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2010年7月

新インターン向けガイダンスで印象に残った言葉

今週、7月17日から続いていた新インターン向けのすべてのガイダンスが終わった。
とても密度の濃い内容だったと思う。


ガイダンスの最後のプログラムは、新インターンと旧インターンの顔合わせと、
新インターンから旧インターンへの質疑応答だった。


1年間経験を積んでいるのは、ずいぶん大きな違いだ。
旧インターンたちの堂々としたやり取りを見ていてそう思った。


ガイダンスでは、新インターンたちを前に、CEOのNaderや、
クリニカルディレクターのAninのレクチャーがあった。


その中で印象に残ったフレーズがあるので、
そのいくつかを、ランダムに紹介したい。


まず、Aninの言葉。


「Pacific Institeは、“Sacred Crossing(神聖な交差点)”。


あなたたちは“神聖な交差点”に足を踏み入れたの。


レジデントとの感動的な出会いがあなたたちを待っているわ。
そして、たくさんの奇跡を目にすることになる。
これまですべてのインターンたちがそうだったように…。」


「年をとると、嘘か本物かがすぐにわかるようになるの。


だから、レジデントとセラピストとして繋がろうとしてもだめ。
あなたは、レジデントを前に人として繋がっていくしかないの。


常に、正直な自分自身でありなさい。」


「組織だから、Pacific Instituteにもいろいろな構造がある。
でもその構造は、あなたたちをサポートするものでなくてはならない。


もしその構造が、あなたたちの足を引っ張るもの、障害となるものなら、
すぐにその構造を変えないといけない」


次に、Naderの言葉。


「神話は、人間について学ぶことのできる最高の教材だ。
神話には、答えが無い。いつもオープンエンドで話が終わる。
だから、物語に終わりが無い。答えが無い。善悪もない。
物語は、ずっと続いていく…。


でも、人間の問題とは、そういうものじゃないか。
何が正しい、何が間違っている、なんて誰もわからない。


セラピーもオープンエンドで続いていく物語なんだ」


「ギリシア神話では、なぜ人間界に不幸が起こるのかというと、
それは、人間が幸せに平穏に暮らしてしまうと、神さまたちが
退屈してしまうから、と説明している。


僕たち人間に、悲喜こもごもの色々が起こるのは、
神様を退屈させないため、楽しませるため…。


こういう物語を考えついた人の人間観、世界観って
面白いと思わないかい?」


「我々、セラピストがすべきは、クライアントのプロセスを促進すること。
ところが、多くの人は、コンテンツ、つまり、発言内容に囚われてしまう。


コンテンツに囚われていることの証左として、
特にセラピストが陥っているのが、クライアントに質問をすることだ。


実は、セラピストが質問をすることで、クライアントのプロセスを
阻害していることがあまりにも多い。


なぜ、質問がプロセスを阻害するのか。


それは…、


考えさせてしまうから。
考えることは、プロセスを阻害する大きな要因の一つなんだ」


最後は、新インターンのRalphの言葉。彼は、元裁判官だ。


「年をとって自由になった。囚われなくなった。
今、あなたはそう言ったけど、本当にそうなのか。


私は、今年、60歳になった。
そして、いろいろな若者の失敗を許せるようになっている自分に気付いた…。


でもそれは、私が自由になったというよりも、多くの失敗というものは、
若さの現れであると気づいたから。


その若さを眩しく、そして羨ましく感じるようになった自分がいるからだ」

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Caregiverたちの人間模様

同じ有色人種と言うこともあるのかもしれない。
僕は、Pacific Instituteで働くCaregiver(介護士)やスタッフたちと仲が良い。


キッチンや掃除をするスタッフは、全員がラティーノだ。
メキシコを筆頭に、中南米と南米の出身者が占めている。


一方、


Caregiverはまた少し分布が違っていて、
マジョリティを占めているのは、フィリピン出身者だ。


そして、なぜかは知らないのだけど、アフリカのエリトリア出身者が続いている。


エリトリアとは、アフリカ東部にある小さな国で、エチオピアの上にある。
小柄で、とても温和な性格で親しみやすい。
そして、ラティーノが続いている。


さて、話は少し変わるけど、
Pacific Instituteの建物の一つ、LGC(Laguna Grove Care)の2階には、
認知症がかなり進行したレジデントが住んでいる。


カオスになりがちなフロアで、当然、Caregiverたちの負担も大きい。


食事を散らかす、喧嘩を始める、徘徊する、5分おきにトイレに行きたがる、
倒れる危険があるのに車椅子から立ち上がろうとする、意味不明なリクエストする、
夜寝ずにずっとCare Giverに付きまとう…。


例えば、夜8時には1階と3階のフロアは、みんな自分の部屋に戻って就寝して
とても静かなのに、2Fだけは違う。


彼らは日夜関係なく、自分の欲求に忠実にフロアを動き回る。


だから、Caregiverたちは気の休まる暇がない。


僕も時間の許す限り2Fに出向いて、いろいろ手伝うようにしていた。


そういうこともあって、最近、彼らは、少し込み入ったことも
話してくれるようになった。


今週、2Fに常駐するCaregiverが僕にこんなことを言った。


とても忙しいので、もう一人、常駐のCaregiverが欲しい。
フローターのシステムがあるのだけど、機能していない。
一番忙しい夕方に、仕事の少ない1階と3階に行ってしまう。


そんな話だった。


簡単に説明すると、レジデントが3つのフロアーに分かれて住んでいるLGCの
ビルディングでは、日中は各フロアに2名のCaregiverが常駐している。
そして、フローターと呼ばれる各フロアを自由に動いて忙しいフロアを
手伝う人が1名アサインされているのだ。


僕は、そのCaregiverたちの話はもっともだと思ったので、
直接、マネジャーに伝えるのがいいと言うと、彼女たちは、
仕事を失いたくないし、聞いてくれるかどうかわからないから言えないと言う。


僕は、彼女たちにフローターのシステムが機能していないのか、
それとも、フローターを務めるある特定個人に問題があると思うのか
尋ねてみた。


すると…、もう少し複雑らしい。


3Fと1Fは、フィリピン人のCaregiverがマジョリティを占めて、
次に、エリトリア人のCaregiverが続いている。


フローターも、基本的には、人種的にマジョリティな彼らの誰かが務める。


ところが、2Fに常駐しているCaregiverは、一人が中国人、もう一人はビルマ人だ。
中国人とビルマ人は、Pacific InstituteのCaregiverの世界ではマイノリティだ。


マジョリティの人種のフローターは、2階の仕事の大変さで避けているのかもしれない。
でも、同じ人種で、同じ言葉で意志疎通が出来る人のいる別のフロアに
行きがちなのかもしれない。


だから、2FのCaregiver曰く、このフロアがとても大変なことは周知の事実なのだから、
2Fは常駐が3人と決めてくれた方が仕事がしやすいと言うことらしい。


僕は彼女たちから依頼されたこともあって、マネジャーに彼女たちの
置かれている状況を伝えた。ちなみに、そのマネジャーはラティーノだ。


彼は、その情報をとても感謝して受け取ってくれて、すぐに手を打つと約束してくれた。


ダイバーシティな職場には、ダイバーシティならではの人間模様が生まれる。
それが興味深い。

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“多喜多憂”な毎日

日曜日、クラス終了後の夕方、ダウンタウンにあるリーバイス本社に
ジーンズを買いに行った。自転車に毎日乗っているので、
生地が傷むのが早いのだ。


エントランス付近に自転車を止めた。買うものは決めていた。
“514 SLIM STRAIGHT”だ。


店員は、僕にダークブルーの色を勧めた。


30分ぐらいで買い物を済ませた僕は、家に向かってペダルを踏んだ。


ゴールデンゲートパークを横切って、海に出る最後の下り坂の辺りで、
僕は自転車の後輪の異変に気付いた。


空気が極端に減っている。


自転車を止めてタイヤを見ると、値札をつけるときに使う安全ピンが
タイヤに刺さっていた。


引きぬくと一気に空気が抜けた。パンクだ。


とても真新しい安全ピンで、自然に刺さるわけがないので、
僕が買い物している最中に誰かが刺したのだろう。


こういう小さな悪意には、本当に嫌な気持ちにさせられる。
でも、良くあることなので、都会生活のコストを割り切り、気分を切り替えるしかない。


この辺りに、パンクを修理してくれるサイクリングショップは無い。
仮にあったとしても、この時間では閉まっている。


ちなみに、僕の家の周りにもサイクリングショップは無い。
だから、パンクのまま自転車を家に持って帰るわけにはいかない。


僕は、CIISに戻ることに決めた。CIISの近くには、これまで何度もパンクを
修理してもらったことのあるサイクリングショップがあるから。


一晩、CIISの駐車場に自転車を止めて、翌日、修理に持っていこうと思った。


問題は、この場所からどうCIISに戻るかだ。


Nラインの始発駅が近い。自転車を乗せてもらえれば、一本で行ける。
でも、N、L、Mなどのアルファベットで始まる路面電車は、
自転車を乗せてはいけないことになっている。


