切れや、マジックや絵の具や、いろいろが
所狭しと押し込められていた。


今週の月曜日、スタッフのSteveが、新しい備品を買うのでその前に、
Art Roomを掃除したい、手伝ったほしいと言ってきた。


彼は、2年前にPacific Institeでインターンをしていた。
博士課程を卒業した今年、スタッフとして採用された。


彼は、整理整頓が大好きだ。良く気づくし、良く働く。


彼は、インターンだった2年前にも、同じArt Roomを自ら率先して掃除して、
整理して、皆が彼にとても感謝をした、ということ前スーパーバイザーの
Aninから聞いたことがあった。


このArt Room、おそらくそれ以来、誰も掃除をしていなかったはずだ。


僕たち二人は、腕まくりをして掃除に取りかかった。


使えるマジックと使えないマジックを仕分けし、バラバラの箱に分散していた
クレヨンを整理し、使えるきれいな紙とそうでない紙を分ける。
しばらく使っていない糊のチューブや、塗料は廃棄した。


過去のレジデントたちの作品もたくさんあった。
それらがそのままストックされている理由も、何となくわかる気がした。


そういう諸々を、僕たちは果敢に捨てて行った。
結局、僕たちが捨てたゴミの山は、大きなビニール袋、5袋分になった。


そのゴミ袋を見て、Artもゴミも、素材は一緒なのだと思った。


すると…、


Artとゴミの違いは、何だろう。


フィギュアも、ごちゃまぜに棚の上に並べてあったものを、棚にラべリングをして
人間、動物、機械などに分けて置くようにした。壊れているフィギュアや、
意図の良くわからないフィギュアは廃棄した。


見違えるようにきれいになったArt Roomを見て、通りかかったインターンが
驚きの声を上げた。


組織には、こういう役割も必要だ。
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夜8時の海と空

今日、久しぶりにサンフランシスコは、朝から夕方まで良い天気だった。


Fillmore StreetとWaller Streetの交差点にあるCafeで、このFall Semesterに
履修予定の“Human Sexuality”のクラスの課題図書を読んだ。


そして、夕方、CIISに寄り、それから、久しぶりにジムに行って泳いだ。


ジムは、プールがあまり綺麗でないこともあって、この9月でメンバーシップを
解約することにした。


片道約40分の自転車と、もし通うことが可能であれば、引き続き、
週一回の5Rhythms Danceで体を鍛えようと思う。


さて、


特筆することもない日曜日だった。
ジムでは、いつもの20往復のSwimmingの後、ミストサウナに入り、シャワーを浴びた。


ジムの外に出ると、空が夕陽でオレンジ色だった。


僕は、まだ火照っている頭にヘルメットを被せて、ペダルを踏んだ。


Golden Gate Parkを少し横切り、Irving Streetを左折し、36th Streetを
走る頃には、すっかり日が落ちていた。


そして…、


僕は、日が短くなったことに気がついた。


サンフランシスコは、7月、8月とずっと曇りだったから、
日が短くなったことがわからなかった。


でも、もう9月なのだ。


あと3カ月で、2010年も終わる。
それは、僕のCIIS生活の終わりでもある。


まだ実感はないけど、確実に、僕の7年越しの夢だったCIISでの留学生活は
消えて行こうとしている。


夢を掲げ、夢に向かい、夢の中を生き、そして、達成された夢は消えていく。


夢が消えた後は…、


また新たな夢を掲げるのだろうか。


それを繰り返していくのだろうか。


36th Streetから眺めた、Ortega Streetの先に落ちていく夜8時の海。
夕焼けが消えつつある空の色と相まって、少し寂しげに見えた。
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Sausalito Art Festival

この3年間、その存在を知っていたけど参加できなかったイベントがいくつかある。


その一つが、サンフランシスコの対岸の小さな街、Sausalitoで年一回
催されるArt Festivalだ。


Sausalitoは、芸術家や音楽家たちが住む、洗練された雰囲気の街だ。


土曜日、そのFestivalに初めて参加してきた。
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青い空の下、緑の芝生の上に白いブースが立ち並び、
その中にカラフルな絵画やオブジェが展示されている。
インターナショナルな人々が通路を行きかう。
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まさに、会場の空間そのものが、Artだった。