でも僕は、以前、パンクをしたときに理由を話して乗せてもらったことがある。
要は運転手次第なのだが…、それ以降は、交渉をして一度も成功したことがない。
だから、今回も可能性はかなり低い。


Nラインが来るのを待って運転手に交渉をしたけど、案の定、3本連続で断られた。
諦めるより仕方がない。


日は落ちて辺りは暗くなってきた。
さらに、今月、サンフランシスコは夏とは思えない寒さだ。
この日、僕は、3枚のシャツを重ね着して、その上にジャケットを羽織っていた。


結局、18番バスに乗り、途中、5番バスに乗り換えて、Civic Centerを
目指すことに決めた。ちなみに、バスの前方にはラックがついていて、
自転車を運ぶことが出来る。


僕は最寄りのバス停まで、更に自転車を押して行った。


バス停で20分ほど待つと、18番のバスがやってきた。
僕は、バスに自転車を乗せるのは初めての経験だったので、
どうラックに自転車を乗せるか、やり方がわからない。


尋ねると、中国系の運転手は面倒くさそうに教えてくれた。


…。


バスに乗り込むと、時計の針は夜8時を回っていた。
僕の気分も、太陽が沈んだ感じだ。


「バスで自転車の運び方がわかったのは、今日のパンクのおかげだ。
経験値的にはプラスだ」


「家に戻らず、CIISに戻ろうと決めたのも良い判断だ。
これも何度もパンクの経験を積んでいるからできたことだ」


バスのシートに座りながら、僕は気分をなるべく前向きにするための努力した。


バスを降りて、CIISまで自転車を押して、駐輪場に自転車を止めた。
そして、Lラインに乗って、家に戻ってきた。
時計を見ると、夜9時半を回っていた。


翌朝、Pacific InstituteにLラインで向かい、夕方、そこでのプラクティカム終了後、
CIISまで歩いた。そして、CIISの駐輪場から自転車を押して、
Howardと8thの交差点近くにあるサイクリングショップを目指すことにした。


自転車を押し始めると、CIISの隣にある有料駐車場で働いているトムの姿が見えた。
彼に会うのは久しぶりだ。


彼は、アフガニスタンからの移民で、僕をとても気に入ってくれている。
いつも僕を見かけると、大声で僕を呼びとめて、握手をしてくれるのだ。


「パンクかい?」


トムは僕に尋ねた。


「うん、これからサイクリングショップに持って行って修理してもらうんだ」


そう僕は答えた。


すると、奥からトムの友だちで、近くでマンションの管理をしているという
若い黒人の男性が出てきた。


「パンクならここで直せるぞ。サイクリングショップに持っていくと高いだろう?」


彼はそう言った。


「確かに、16ドルぐらいかかる」


僕がそう答えると、彼は言った。


「10ドルで修理してあげるよ。どうだい?」


彼の名前は、リック。


僕はトムを見た。
すると彼は、「リックは、とても良い奴だ!」と言った。


「じゃあ、ぜひ」と僕は答えた。


リックは、本当に素晴らしく良くやってくれた。
いちいち、どう直すのか、どこをどうチェックするのか、全部、解説しながら
修理をしてくれた。おまけに、後輪を外して掃除までしてくれて、
ブレーキ、タイヤカバーの状態まで、チェックしてくれた。
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真っ黒になった手をタオルで拭きながら、彼は、満面の笑みで僕に言った。


「どうだい?サイクリングショップに持っていくよりも格段に良いだろう?
また何かあったら、ぜひここに持ってこいよ。俺が修理してやるから」


どの国にも、良い人もいれば悪い人もいる。親切な人もそうでない人もいる。
悪意にも善意にも溢れている。日本だってそうだし、サンフランシスコも同様だ。


でも、日本に比べると、日本の外では、善と悪のレンジが広くて、
それらに出会う密度と頻度も濃いような気がする。


だから、“一喜一憂”というよりは、“多喜多憂”な毎日だ。


不運なことがあっても、いろいろ決めつけなくていい。
自分を良い状態に保っていれば、同じぐらいの確率で、幸運なことに出会える。


それによって、おおらかになれるし、逞しくもなれる。
海外で生活することによって、鍛えられる事の一つかもしれない。


話の筋とは関係ないけど、


僕が来るまで、トムとリックがテレビで見ていたのは、95年にロシアで開かれていた
総合格闘技大会のビデオだ。それは、なぜか日本のビデオで、
日本人が日本語で解説を行っていた。


僕も、格闘技は結構好きな方なので、時間があれば一緒に見たかった。
次回以降の楽しみとして、取っておこう。


サンフランシスコでは、良くも悪くも、高い頻度で起こる出来事が、
いろいろな出会いを生んでいく。
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日常の価値

週末に行われたPsychological Death and Dyingのクラスで、僕たちはビデオを見た。
彼女の両親がインストラクターのクライアントで、その娘である彼女が
テレビインタビューに応えているものだった。


彼女は、28歳のときに非常に珍しいタイプの悪性の肺癌と診断された。


週5日間ジムに行き、ベジタリアンで、お酒も飲まずに健康的な生活を送っていた彼女は、
自覚症状もないままに医師から余命1年と宣告された。


結局、彼女は10年間生き延びた。


彼女は38歳で亡くなるその直前まで、獣医としての仕事を続け、
癌を患ってから知り合ったパートナーと、ごく普通の日々を送った。


この映像は、その亡くなる1か月前に撮影されたものだった。


インタビュアーの質問に応えて彼女は言った。


「私にもっともストレスを与えているもの…、
それは、間近に迫っている死ではなくて、抗がん剤の副作用なの。
これは本当のこと。


繰り返された手術、抗がん剤、放射線治療、その副作用、
自暴自棄にならずに、それらをマネジメントしながら、周囲に対して
気持ち良くいるのは本当に大変なこと。」


「癌の治療法は、日進月歩。こうしている間にもたくさんの有効な治療法が
開発され、発表されているわ。


でも…、


私のような珍しいタイプの癌の場合はそうではない。薬や治療法を開発しても、
お金にならないから、研究者も少ない。そのことをとても残念に、そして悔しく思うの」


彼女は、時折、笑顔を交えながら、言葉を丁寧に選んで、
インタビューに答えていた。


その彼女の静かなあり方が、悲しみの大きさ、あるいは、自分の運命を
受け入れている人だけが持つ深さを感じさせた。


そのビデオで、僕にとってもっとも印象深かったのは、
おそらくこのインタビューの本質では無いところで、
彼女が雑談のように語ったフレーズだった。


「友人は、私にこう言うの。死期が迫っているのなら、
働いてなんかいないで、旅行に行ったり、好きなことをしたら良いんじゃないかって。


可笑しいわね…。
だって、おそらく、私がもし健康で、私と同じような境遇にいる人に会ったら、
そう言うだろうと思うから。


でも、今の私にとって、何気ない日常がとても大切なものに思えるの」


彼女は、可能な限り最後まで、仕事を続け、買い物に行き、夕食をつくり、
家族と一緒にご飯を食べ…、普通の生活をした。


普通の生活の中にこそ、実は一番尊いものがある、のかもしれない。


僕はまだ、そこまで実感として断言できるほど悟れていない。
残念なことだけど…。


ちなみに、僕はOuter Richimondにあるカフェで、クラスのReadingの合間に、
この文章を書いている。


このカフェは、街はずれにあるので、頻繁に来るわけじゃないけど、
広々とした空間で、夜遅くまで開 いているのが気に入っている。


僕にとって日常とは、居心地の良いカフェでする地味なReadingだ。


いつかアメリカを離れた時に懐かしく思い出すのは、
旅行やパーティやクラスやプラクティカムでの出来事ではなくて、
この地味な日常の方なのかもしれない。


つい見過ごしてしまいがちなこの時間の価値と僕の人生にとっての意味を、
もっとしっかり掴まえたいと思った。
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とてもスピリチュアルなクラス

僕がこの夏セメスターに履修しているPsychological Death and Dyingは、
EWP(East and West Psychology)という他学部クラスだ。


僕が所属するICP(Integral Counseling Program)のクラスに比べて、
とてもスピリチュアルな内容だった。


とてもCIISらしいクラスだったと言えるのかもしれない。


週末をまるまる4日間使うこのクラスは、
毎回、ヒーリングミュージックと瞑想で始まる。
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インストラクターは、ニューヨークに在住で、ホスピスとして豊富な経験を持ち、
チベット仏教に造詣が深い。


いろいろディスカッションを重ねてきた最終日の今日、
僕たちは大ホールでWalking Meditationをした。


生徒は16人。バラの花を一輪手渡され、それを眺めながら、
教室の中を、自由に、静かに歩く。


最初の数分間は、他の生徒と目線を一切合わせることなく、
ただ、一輪のバラと自分との関係を考えながら歩く時間だった。
ゆっくりと歩いた。


そして、次は、周囲の人にも意識を向けるように、
周囲の人を視界の端に捉えながら、静かに歩くようにと言われた。


自分の中にどんな感情が湧いているか。
今この瞬間に心はどんな動きをしているか。
心はどこに自分の導こうとしているか。


それらを意識しながら歩くようにと、インストラクターからガイダンスがあった。


最後は、自分のタイミングで周囲の人と出会うようにとのことだった。
静かに向き合ったら、相手の目を見る。相手をよく見つめる。


引き続き、インストラクターからガイダンスがあった。


今この瞬間に相手の中に何が見えるか。
相手の中の美を意識してみる。
目の前の人との繋がりを感じてみる。
次に、目の前の相手を移ろいゆく存在として見つめてみる。
いずれ死にゆく存在として、相手の死をイメージしてみる。


僕たちは無言のまま相手と別れ、静かにWalking Meditationを
続けながら、また人と出会った。


なんとも不思議なワークだった。


それが終わると、イメージのワークを行った。
自分が死ぬ瞬間をイメージしてみると言うものだった。


日本でも、自分のお葬式をイメージしてみる、というワークはあったけど、
死ぬ瞬間をイメージしてみると言うワークは、なかなかリアルだった。


こんなインストラクションだった。


最初に湧いた、自分の死の瞬間のイメージを具体的にノートに記す。
それを見て、何か変更したい点があったり、追加したい点があったら、
もう一度、ノートに記す。それを隣の人とシェアし合う。


クラスの最後は、こんな儀式があった。


ティッシュペーパーを一枚ずつ渡された。
そこに、これまで自分を支えてくれたあり方や価値観で、
今は役に立っていないのになかなか手放せていないものを書く。
自分が新しく前に進むために、足かせになっている価値観を書く。


そのティッシュペーパーを真ん中に置かれた水の入った鉢入れのグラスの
中に入れる。過去の自分の一部を捨てるイメージだ。


そして、自分が前のワークで持っていたバラの花弁をちぎって
そこに入れるように言われた。バラの美を感じながら。
そのバラとの出会いを感謝しながら。
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すべてのワークが、おそらく、死を身近にとらえるためのものだったように思う。
そして、自分も相手も、みんな常に死のプロセスにいると言うことを体験させる
狙いがあったように思う。


とてもスピリチュアルなクラスだった。

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自分の感情に触れる

僕が、アメリカで、いやCIISでカウンセリングサイコロジーを学んで、
もっとも日本との違いに驚いたことの一つは、感情の位置づけとその扱い方だ。


僕の知る限り、日本では、感情を露わにすることはいけないことだった。
感情は重要でないものとされた。その位置づけは軽かった。


“感情的”と言うのは、良い意味に使われていないし、
泣くのは弱さの証拠だし、怒るのは負けを意味していた。


特に、ビジネスシーンにおいてはそうだったし、男性ならなおさらそれが求められた。
感情とは抑制するもので、それが出来るのが大人の証、ということだった。


でも…、


CIISでは、それが180度違った。


感情と共に生きることは、人間らしい営みをする上で不可欠なものだった。
だから、感情を抑圧することはとても不自然なこととされた。


また、感情とは、ある意味、本当の自分自身のことだった。
つまり、感情とは、“魂の声”であり、その魂が感情と言う形で自らを
表現することは自然なこととされた。


自由に喜怒哀楽する。あるいは、自由に笑う、悲しむ、泣く…。


でも、それが僕には難しかった。
ネガティブなものを表現することが特に。
もちろん、感情を抑制することも、一つの感情表現なのかもしれないのだけど…。


実は、僕はそれを不都合とも思っていなかった。
日本に住んでいる限りは、抑制することはとても自然なことだったし。


でも、CIISでは、否応なく、真の自分自身であること、自分としての完全体であること、
つまり、自分の感情に繋がることについて考えさせられる。


自分の本当の声のありかを、自分の中に探すことになる。
色々な理由で無意識に匿われていた真の自分とも向き合うことになる。


だから、というわけでもないのだろうけど、CIISのクラスメートは、
男女問わずクラスの中で良く泣く。シェアの最中に、あるいはロールプレイの最中に。


それは文化の違いなのか、あるいは、カウンセリングを学びに来るような生徒は、
何かしら心に傷を負っているのかもしれないと思っていた。


僕は、しばしば、突き放した感覚で、自分とは関係のない、遠くの景色を眺めるような
気持ちでそれと向き合っていたのだが…、


いつの頃からか、僕はそれを少し羨ましく思うようになっていた。


みんな、ずいぶん自由に自分自身であるんだなあと。


もしかしたら、理性ばかりを重んじて、自分の感情を知らないことは、
自分自身を半分しか生きていないことになるのかもしれない。


そんなことを思った。


だから、“自分に繋がる。自分の感情を味わう、深く体験する”ということは、
僕がHelgeとのセラピーセッションを始める際のテーマにもなった。


そのセッションについては、このブログで何度も綴ってきた。
かなり良い形で、自分を深めることが出来ていたのだろう。


加えて、Pacific Instituteでとてもお世話になったスーパーバイザーのAninと
旧インターンの仲間たちが一度に去るこの時期は、自分の感情と向き合う
良いタイミングだったのかもしれない。


“その時”は、とても自然にやってきた。


AninとのSupervisionも残り2回となった
毎週、木曜日の朝8時にAninとのスーパービジョンがある。


僕は、“感情的”にとてもハードな一週間を過ごしていた。
半年前に僕を採用して、迎えてくれた人たちが全員、Pacific Instituteを去る。
そして、新しいインターン、スーパーバイザーたちが一度に入ってくる。
すべてが変わる。


自分の沈んでいる気持ちとは関係なく、新しく来た彼らを笑顔で元気に迎える。
僕が以前そうしてもらったように…。


でも、それがなかなか大変だった。


朝8時のスーパービジョンで、僕はクライアントについて報告した後、
Aninが僕にチェックインをした。つまり、気分はどうかと尋ねた。


僕は、「なかなか辛い一週間だった…」と笑顔で応えた。


すると、継ぐ言葉が出てこなかった。


しばらくの沈黙があって、変だなと思っていたら…、


次の瞬間に、僕の目から涙がぽろぽろとこぼれてきた。


僕は、自分がAninや仲間たちと別れることをどんなに辛く思っているか、
でも、どんなにAninやインターンに感謝をしているか、
どんなにたくさんのことを学ばせてもらったかを伝えた。


もちろん、泣きながら。


Aninも目を真っ赤にして僕に言った。


「そんなふうに思ってくれて、とてもありがとう。自分を誇りに思うわ。


私もあなたと知り合えてとても良かった。


ハート、人間性、知性、ユーモア、献身、温かみ…、あなたぐらい高いレベルで
バランスが取れている人に会ったこと、私には数えるほどしかない。
あなたの両親は、とても良い仕事をしたと思うわ。