僕は、会場で売られていた生ビールを片手に、興味の赴くままに
ブースを回った。
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会場中央のステージでは、Jazzやカントリーミュージックの生演奏があった。


そこに、お婆さんに連れられたとても可愛らしい女の子がいた。
真剣な眼差しで、3人のギター奏者によるライブを見ていた。


地元の子だろうか。
写真を撮らせてもらった。


毎年、催されるイベントに参加して、アートを身近に感じながら育つ。
羨ましい限りだ。


今日、この場におけるこの瞬間も、彼女のこれからの人生に影響を与える
幼少の記憶の大事な1ページになるのだろうか。


その両目に映っている景色が、水面に広がる波紋のように、
その女の子の将来に与えていくかもしれない影響を想像した。
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フェリーに揺られて、サンフランシスコの喧騒を抜け出し、
Artと音楽に囲まれながら、ビールを右手に、ワインを左手に、
人と触れ合い、ぶらぶらとのんびりと一日を過ごす。


こういう時間の過ごし方も、何となくArtかもしれない、なんて思った。


日中、とても良い天気だったのだが、夕刻、白いテントの向こうの山から
白い霧が滑り降りてくるのが見えた。
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風もだいぶ冷たくなってきた。
サンフランシスコに戻るフェリーの最終便は、6時半だ。
時計の針は、5時40分を指していた。


海とWineとBeerとArt…、


そして、ゆっくり流れる時間。


Preciousな一日だった。

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Drummingの場

いま、Pacific Instituteで、最もホットなGroup Activityが、
僕と昨年のインターンMeghanが始めたDrumming Groupだ。


今年になって、卒業したMeghanの代わりに、新インターンのCraigと Stuartが加わって、
更にパワーアップしている。


しばしば、色々な場所で、Group Activityの成功例として語られるので、
他のインターンも話を聞きに来たり、体験をしに来たりする。


2週間前、エグゼクティブディレクターから、ドラムが趣味の女性スタッフがいて、
Drumming Groupがとても楽しそうなので、ぜひ一緒に加わりたいと言っているのだが、
と聞かされた。


その女性は、今週の木曜日、Jimbeiという自分のアフリカンドラムを持ってきた。
そして、僕たちメンバーが揃う前に、フロアで勝手にドラムを叩きだした。


とてもアップビートで、プロ並みの腕前だった。


僕は、そのビートにどう加わってよいのか、わからなかった。


比較的健全な、二人のレジデントがそのビートに合わせて動こうとした。
しかし、一人は途中で動きを諦め、一人は、途中から興奮して怒鳴り出した。
他のレジデントは、動かなかった。


僕は、怒鳴り出したレジデントをなだめた。


それを見て、彼女は初めてドラムを叩くのをストップした。
既に20分が経過していた。


その時間のグループは、いつもと全く違う質の場だった。
誰も繋がることが出来なかった。


彼女は、確かにプロ並みの腕前だったかもしれない。
でも、彼女は自分の為に、自分のリズムでドラムを叩いていた。


実は、僕以外の二人のインターンは、一人はジャズ、一人は和太鼓と、
ジャンルは違えど、長年のキャリアを持ち、彼らの腕前もプロ並みだ。


しかし、僕たち3人は、グループでは何を大切にしないといきえないのか、
何に注意すべきなのか、時間をかけて事前に共有していた。


そして、ベースとなるリズムは、一番ドラム素人の僕が担当している。


僕たち3人は、いかに安心感のあるセラピューティックな Drummingの場を
創ることが出来るか、常に意識し、協力し合っている。ドラムを叩きながらも、
お互いの表情や視線で、合図を送り合い、意志疎通を図っている。