私も、あなたから毎週、こうして学ぶ機会が無くなることがとても残念よ。」


僕はただ頷いて、それを聞いた。


自分の感情にどっぷりと浸ることは…、悪くはない。
そういう場を持つことができることも…、悪くはない。


そういう素の自分になれる空間があること、
そういう自分を受け入れてくれる人がいること、
人生の大切なことについて貴重なアドバイスをくれる人がいることは、
とても恵まれたことだと思った。


もしかしたら僕は、ここアメリカで人生のメンターと巡り合えたのかもしれない。


屋上にあるセッションルームを出ると、僕は大きく背伸びをした。


スキッとした。
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“プロセス”を重視する

Pacific Instituteは、大きく二つのエリアに5つの施設(サイト)を持っている。
サンフランシスコに2つ。湾を挟んで反対側のベイエリアに3つだ。


サンフランシスコの施設は、道路を挟んで向かい合っているので、
合わせて一つとしてカウントしてもいいのかもしれない。
もっとも歴史がある。


一方で、ベイエリアの施設は新しい。


インターンは、それぞれの施設(サイト)ごとに採用されている。
San Francisco(サンフランシスコ)が24名、Emeryville(エミリービル)が10名、
Oakland(オークランド)が8名だ。


さて、先週から今週にかけて、新インターン向けのガイダンスが続いている。


土日月水と、3つのサイトのインターンが合同で集まったり、各サイトごとで
集まったり、いずれも終日のプログラムだ。


今週水曜日、ベイエリアのEmeryvilleにある最も新しい施設に
全員が集まって2度目の全体ガイダンスがあった。
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CEOのNaderのレクチャーの時間に、こんなことがあった。


僕たちインターンは、毎週、水曜日にトレーニングに参加することになっている。
実は、去年までは、各サイトで独自に行っていた。


CEOのNaderは、今年から、それをサイトごとではなく、すべてのインターンが
全員で一か所に集まって、同じクオリティのトレーニングをしたいと思っている。


その場所をどこで催すのか、それをここで決めたいと言うのだ。


トレーニングを各サイトで行うと、良くも悪くも、各サイトで差が出てきてしまう。
クリニカルディレクターのAninが仕切るサンフランシスコは、素晴らしく充実していた。
そころが、他のサイトは今ひとつだったようだ。


今回、Aninがポジションを降りるので、これを機に、
Naderが全体を仕切り、一か所で行いたいというのだ。


サンフランシスコからベイエリアに行くには、時間帯にもよるが、
1時間を見ておく必要がある。


橋を渡る通行料に自動車だと毎回6ドル払わなくてはいけない。
Bartを利用しても、往復6ドル強かかる。


当然、一人ひとりの置かれている状況は異なるので、
40人の意見を聞いていったら、まとまらないだろう。


僕からすれば、そういうことは初めから決めておいて、
それを前提にインターンを採用すべきだったと思うのだが…。


もちろん、NaderはCEOなのだから、こういうことに決定したので全員従うように、
という決め方もできる。


でもそれは、ビジネス的ではあるけども、サイコロジー的じゃない。


Naderは、この場でプロセスをしようと、と言った。


全員が大きく円になるようにと彼は言った。


そして、この件について意見を言いたい人は手を上げて一歩前に出て発言する。
ここで大事なのは、意見は、個人としてではなく、“役割”あるいは“立場”として言う、
ということだ。


だから、周囲も、それは個人の意見ではなく、役割の意見として受け止める。


その意見を言った人を、ファシリテートするNaderは、円の中央に配置していった。
同じ意見の役割は同じ側に経ち、対立する役割の人は向き合うことになる。


周囲で観ている人も、意見に刺激されると、手を上げて、「自分はこう思う」と、
そういう意見を持った人の「役割」として円の中の配置に加わった。


ちなみに、一番最初に、意見を言ったのはNaderだ。
CEO件クリニカルディレクターと言う「役割」で発言した。


「施設がもっとも新しくて、最新の機材が整っていて、スペースも広いEmeryvilleの
サイトに全員が集まるのが一番良いと思う」


それを踏まえて、侃侃諤諤いろいろな意見が出た。


「人数が多いのだから、サンフランシスコでやるのが自然の流れだ」
「人数が多いからだけで決めるのはフェアじゃない。移動にはコストがかかる。
その負担をベイエリアの僕たちだけが強いられるのか」
「サンフランシスコでは駐車場を見つけるのだって大変だろう」


「テレビ会議を使えば移動する必要はない。三つの場所に分散しながら出来る」
「いや、3つの場所に分散しているメンバーが一堂に直接会して情報交換を
することに意味があるんじゃないか」
「俺はみんなに会うということにコストをかけたいとは思わない。
既に、水曜日のこの時間を空けることに多大な犠牲を払っている。
人数の多いサンフランシスコでやるのが全体としてフェアだろう。」


「毎回、会う場所をローテンションで回すのはどうか」
「毎回、会う場所がどこかを覚えておくのは、心理的負担が大きくて、現実的じゃない」
「移動のコストは、Pacific Instituteがシャトルを走らせるべきじゃないか。
そのぐらいは可能だろう」


「ちょっと待て。さっきからの話は、プロセスではなく、解決策の話だ。
役割としての意見は既に出揃ったのか?」


「レジデントやスタッフの視点からはどうなんだろう」
「例えば、この中に健康上などのプライベートな理由で、毎週の移動が困難だと
言う人がいたら、その意見も吸い上げるべきなんじゃないか」


「意見が出そろったのなら、いよいよ解決策に移ろう。
リストアップするので意見を出してくれ」


そして、僕たちは8つの意見を出し、多数決を取った。


その多数決のやり方についても、一人何回まで手を上げることが出来るのか、
細かく、質問や意見が出た。


一人3回まで手を上げることができるとして、僕たちは議決を取った。


最終的に、2つの意見に絞り込み、再度議決を取ろうと言うことになった。


22人と圧倒的に多かったのが、
「サンフランシスコで開催する。その際、ベイエリアからはシャトルバスを走らせる」


かなり差があって、9人の次点だったのが、
「4か月ごとに、勉強会の場所を変える。ベイを渡る移動にはシャトルバスを使う」


僕たちは、その二つに絞って、もう一度、多数決を取ろうとした。


すると、再び、あるメンバーから声が上がった。


「この二つで決をとったら、人数の多いサンフランシスコでの開催に決まるのが
目に見えている。フェアじゃない」


フェア…。


アメリカ人は、総じてフェアと言う概念にとても敏感だ。とても大切にしている。
でも物事を決めるとき、最終的にどこまで条件を揃えたらフェアと言えるのかは、
なかなか判断が難しい。でも、彼らのこの姿勢は見習いたいと思った。


ちなみに、最後のこの意見には、インターンから賛否が出たのだが、
結局、Naderはその意見を受け入れた。そして、この2つの意見を軸に、
決定はマネジメント側に任せてくれないか、と提案した。


というのも、勉強会をどこで開くかは、インターンだけの問題でなく、
準備をするスタッフの調整が必要になる。シャトルバスを走らせるのも同様だ。


インターンたちはそれを了承した。
1時間余りのこのプロセスに疲れ始めていたというのもあったかもしれない。


僕には、合理性とスピードを重んじるビジネスの世界とは少し違った、
“手続き”を丁寧に積み上げていく意思決定の仕方が新鮮だった。


プロセスを踏む、とは多大な労力と時間を要する。
でも、そこに意義を見出すのが、カウンセリングを学ぶ人たちの世界だ。
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子供と老人

ホスピスとは、余命半年以内と医学的判断を下された人に提供される
終末期ケアサービスのことだ。


今回、新しく来たインターンの中に、ホスピスのボランティアを
公共医療施設で3年間している人がいる。


Pacific Instituteに来る前は、子供とその家族を対象にしたAgencyで
2年間、インターンをしていたそうだ。


月曜日、週末から連続してPacific Instituteで、新インターン向けの
オリエンテーションが行われたのだが、そのお昼休みに、
彼は僕にこんなことを言った。


成長過程にいる子供と、認知症の老人には重なるところがある。


それは…、


子供も認知症の老人も、日々の生活の中で起こる感情的な起伏や欠乏感を
自分で埋め合わせることがなかなかできないということだ。


僕たち成人している大人は、それが出来る。


例えば、気分が滅入ったら、気分転換を自分ですることが出来る。
海を見に行ったり、ジムに行ったり、友だちに話を聞いてもらったり、
気晴らしに高級レストランに行ったり、お酒を飲んだり、映画を見に行ったり…。


それが出来ない人たちは、どうすればいいのだろう。
身近な人に感情をぶつけて発散させるしかないんじゃないだろうか。


…。


彼はこんなことも言った。


成長過程にある子供と、認知症の老人は、
昨日と今日が同じ状態だと期待してはいけない点も共通している。


子供は成長は早い。日々、変化していく。
だから、昨日と今日が連続しないことが起こる。歩けるようになったり、
話すようになったり、人見知りをするようになったり、反抗するようになったり、
変化が突然やってくることがある。


一方、認知症は日々進行していく病気だ。
認知症の老人は、ある日、昨日までの記憶をすっかり失ってしまうことがある。
ホスピスとして、あれほどお世話にをして、仲良くなって、少しずつ色々な話をして、
知り合ってきた自分の記憶が、ある日を境に、その人の頭から消えてしまう。


そういうことが起こりうると頭でわかっていても、実際にそれが起こると、
なかなか辛い経験た。


あるいは、ホスピスの患者の場合、別れた直後に、急に体調を崩して、
その翌日に亡くなってしまったケースも多々あったそうだ。


彼は、子供へのセラピーの経験、あるいはホスピスのボランティアの経験から
こんなことを学んだそうだ。


彼らに対して今すべきことは、今しないといけない。けっして先延ばししてはいけない。
いまお願いされたことは、今してあげないといけない。後でしてあげようと
思ってはいけない。明日は、今日と同じ日ではないから。


よくよく考えてみたら、


大人の僕たちだって、日々、変化している。
僕たちが今日すべきことを、明日に延ばした時、僕たちがそれを実行できる保証は、
実は、ない。昨日の僕と今日の僕は同じじゃないし、明日、何が起こるか
分からないのだから。


子供、老人、認知症や終末期ケアのクライアント…。


“効率”という世の中の枠組みの外にいる人たちから
僕たちが学ぶことは、とても多い。

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自分の“感情”を味わう

月曜日、GloriaとのSupervisionで、旧インターンと新インターンとの間で
感じている感情の葛藤について触れたら、笑顔で「おめでとう」と言われた。


「あなたは、旧インターンにAttachmentを感じているわけでしょう?
それって、素敵なことじゃない?」


Attachment(愛着、執着)…。


愛着することによって、喜びや悲しみの感情の揺れ幅が大きくなる。
だから、これまで出来る限り愛着を減らして、感情の幅を一定に
保てる自分であれるように努力をしてきたはずだった。


自分の感情の揺れをコントロールできることが、
成熟した大人の条件だと思っていた。
少なくとも日本では。


でも、いま僕は愛着を感じている。


翌日の火曜日、CIISのHakomiのグループワークで、
クライアント役になった時、同じ話題をテーマにしてみた。


ワークの後に、クラスメートからこう言われた。


「インターンとコミュニティとの別れに対する、TJのGrief(悲嘆)が伝わってきたわ」


Grief(悲嘆)…。


そうか、僕はいま悲嘆しているのか…。
気づかなかった。


実は、2週間前の土日に催されたPsychological Death and Dyingのクラスでは
Greiving(深い悲しみ)をメインに扱った。


Grief体験を涙ながらにシェアするクラスメートの輪の中に
なかなか入っていけない自分を感じていた。


その理由は、僕は、自分のこれまでの人生でGriefを感じたことが
ほとんど無いからだろう、と勝手に判断していた。


でも、もしかしたら、ただ否定していただけかもしれない。
その感情を抑圧することで、Griefに浸るような“弱い自分”を
認めたくなかっただけなのかもしれない。


僕はいま悲嘆を感じている。
クラスメートのコメントを聞いて、そう思った。


月曜日のセッションの最後に、Gloriaが言った言葉を思い出した。


「あなたは、ずいぶん変わってきているのだと思うわ。
ここアメリカで暮らすことによって…」


確かに、そうなのかもしれない。
気づかないうちに、僕も、いろいろ変わってきているのかもしれない。

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Pacific Institute サンフランシスコサイトのガイダンス

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土曜日に続いて、日曜日はサンフランシスコサイトの新メンバーによる
ガイダンスがあった。場所は、いつものLaguna Grove Careのビルディングだ。


このメンバーがコアとなって、これから一年間、サンフランシスコサイトで一緒に
活動をしていくことになる。僕の場合は半年だけど。


昨日よりも、もう少し突っ込んだ他者紹介の時間があった。


元裁判官だった人、元検死官だった人、ホスピスで長くボランティアをしていた人、
ミュージシャンとしてプロのバンドで活動をしていた人…、多様なバックグランドを持った
未来のセラピストたちだった。


お昼には、近くにある公園、アラモスクエアへお弁当を持って出かけ、
皆で一緒に食べた。
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昼食後は、二人組になってブラインドウォークをした。目隠しをして、20分間、
パートナーに導かれて公園内を散歩するのだ。


信頼がいかに大切か。
それは、インターンとレジデントの関係をイメージさせる体験のワークだった。


昨日のガイダンスで、Naderはこんなことを言った。


体験が大事だ。体験の後に言葉が来る。体験の伴わない言葉をいかにたくさん頭の中に
積み上げたところで、人生に何の違いもつくらない。時に、言葉を先に学ぶことで、
体験からの気づきや洞察が制約されることもある。体験を大事にして欲しい。


思えば、イレギュラー採用だった僕は、Pacific Instituteでガイダンスも、
事前研修も全く受けずにプラクティカムに突入した。初日にいきなりクライアントを
紹介されて、プラクティカムに突入した。まさに体験から入った。


でも、僕が恵まれていたのは、周囲にAninをはじめ、
既に貴重な経験をたくさん積んで、常にオープンな態度で、親身に接してくれる
インターンの仲間たちがいたことだ。


「わからないこと、不安なことがあったらいつでも聞いてね」


みんなそう言ってくれた。


とてもありがたいことだった。


自分より優秀な仲間に囲まれていると、キャッチアップも自然と早くなる。
僕は遠慮なく、たくさんのことを質問し、彼らからたくさんの生きた知恵をもらった。


今回のガイダンスや勉強会でも、色々なことがスッと自分の中に落ちてくる。
体験が先にあるからだろう。


先に言葉(つまり、知識)を習わせて、体験を後から積ませようとする。
それが今の教育だ。


体験を先に積ませることのメリットは、もっと強調されて良いのかもしれない。


夕方4時にガイダンスが終わった。
充実した一日だった。


でも…、


すぐに疲れがどっと出た。
皆が去った屋上で、しばらく一人ボーッとしていた。


ベンチに座って海を見たいと思った。
僕は、Mission StreetからDown Townを通り抜けて、Ferry Buildingに向けて自転車を飛ばした。


良い天気だった。風が気持ち良かった。
僕はベンチに座って、しばらく海と往来するフェリーを眺めた。


なぜこんなに疲れたのだろう…。


すぐに思い当たった。


僕は今、悲しさと楽しさが、入り混じっているのだ。
海水と淡水が混ざる、河口の汽水域のように。


あと2週間でお別れとなる2009年度のインターンへの“Good bye”は、とても寂しいことだ。
今の時間を惜しみながら一緒に働いている。その想いがベースにある中で、
2010年度のインターンの“Welcome”をする。


2010年度のインターンは、当然のことながら、期待と不安に胸を膨らませている。
エネルギー値がとても高い。それに合わせて、僕も自分のエネルギー値を
無理やり押し上げている。


だから、疲れるのだろうと思った。


現在の時間への執着と、変化への抵抗と、新しい出発の期待と興奮と、
戻らない時間の寂しさと悲しさと…。同時に巻き起こる色々な感情を
体験しながら、日々を過ごす。


これも、心理学的に貴重な経験なのだろう。


もうしばらく、この状態は続きそうだ。

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新しいインターンのガイダンスが始まる

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先週の土曜日と日曜日、Pacific Instituteで新しいインターンへのガイダンスが始まった。
8月1日から新しいメンバーでインターンがスタートするのだ。


Pacific Instituteのインターンは、通常、8月からスタートする。
僕は例外的に一人だけ今年の1月にインターンをスタートさせたので、
去年のガイダンスには参加していなかった。