どういう意図を持って、どうDrummingするかで、場の質がまったく変わってしまう。


改めて、Drummingの奥の深さと、認知症の老人を対象にしたアクティビティでは、
何が本質なのか、確認できたような気がした。


僕たちがDrumming Groupの場作りのために重ねている努力を簡単にまとめると、
以下の通りだ。


-グループ開始時間の5~10分前にフロアに行って、レジデントに声をかけて置く。
こちらの人となり、これからはじまえるアクティビティに事前に慣れておいてもらう。


-グループのファシリテーター(インターン)は、最低でも2名、出来たら3名必要になる。
一人は、ベースのリズムを叩き続ける人。後の二人は、ドラムを叩きながらも、
レジデントに輪に加わるように促す人だ。


-レジデントを常に招待し続ける。
一度断られても、数分後に、違う楽器を見せて彼らの興味を確かめ続けることが大切。
その楽器とは、形や大きさの違うドラムであったり、マラカスであたり、鈴だったりする。
こちらがドラムを叩いているだけで、レジデントは自然に輪に加わったりしない。


-フロアに登場するとき、表情や行動が明るく自然体であるように努める。
レジデントは、インターンの雰囲気に敏感に反応している。


-インターンが最初の太鼓の音を、どのタイミングで、どの程度の大きさで叩くか、
その日のフロアやレジデントの雰囲気によって変える。


-ベースのドラムは、最初は、ゆっくりゆっくり、単調なリズムで、音を刻む。
様子を見て、ドラムのリズムとスピードにアクセントをつけていく。


-流れが出来てきたら、今度はレジデントのスピードや動きに合わせて、
ベースとなるドラムのテンポを変える。


-およそ10分ごとに、ドラムをいったんストップして、休憩を取り、レジデントの興味具合や、
疲れ具合を確認する。そして、レジデントとコミュニケーションを取る。


-ドラムの音やリズム以上に、ドラムを叩いている時のインターンの顔の表情や、
体の動きが重要になる。それらが、レジデントが興味を刺激し、彼らがDrummingの輪に
加わるきっかけになる。


-Drumming中にも、インターン同士が目で合図を送り合う。
その行きかう視線が、セラピューティックな場の外郭になる。


-インターンは場における自分の位置取りに気をつける。
時に場を動きながらドラムを叩く。色々な方向から音が聞こえるようにして、
場とレジデントに刺激を送る。


-ドラムは、主では無く、あくまでも従である。主は、インターンの体の動きや、
表情によるインターンとレジデントの双方向のコミュニケーションである。


-レジデントを日頃、お世話にしてくれているCaregiverの協力を得られると、
非常に強い。彼らはレジデントに強い影響力を持っている。彼らがドラムの輪に加わると、
レジデントは非常に喜ぶ。参加意欲も高まる。


-グループ最後の15分間は、クールダウンの時間を取る。


いずれも、小さなことなのだけど、こう言うことの毎回の積み重ねが
セラピューティックな場を創っていく。


ちなみに、この最後のクールダウンは、Caregiverからのフィードバックを受けて
3週間前から始めたものだ。


そのフィードバックの内容とは、Drumming Groupは非常に素晴らしいのだが、
アクティビティの後、レジデントの興奮が覚めらやらず、Caregiverを怒鳴りつけたり、
暴れたりする人が多くなって困っている、というものだった。


Drummingのパワーを改めて実感したフィードバックだった。


インターンのCraigが、クールダウンの一押しの曲として持ってきたのが
“Buckethead”の “Lone Sal Bug”という曲だ。


2週間前から使っているのだが、確かに、とてもきれいな曲で機能している。


とてもリラックスできるので、僕も家でしばしば聴いている。
よろしかったら、どうぞ。

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“Doing”の誘惑

新しいインターンたちのPacific Instituteでの生活も一ヶ月が過ぎた。


みんな、施設の雰囲気にも慣れて、レジデントの人となりも把握できて、
自分なりの関わり方やスタイルを確立し始めて来たような気がする。


僕たちインターンには、個人セッションのほかに、Duty Dayという当番の日がある。
その日は、色々なフロアを回って、一人ぼっちのレジデントがいたら話しかけて、
一緒に時間を過ごしたり、屋上に行きたい、外に行きたいとか、
何かリクエストがあればそれに応えるのだ。