ぜひ参加するようにとスーパーバイザーのAninから言われた。


土曜日のガイダンスは、Pacific Instituteの3つの施設のうち、
サンフランシスコ郊外にあるEmeryvilleの施設で行われた。
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この施設は、1月にオープンしたばかりだ。
125室、最新鋭の設備、施設内にジムやカフェもあり、空間も贅沢に
使われている。
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廊下も部屋も広く、明るく、植物や花、絵やオブジェも贅沢に使われている。
まさに一流ホテルと言った雰囲気だ。
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それは、日本で言う“老人ホーム”のイメージからは、程遠いものだった。
未来の施設は、こういう風に変わっていくのかもしれない。


今回のガイダンスでは、Pacific Instituteの3つの施設に採用された
インターン約40名が一堂に会した。そのうち、僕の通うサンフランシスコが
22名と一番多かった。


みんな興奮と期待と不安に入り混じった表情をしていた。
その中には、CIISで見たことのある顔も、いくつかあった。


ガイダンスは、Pacific Instituteのファウンダーで、CEOでもあるNaderと、
クリニカルディレクターで、僕たちのスーパーバイザーでもあるAninが進行をした。


Aninのパートでは、僕たちは二人組やグループに分かれて、
お互いを知るためのゲームをした。


最後に、Expressive Arts Therapyのアクティビティの一つだと思うのだが、床の上に
“Land of Hopes”、“Land of Fears”とセンターに書かれた大きな用紙を二枚広げて、
サンドプレイのオブジェを使って、自分の現在の感情を表現するワークをした。
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一方、Naderのパートでは、Pacific Instituteの歴史、哲学、
そして、彼が大切に考えているセラピーのアプローチについて話があった。


彼は、最後に、リルケの本から一節を紹介した。
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我々は、愛することを一生をかけて学んでいく存在…。
だから、愛することの失敗を恐れてはいけない。


そんな内容だった。


愛を学ぶPacific Instituteの新しい旅がいよいよ始まった。
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Pacific Instituteの卒業式

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水曜日、Pasific Instituteのビルディングの最上階にあるRoof Topで
インターンの卒業式が催された。


16名のインターン。


僕以外のインターンは、去年の8月からインターンをスタートさせている。
僕は、特別に今年の1月からインターンをスタートさせたので、
まだ半年、期間が残っているのだけど、一緒にお祝いをしてもらった。


毎年、インターンを見続けてきたAninにとって、今回のメンバーは特に
思い入れが深かったらしい。


確かに、とても粒が揃っている。個性は強いし、才能も違っているのだけど、
貢献意欲にあふれていて、まとまりがある。


信頼関係で結ばれていて、ここには、コミュニティの一つの理想形があると思った。


Aninは、皆を前に言った。


「去年、あなたたちを面接した時、一人ひとりの中に、
私が一緒に働いている姿が見えたの。共に歩む未来が見えたの。


不思議だと思わない?


だから、あなたたち一人一人を採用するのに、一切、迷わなかった。


卒業後も、何らかの形で関わっていくことになるメンバーだと確信しているの」


一人ひとりの名前が呼ばれた。そして、Pascific Instituteの卒業証書と、
Expressive Arts Therapyのトレーニング証明書の2枚が手渡された。


名前を呼ばれた人は、その卒業証書を受け取ると、こちらを振り向く。
その時、僕たちはその人の長所と思われる資質、美点を声にして投げかけた。
承認のシャワーだ。


みんな照れながらも良い表情をしていた。


最後、Aninは僕の名前を呼んだ。


「あなたには、まだ半年残っているから、卒業証書は渡せないのだけど、
ぜひ、みんなと一緒にお祝いしたいの。


私は、あなたを一人だけ、1月にイレギュラーに採用した。
実は、あなたに会う前、私は迷っていたの。


途中から既に半年間先にインターンを始めている仲間の中に入ると言うのは
とても大変だろうし、トレーニングの進捗にも差があるだろうから、
どうかな、と。


でもね、あなたに会ったときに、確信したの。
あなたは絶対にここにいる人だって。


どう、私の直感は間違っていなかったでしょう?」


Aninが笑顔でそう言うと、全体から拍手が起こった。
そして、他のメンバーの時と同様に、僕の長所について承認の声が飛んだ。


いろいろな声が飛んだけど、誰かがPatient(忍耐強さ)と言った時と、
Dedicated(熱心さ、ひたむきさ)と言った時に、全体が特に大きく頷いたように思った。


忍耐強さと熱心さ…。まさに日本人の伝統的な美徳じゃないか。
改めて、僕は自分の中の“日本”を実感した。


それから…、


Aninが、7月いっぱいですべての業務を降りることが発表された。
8月以降は、月に一回、Expressive Arts Therapyのトレーニングを担当するだけだ。
インターンのスーパービジョン業務からも一切手を引くことになった。
だから、僕のスーパーバイザーも打ち切られることになる。


事前に耳には入れられていたけど、Aninは、誰もが認める素晴らしい
スーパーバイザーで、人間としても本当に尊敬できる人だったので、
やはり一抹の寂しさを感じた。でも、彼女の置かれている状況も理解できた。


午後4時から1時間半程度催された、ささやかだけど、温かい卒業式だった。


来月、8月1日から22名の新しいインターンがやってくる。
残り半年間、これまでの半年とはまったく違う人間関係の中で
僕のPacific Instituteでのインターンライフが再び始まる。


すべてが変わっていく。
でも、振り向いてばかりいられない。


記念のプレゼントに、全員に配られた金属製の名刺入れには、
“Warriors of the Heart(心の勇士だち)”という文言が彫られていた。
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Psychodynamics(サイコダイナミクス)とGestalt Therapy(ゲシュタルトセラピー)

僕がスーパービジョンに通っているGloriaの専門は、
“Psychodynamics(サイコダイナミクス)”だ。


一方、


僕がセラピーに通っているHelgeの専門は
“Gestalt Therapy(ゲシュタルトセラピー)”だ。


両者の違いはと言うと、


Psychodynamicsは、クライアントの過去や無意識を深く探るアプローチで、
Gestalt Therapyは、クライアントの、いまこの場における体の感覚にフォーカスする
アプローチだ。


Psychodynamicsは、“深層意識にある過去の出来事”に焦点を当て、
Gestalt Therapyは、“今この瞬間の感覚と感情”に焦点を当てる。


だから、両者のアプローチは全く違う。
なのに、なぜ、両者が共に心に機能するのか疑問だった。


例えば…、


Psychodyanamicsのアプローチとは、
自分に影響を与えている過去の出来事を意識の深層に探っていくことだ。
そこで自分が抑圧していた何かを発見し、それを意識に上らせることによって、
深層に抑圧された記憶の影響から自由になることができる。
あるいは、それを抑圧するために費やしていた莫大な心的エネルギーを
解放させることができる。


そのプロセスで治癒が起こると考える。


一方、


Gestalt Therapyのアプローチとは、
今この瞬間の体の感覚に焦点を当て、感情を探っていくことだ。
体のどの部分に、どんな感覚を感じるか。息が詰まる感じなのか、胸が苦しいのか、
お腹の辺りに違和感があるのか。まずはその感覚をしっかり掴む。


そして、その感覚からどんなイメージが湧くか、何が連想されるか、辿っていく。
そのプロセスで、自分の中にあるいろいろな層の感情に触れることになる。
最終的に、自分の真の感情に触れることができる。


それによって治癒が起こると考える。


Gloriaとのスーパービジョンで、セラピーのような個人的なテーマを
扱うこともある。だから、月曜日のGloriaとのセッションと、続く水曜日の
Helgeとのセッションで、同じテーマを扱ったこともあった。


その経験から、セッション終了後の感覚を言うと、
両者にはこんな違いがある。


Psychodynamics(サイコダイナミクス)のGloriaとのセッションでは、
そういうことだったのかと言う、その問題に対しての視点の転換がある。
自分の“問題”に対するコントロール感、あるいは自分の“テーマ”に対する
納得感が手に入る。


Gestalt Therapy(ゲシュタルトセラピー)のHelgeとのセッションでは、
当初、問題と思っていたことが、実は問題では無かったことに気づく。
問題そのものよりも、問題に対する自分の反応パターンに気づくことで、
不思議なのだけど、問題が消えてしまう。それによって、気持ちが軽くなる。