ある意味、「何でも屋」の日だ。


最近気づいたのだが、今年のインターンが、去年のインターンと大きく違うのは、
その多くが、Duty Dayの日に、レジデントと何かをDoingしようとすることだ。


トランプを持ち出す、絵と画用紙を持ち出す、おもちゃを持ち出す…。


去年のインターンたちは違った。
ただ一緒にいることが多かった。


長い目で見ると、レジデントがもっとも敬意を払われていると感じることが出来て、
インターンと最も深い信頼関係を築くことが出来るのは、ただ一緒にいる、つまり、
Beingしていることなのだが…。


ただ一緒にいることは、実は、とても難しい。
傍から見たら、何もしていないように見えるだろうし、
自分の中にいろいろな感情が起こってくる。


だから、多くの人はそれに直面しなくても済むように、何かをDoingしようとする。
意識をそちらに向ける。そして、そのDoingにレジデントを巻き込もうとする。


みんな、それらのDoingを良かれと思ってやっている。
その瞬間は、楽しそうにしているレジデントもいる。
ただ、インターンが去ったその後で、疲れているレジデントがいるのも確かだ。


以前なら、スーパーバイザーで、クリニカルディレクターのAninが、その点をフィードバックしてくれた。
あるべきExistential Humanistic Therapistの態度に向けて、僕たちを軌道修正してくれた。


しかし、現在の新しいスーパーバイザーたちは、施設に常駐しているわけじゃない。
だから、日頃のインターンとレジデントの関わりを見るチャンスがあるわけではない。
更に、自らが、実際にレジデントと関わった経験を持っているわけでもない。


だから、インターンに対して、リアルなフィードバックをタイミング良くすることができない。


なかなか、難しい。


僕は、そのような問題意識を持ち、レジデントと一緒にいることの大切さを、
これまでずっと習ってきたのだから、率先してそうあらねばと思っていたのだけど…、


昨日、似たような間違いを犯してしまった。


Pacific Instituteには、僕たちインターンがするGroup Activityの他に、
スタッフや、外部のプロフェッショナルが来て行ってくれるActivityがある。


昨日、LGCビルディングの3階で、外部のインストラクターが来て指導をしてくれる、
絵を描くActivitiyがあった。


僕は、そこに僕のクライアントを連れて行った。


認知症によって英語を話す能力を失ってしまって、
今は日本語しか話せなくなってしまった日系アメリカ人のHさんだ。


Hさんが、ずっと以前に、おそらく別のActivityで描いた絵が張られているのを
部屋で見たことがあったし、ずっと一人でダイニングルームに座っているよりは
良いと思ったからだ。


Hさんに確認すると、彼女は行くと言った。


僕がHさんを3階に連れていくと、インストラクターは、笑顔でHさんを迎えてくれて、
画用紙と、花瓶と花の写真を彼女の目の前に置いた。


Hさんは、言った。


「あら、とてもきれい。でも、私、描けないの…。」


僕がそれをインストラクターに伝えると、彼は、ささっと、花と花瓶の下絵を
Hさんの目の前で書いてくれた。あとは、色だけを塗れば良いように。


それを見ていたHさんは、言った。


「あら、とても上手ね。あなた、私の代わりに描いてちょうだい」


インストラクターは言った。


「僕が手伝えるのは、ここまで。あとは、描くか描かないか、それはHさん、
あなた次第なんだ」


そう言って、彼はその場を離れた。


なかなか絵筆に手を伸ばそうとしないHさんに僕は言った。


「Hさん、せっかくだから描いてみましょうよ」


そして、こんなやり取りが続いた。


「私、描けないの…。だって、描いたことないんだもの」


「そう…。じゃあ、今日が初めてのチャレンジですね」


「あなた、代わりに描いてよ…」


「うん…、でも、僕はHさんに描いてほしいんです」


「だめよ、私、描けないんだもの…」


Hさんは、完全に、自分の中に引きこもってしまった。


僕は、インストラクターに言った。


「あの…、今日は無理みたいです。お手数をおかけしてすみません」


彼は言った。


「僕は、絵を描きたいと思う人に対して、絵を描くための用意をすることならできる。
でも、絵を描かせることはできいないんだ。


絵を書きたいと思う気持ちの最初のひと押しがどこから来るのか…。
不思議だよね」


僕は頷くと、すっかり引きこもってしまったHさんの車椅子を押して、
会場を後にした。


そして、エレベーターに乗って1階に戻り、いつものダイニングルームの位置に
Hさんを連れて行った。


僕は、しばらく彼女の隣にただ一緒に座った。


Hさんは、閉じこもって、何かを考えている様子だった。


僕は、とても申し訳ない気持ちになって、Hさんに謝った。


「Hさん、絵を描くところに連れて行ってしまって、ごめんね」


Hさんは、しばらく間を置いてから、独り言のように繰り返した。


「だって、私、描けないんだもの。描いたことが無いんだもの…。」

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“The Art of Being”

“Process”の対義語は、“Content”だそうだ。


今日、Pacific Instituteで、Existential Humanistic Therapyの創設者の一人、
カークシュナイダー博士を囲んでの 勉強会があった。


Existential Humanistic Therapyとは、クライアントが話す内容、つまり、コンテンツでは無く、
Here and Nowに起こっているプロセスを重視するセラピーだ。


僕は、彼の隣に座っていたこともあって、簡単な自己紹介を僕からすることになった。


彼は、僕に“What brings you here?”と尋ねた。
日本語で言うと、どうだろう…。


「今日、ここに来た目的な何かな。教えてもらえる?」


こんな感じかもしれない。


僕は、こう応えた。


「あなたに尋ねたい質問がたくさんある。だから、僕はここ来た。


例えば、どうしてプロセスにフォーカスするセラピーが機能するのか知りたい。


僕はビジネスのバックグランドだから、原因を把握して解決する思考方法に
慣れている。原因にフォーカスせずに、プロセスにフォーカスするセラピーが
なぜ機能するのかとても興味がある。」


他のインターンたちも頷いた。


すると、彼は、椅子を少しずらして、僕と向き合うようにして座った。
そして、柔らかい物腰と、包み込むような笑顔で、再び僕に尋ねた。


「もう一度尋ねていいかな?あなたがここにいる目的は何かな?」


なるほど…、と思った。


僕は、もっと深く自分を探らないといけないのだろう。
そういう意図なのかなと思った。


さて、僕がここにいる目的は何だろう…。


僕は答えた。


「あなたの存在そのものを体験するためにここに来たのだと思う」


彼は、笑顔でうなづきながら、再び、同じ質問を僕にした。


「あなたが、ここにいる目的は何かな?」


うーん…。やはり、正解を求めているのではなさそうだ。


しばらく間を置いて僕は答えた。


「僕がここにいる目的は何なのかを考えるためにここに来た」


フロアに笑いが起こった。


彼も笑った。そして、穏やかに再び同じ質問をした。


うーん…。


しばらくの沈黙の後、僕は答えた。


「あなたを通して、もっと自分をよく知るためにここに来たと思う」


ここで彼の質問は終わった。


もちろん、この最後の答えが正しい回答だったから、
このやり取りが終了したわけではない。


10分程度の出来事だったけど、この間、僕がどんな答えをしようとも、
彼はずっと僕と一緒にいた。


ただ一緒にいられる、と言うことがどういう体験なのか、
その感覚だけを僕に残して、このやり取りは終わった。


最初の僕で時間を使いすぎたためか、自己紹介の時間は無かった。


引き続いて、彼は、レクチャーをした。


“Here and Now”にフォーカスするとは、セッションにおいて、
クライアントがいまここでしている選択に意識を向けさせること。
クライアントが選択している自身のあり方への気づきを与えること。