実は、この件について、今週のセッションで、Helgeにいろいろ尋ねてみた。
上に書いたことは、その中で明確になってきたことだ。


Helgeは、こんなことも言った。


「深く探るのは、過去の出来事や意識の深層ばかりではない。
感情を深く探っていくことでもある。感情を深く探るとは、
自分が最も傷ついている部分を探ると言うことでもある」


「クライアントの意識を体の感覚に向けさせることによって、
クライアントは、思考に邪魔されずに、自分の感情にダイレクトに
アクセスできるようになる」


Psychodyanmicsは、心の底を探っていく感じがする。
底に向けて、思考を重ねていく。


Gestalt Therapyは、心の奥を探っていく感じがする。
奥に向けて、感情を辿っていく。


これらの二つのアプローチを上手に組み合わせることができたら、
心の“奥底”に効果的に迫ること出来るのかもしれない。


いや…、ちょっと単純化しすぎかもしれない。


このテーマ、引き続き、考えて行きたいと思う。

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セラピストとコンサルタント

このブログでも何度か触れてきたことだが、通常、セラピストはクライアントと
セラピールームの外で会うことはしない。ほぼ、絶対にしない。


その理由はたくさんあるのだが…、


簡単に言うと、セラピストとクライアントとの関係がセラピールームの中だけに
限定されることで、初めて可能になる種類の会話があると言うことだ。


日本でのビジネスコーチや経営コンサルタントの仕事では、僕の知る限り、
そうではなかった。仕事の場を離れてクライアントと飲食をともにすることは、
信頼関係を深めたり、情報収集をしたりする上でとても大切なことだった。


だから、最初はその違いに驚いた。


さて、


今週だけ、Gloriaとのスーパービジョンがいつもの月曜日ではなく、
火曜日の今日、あった。


そこで、セラピストがクライアントの間に引くBoundary(境界線)の話が出た。


Boundary(境界線)とは、冒頭に書いたような、プロフェッショナルとして
クライアントとの間に引く一線のことだ。


他にも、クライアントの体に触れないとか、セラピストのプライベートな情報を
不用意に開示しないとか、そういうことも含まれる。


ところが、


通常のセラピーと違って、僕がプラクティカムで対象としてる後期高齢者や、
ホスピスケアの患者、HIVや末期癌患者をクライアントにしているセラピストには、
例外がたくさんあって、Boundary(境界)をより柔軟に設定し、運用する必要がある。


例えば、僕の場合だと、クライアントとカフェでコーヒーを一緒に飲んだりするし、
スキンシップも取ったりする。あるいは、クライアントのご家族の自宅に招かれ、
食事をご一緒したこともある。通常のセラピーでは、そういうことはしない。


Gloriaの場合だと、癌と闘病中の女性クライアントから、どうしても自分の結婚式に
出てほしいと依頼されて、式にだけ参加したことがあるそうだ。


さて、このGloriaの例から、僕にとって、ちょっと興味深い話になった。


Gloriaは、その式で、自分がセラピストということは明かさずに、
控えめにその場にいたそうだけど、当然、その場でクライアントの家族と会うことになる。


それによって、クライアントとのセッションの中で、名前だけを知っていた人たちと
実際に会うことになる。すると、セッションに登場してくる人物の顔と名前が一致する。
面識を持つことで、彼らの雰囲気がわかり、相当量の新しい情報を得ることになる。


その情報を得たことが、セラピーを進めるにあたって、果たして良いことなのか、
あるいは、悪いことなのか…。


ここに考えるべきポイントがある。


Gloria曰く、それ以降のセッションでは、何かが明らかに変わったそうだ。


実際に彼女の家族に会ったことで、セッションの中でクライアントがする
家族の話題に、自分の価値判断、つまり、バイアスが働くようになった、
ということだった。


以下もGloriaの言葉だが、


セラピストの仕事は、クライアントの視点を通して、クライアントの価値判断を通して、
クライアントを取り囲んでいる風景を一緒に観ることだ。


それは、クライアントが提供する情報に基づいて、クライアントの世界を純粋に
体験しようとすることだ。


それによって、クライアントを力づけ、クライアントが自分の力で物事を
判断できるようにサポートすることだ。


ところが、


セラピストがセラピールームの外で得た情報によって、自分の価値判断を
働かせることは、クライアントの視点で純粋に風景を眺める際の邪魔にしかならない。


情報ソースを出来るだけ多様に、広範に持つことで、物事を出来るだけ
正しく客観的に捉えようとするビジネスコーチや経営コンサルタントの仕事とは、
大きな違いだと思った。

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Psychological Death and Dyingのクラス

先週末からPsychological Death and Dyingのクラスが始まった。


日本語に訳すと、「心理学における死と臨終」。
いかにも、おどろおどろしい名前だ。


僕は、プラクティカム先のPascific Instituteで、
人生の最終ステージにいる人たちと接しているので、とても興味のあるテーマだ。


さらに、事前の課題図書がとても素晴らしかった。
“Staring at the Sun overcoming the terror of death”


スタンフォード大学の名誉教授でExistential Psychotherapyの泰斗、
Irvin Yalomの新著でもある。


彼が、その豊富な臨床経験において、死と直面し、死を恐怖するクライアントと
いかに向き合ってきたのか、平易に書かれている。更に、Yalomが自身の死を意識している。
70代後半となった彼は、本の中で自身の体験を通しての知見も述べている。


さて、このクラス、週末の土日を丸々使ったクラスが、2回行われる。
一週目だけ、金曜日の夕方2時間がガイダンスとしてプラスアルファされる。
2週間分の土日を使った4日間と2時間のクラスだ。


インストラクターの名前は、Alessandra。
ニューヨークでこの分野を専門にしているイタリア人の女性だった。
40-50才ぐらいだろうか。


ものすごく柔らかい雰囲気で、笑顔が素敵で、誰のコメントもしっかりと受け止めて、
とても自然体の人だった。


今週末の金土日と、クラスの前半が終わった。


テーマがテーマだけに、というのもあったのだろうし、インストラクターの
醸し出すクラス全体への安心感もあったのだろう。初日のガイダンスの時間から、
たくさんの個人的なシェアがあった。


夫が末期癌で闘病生活を送っている。
今年に入って近しい友人が自殺した。
12歳のときに母親が自殺した。
16歳のときに父親が自殺した…。


そういうこともあったせいか、


最初の2日間のクラスの前半は、クライアントの“Grieving Process
(クライアントの深い悲しみをどう癒していくか)”に関するアプローチがメインだった。
つまり、最愛の人を失ったクライアントに対してどう接するか、ということだ。


個人的には、


死とはいったい何か。
そして、僕たちが個人として死とどう向き合うのか。
最後に、クライアントが死と向き合うのをどうサポートするのか。


ということに、より興味があった。


だから、個人のシェアはとても貴重なのだけど、全体として死について議論が
深まっていかないことに多少フラストレーションを感じていた。


自分の死を扱うこと、
他者の死を扱うこと、
誰かの死を悼む人の悲しみを扱うこと…、


もしかしたら、それらは、それぞれ別のテーマなのかもしれない、と思った。


しかし、考えてみたらこのクラスは、僕にとっては選択科目だ。
僕の所属するIntegral Counserling Psychology(ICP)のクラスではなく、
East and West Psychology(EWP)のクラスだった。


20人いる生徒のうち、ICPのクラスの生徒は4名のみ。


ICPの生徒は、日頃、こういう雰囲気の中を生きている。
これまでも、多かれ少なかれそれぞれがクラスで自分の問題を扱ってきている。
だから、結構、いろいろなことが完了していたりする。


でも、EWPの生徒はそうではない。こういう場が人生において
持てなかったのかもしれない。


そう思うと、自分の誰にも組み取ってもらえなかった深い悲しみを
この場に吐き出すことは仕方ないのかなとも思ったりした。


さて、


日曜日のクラスの後半、末期がんのようなホスピスの患者に対して
どう接するのか、という話になった。


ちなみに、そういうケースに接しているのは、クラスの中では、どうも
インストラクターのAlessandraと僕だけのようだ。


彼女は言った。


ホスピスにおけるセラピーの最大の目的は、“Meaning making Process”。
つまり、クライアントの人生の意味を一緒に考えること。
そして、クライアントの願望を満たしてあげること。
最終的には、一人の人間として彼らに向き合うしかないのだと。