そんなメッセージが印象に残った。


その後、彼によるデモセッションがあった。
インターンの中からボランティアを募り、一対一のセッションを皆の前で行うのだ。


一人の女性が手を挙げた。


早速、二人によるセッションが始まった。


僕は、彼の隣で、間近で、彼が一体何をしているのかじっと観察をした。


彼がセッションでしたことは、まさにプロセスへのフォーカスだった。
彼は、Here and Nowの彼女の感覚に焦点を当て、
ただ彼女といっしょに居続けた。


ただ一緒にいるだけなのに、最初は緊張していたクライアント役の
彼女のプロセスが回り出していくのがよくわかった。


途中、彼女の目から涙があふれた。
彼女がそのこと自体に驚いていた。


およそ30分間のセッションが終わった。


質疑応答があった。


いろいろな質問が飛んだ。


僕が最後の質問者だった。


「最後に基本的な質問で申し訳ないのだけど…、
僕は、このセッションで何を観察すべきだったのか?」


フロアに笑い声が溢れた。


僕は続けた。


「というのも、あなたはプロセスにフォーカスをしたセッションをしているのに、
オブザーブをしている僕は、あなたがセッションの中で、どんな質問をしたのか、
何を指摘したのか、どんな動きをしたのか、つまり、あなたがしたコンテンツに
フォーカスをして聞いていることに気がついたから。


プロセスにフォーカスをしているセッションなのに、オブザーブをしている
僕はコンテンツにフォーカスしている。


だから、セッションでいったい何が起こっているのかよく掴めないんじゃないかと思った。


何が起こっているのかわからないのだけど、
クライアントにはとても良く機能しているのはよくわかった。


プロセスを、知的にフォローすることはとても難しいように思う。
僕は、いったい何を、どうオブザーブすればよかったのだろうか…。」


会場から、笑い声は消えていた。


CEOのネイダーから、「非常に良い質問だ!」と声が飛んだ。
カークも、苦笑いをしていた。


クライアント役の女性が言った。


「確かに、セッションの中で私に起こったことを説明しても伝わらないと思う。
体験してみないとわからないのだと思う」


カークが言った。


「確かに、君の質問の通りだ。Empathyの深さ、Allianceの程度、
空間をどのようにHoldしていたか、そういうことがプロセスを
観察するときのポイントになると思う。


そこが、“The Art of Being”の難しさでもあるのかもしれないね」


コンテンツに注目している限り、プロセスのエッセンスは掴めない。


帰り道、インターン仲間たちと車の中で話した。


クライアントのプロセスを信じる彼の姿勢に加えて、
彼の在り方や雰囲気、声、そして、眼差しの温かさ、受け答えに滲み出る彼の人間性が、
セッションの空間を創造し、セラピーのプロセスを形成している。


彼の言語と非言語のコンテンツにポイントがあるのでは無い。


プロセスの奥は…、


深い。
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2度目の5Rhythms Dance

再び、5Rhythms Dance & Movement Ptacticeに参加してきた。


前回は、恥ずかしさがあったけど、適応力に長けた日本人の
長所なのか、今回は、さほど恥ずかしさも感じずに、
場の波に乗ることができた。


パフォーマンスではないダンス。
自分自身に繋がるダンス。
自分のためのダンス。


僕は、ただ音楽に耳を澄ます。


そして…、


体がどう動きたいのか、それを感じることから始めた。


インストラクターの指示は、ごくシンプルだ。


大地を、床を踏みしめる。大地とつながっている感覚を意識して踊る。
それに合わせて、自分の手がどう動くのか、目で追ってみる。


…。


次に、その足の動きと腰の動きをシンクロナイズさせる。


…。


更に、腰の動きに、頭の動きをシンクロナイズさせる


一つのステップが終わったら、次のステップに、順を追って進む。


僕は、体の動きに合わせて頭を振る。


目に映る世界が揺れて、だんだんカオスになっていく。
上下左右がない交ぜになって、溶けていく。


重力から解放されているようで、とても自由だ。


揺れる頭と、解放された意識の中で、今の僕は誰なんだろう、
と自問自答する。


その時の僕は、誰でもない。ただの“動き”だった。


途中、インストラクターから指示が飛ぶ。僕たちは近くの人とペアになって、
お互いのエネルギーを感じながら踊る。


エネルギーがシンクロして、体が引きあったり、離れたり…、
お互いの動きが、お互いの動きを、お互いの枠の外に導く。


その時間が過ぎて、一人のダンスに戻った時、その前の自分よりも
もっと自分の動きに広がりが生まれていることに気づく。


5Rhythms Dance。


それは、他人の目を気にしない、純粋な自己表現。


もしかしたら、僕だけでなく、おそらく多くの日本人が抑制しがちな、
人生のもっとも大切なことを思い出させてくれるPracticeなのかもしれない。

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きれいな風景を内在化できたら…。

サンフランシスコベイに浮かぶ一番大きな島、それがAngel Islandだ。


もし、アメリカ西海岸の魅力が豊かな自然にあるのなら、
そして、それをサンフランスコで身近に体験しようと思うなら、僕は、ここをお勧めする。


週末、久しぶりに、Angel Islandに行ってきた。


毎日、霧の立ち込める肌寒いサンフランシスコを離れて、
リフレッシュしたかった。


曇り空のサンフランシスコを抜けて、ゴールデンゲートブリッジを渡ると、
カリフォルニアらしい青空が広がり、陽射しが肌を刺す。


Angel Islandへは、今回はサンフランシスコからではなく、
対岸のTIBRONからフェリーに乗ってみた。
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島では東周りのルートを取る。
一周8キロのハイキングコースだ。


島全体が緩やかな山になっている。
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島の緑に縁取られた青い海では、たくさんの白い帆が風に吹かれていた。
視線を上にあげると、額縁のない青い空には白い雲が拡がっていた。
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島の反対側からサンフランシスコを臨むと、街は霧に覆われていた。
まるで…、欲望の渦巻く魔窟のようだ。
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車で1時間以内の生活圏に、
豊かな緑に、青い空、青い海、そして、白いヨットに白いカモメ…。
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これだけの豊かな自然がある。
動物だちだけでなく、人間の営みも、その豊かな風景の一部になっている。


本当に豊かな自然を目の前にした時、僕たちの息がとまる、時間が止まる、
思考がストップする。自分と風景が一体化しているような感覚になる。


自分の“枠”が落ちて、何かと一体感を感じるとき、
僕たちの“魂”は、癒されているのだなと思う。


便宜的に“魂”という言葉を使うけど、ここで言う魂とは、
“本質的な自分”のことだ。


そして、自分の枠とは、あなたが考える自分自身、あるいは、周囲が考える
あなた自身のことだ。


その“枠”は、あなたを形成し、あなたを他者と区別し、あなたを守ってくれる一方で、
あなたの魂を枠の中に閉じ込めてしまう。


豊かな自然は、一時的に自分を閉じ込めているそれらの枠を消してくれる。
その瞬間、僕たちは無防備になることができる。


そして、魂は新鮮なエネルギーを吸い込むことができる。


大自然のエネルギーを吸い込むことによって、魂は、社会で生きていくために自分や周囲が
設定した自分と言う枠を、内側から少しずつ本来の姿に向けて変容させていくことのできる力と
瑞々しさを取り戻すことができる。


自然と触れ合うことで人の内面に起こっていることとは、こういうことなのではないか。


セラピーの場も、魂の深呼吸と、その魂を護るのと同時に閉じ込めている枠の変容とが
自在にできる、大自然のような場であると良いのだろう。


だから僕は想像する。


大自然のような、大らかで枠のない雰囲気を持っているセラピストは、
クライアントが固持している枠を消してしまうことができるのではないか。


そう言うセラピストは、胸の位置に、豊かな自然と繋がっている窓を
持っているような人なのではないか。


セラピストの胸の位置にある窓から、息を呑むような大自然の
景色を眺める時間。それがセラピーセッションだ。


そこから見える大自然によって、枠から解き放たれたクライアントの魂は、
自らの枠を客観視し、その枠を自ら変容させることのできる力を持つことが
出来るのだろう。


だから、僕はいつも、どうやったらこの豊かな自然を自分の中に
内在化することができるだろう、自分の胸の位置の窓に
写し取ることができるだろうと試みているのだが…。

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