彼女は、最後にこんなことを言った。


「ホスピスでは、昨日別れ際には元気だったクライアントが今朝亡くなった、
ということはよくあることなの。最初はね、残された自分のクライアントへの想いを
どう扱っていいのかわからなかった。とても苦しかったわ…。


今はね、毎回のセッションが、これが最後になるかもしれないという思いで臨んでいるの。
そして、別れ際には、心の中でこれが最後になるかもしれない、と思いながら、
お別れを言うの」


彼女のコメントは、すべて、僕がPacific Institueで学んでいることばかりだった。


夕方5時にクラスから解放された。


僕は、改めて、Pacific Instituteの一人ひとりのクライアントの顔を思い浮かべた。
そして、レジデントが僕に教えてくれているたくさんのことに感謝した。

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Psychological Research and Assessmentのプレゼンテーション

この夏セメスター、


僕は必修科目の“Psychological Research and Assessment”を履修している。


心という主観の世界に、いかに客観的な科学の基準を持ち込めるか、
ということについて、その実際と可能性と限界と…、そういうものを学ぶのが
クラスの目的のひとつだ。


ちなみに…、


このクラスは、CIISに来るような生徒にはあまり人気がない。
その多くがアセスメントやリサーチ、それに伴うデータの処理に興味関心が薄いのだ。
ちなみに、僕もその一人だ。


このクラス、夏は集中講義の形式になっているので
週2回、それも18時から21時という時間帯に催される。


最初の頃、僕はとても退屈だったし、眠かった。


ところが、僕はだんだんこのクラスが好きなった。


理由は、内容というよりも、インストラクターの人柄だ。
彼の名前は、Fred。ひげを蓄えた老先生だ。


彼は、生徒がこの科目を苦手に思っていることは百も承知だ。
だから、生徒にいかに興味を持ってもらえるか、毎回、とても努力をしてくれている。
それが伝わってくるのだ。


いくつになってもそういう姿勢でいる。大いに見習いたいと思う。


さて、先週、このクラスがようやくとひと山が超えた。


僕は火曜日にファイナルペーパーを提出し、木曜日にプレゼンテーションを終えた。


生徒は、サイコロジーの分野でいろいろ作り出されているリサーチ方法、
あるいはアセスメント方法を調べて、それについてプレゼンをすることが課せられる。


僕は、Fredから提示されたいろいろなテーマから、
“Personality”のジャンルにあったセリグマン博士の“Core Strengths”を選び、
それについてプレゼンテーションをすることにした。


毎度のことならが、プレゼンテーションの骨格を明確にし、伝えるべきポイントを
絞り込み、ユーモアとテクニックを駆使して作り込んだパワーポイントは、
大変、評判が良かった。今回も、絶賛され、A+の評価がFredから送られてきた。


さて、僕が基本文献とした、
セリグマン博士の“Character Strengths(性格の強み)and Virtue(徳性)”は、
人がより幸せになるためにはどのような性格と徳を持っている必要があるか、
ということを明らかにした本だ。


セリグマン博士とその仲間たちは、まず西洋と東洋の代表的な哲学書、
宗教書を調べた。西洋では、ギリシア哲学、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が
その対象になり、東洋では、中国の儒教と老荘思想、インドのヒンズー教と仏教が
その対象になった。


彼らが世界を代表するそれらの哲学書、宗教書から抽出したVirtueは以下の6つだ。


1. Wisdom and Knowlede(知恵と知識)
2. Courage(勇気)
3. Humanity(優しさ)
4. Justice(公正さ)
5. Temperance(自制心)
6. Transcendence(畏敬の心)



セリグマン博士たちは、ストレングスファインダーのギャロップ社の協力も得て、
最終的に、これらの6つの基準に当てはまる24個の“Character Strength”を抽出した。


ストレングスファインダーとの違いは、それがビジネスや仕事のフィールドに特化した
強みを抽出しているのに対して、Character Strengthsは、人生全般の幸せに
着目している点だ。


実は、この“Character Strengths and Virtue”の調査は、Positive Psychologyという
セリグマン博士が中心となって提唱している新ジャンルのサイコロジーの学派から
生まれている。


その目的は大きく2つある。


一つは、従来はネガティブな側面に焦点を当てがちだった
カンセリングサイコロジーの知見を、よりポジティブな側面に活かし、
人々がより健康的で幸せな生活を送るために役立てるということ。


もう一つは、人間の幸福や幸せに焦点を当てつつも、マズローやロジャースなどの
Humanistic Psychologyと違って、それが距離を置いていたデータによる立証的な
アプローチを重視していること。


セリグマン博士がPositive Psychologyについて説明している
1分間のショートムービーがあった。



彼が言うように我々が幸せになるためには、何がその要素なのかを
調べる必要がある。それはおそらく、我々の生き方、そして、我々の性格に
起因しているはずだ。


その問題意識から、アセスメントが生まれている。
そのテストは、無料で、且つ日本語で出来るので、興味のある人は
試してみても良いかもしれない。ただし、240問もある。
30分ぐらいかかるかもしれない。


もちろん、僕もやってみた。
そして、こういうテストを受けた後でいつも思うのが、
それを知った後にどうするのかということだ。


強みを知ったあと、満足してそれで終わりか。
あるいは、何でもいい、自分の在り方や言動に小さな変化を起こせるか。


実は、その瞬間にも、あなたの強み(あるいは弱み)は試されているのだ。

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友人たちからの示唆

「アメリカに残るか、日本に戻るか」に関して、自分の中に起こった
いろいろな想いについては、 CIISの友人たちにもいろいろな示唆をもらった。


そして、それらの示唆は、「本当に自分が何をしたいのか」ということを
誠実に自分に問い続ける、ということに集約されていたように思う。


ある友人はこんなことを言った。


「一般的に、“成功”という言葉を使うとき、
それは他人の尺度で自分の人生を測ろうとしていることが多いのよね。


TJにとっての成功とは、自己基準、それとも他者基準?」


ある友人はこんなことを言った。


「CIISの次は世界の旅に出る?


TJのしていることは、まさに神話学者ジョセフ・キャンベルが言う神話の世界だね。
若者は、旅に出る。人を助け、人に助けらる。龍や魔物に出会い、闘い、
艱難辛苦を経て、何かを得て、やがて故郷の村に帰還する。


世界中のすべての神話がこの骨格に基づいているらしいよ。


でも、神話に照らし合わせるまでもなく、貴重な経験を積んで日本に帰ることは、
とてもクールだし、素晴らしいことだと思うんだけど…。


TJにとって、日本に“戻る”という言葉が、何かネガティブな響きを
与えてしまうのかな。


でもね、要は、今の価値観でそうなのかもしれないというだけのことだよ。
これから、TJが世界を見て、色々な人や文化に触れるとまた世界が広がる。
おそらく、今と同じ価値観じゃない。 その時に、本当に見えてくるんじゃないかな。
TJの人生と、日本と世界の関係、そして、それらの意味が。」


ある友人はこんなことを言った。


「僕は、インドのChennaiという場所にあるアシュラムに修業に行ったことがあるんだ。
そこで、グルと言われる人に猛烈に質問をした。


それは、もう色々なことを知りたかったからね。


でも、彼の答えのエッセンスはいつも同じだった。
“Dhalma、つまり、あなたの人生における真の目的に気づくことが出来たら、
すべての悩みは解決する”」


真の目的のことを、Dharma(ダルマ)と言うそうだ。
インドで言うダルマとは、仏教のダルマとは、少し意味が違うそうだけど。


以来、色々な経験を積む中で、彼は自身の行きついた考えを説明してくれた。


Dharmaには2種類ある。


“Primaly Dharma”と“Secondary Dharma”。


“Primaly Dharma”とは、本当の自分を知り、その自分に誠実に生きること。
自分に誠実に生きるプロセスで、“Secondary Dharma”が明らかになってくる。
つまり、自分にとっての最愛の人、家族、友人、あるいは取り組むべき仕事が
明らかになる。


その友人は言った。


「CIISは、“Primaly Dharma”を探究するに最もふさわしい場所だよ。
話を聞いていると、TJはまさに、辿るべき道を辿るべきタイミングで
歩いていると思ったよ」


自分がいま歩いている道を信じる。


シンプルだけど、忘れがちな心構えだ。


今週、僕は、色々な場所で、たくさんの素敵な言葉に恵まれた。


追伸)
神話学者のJoseph Campbell(ジョセフ・キャンベル)について、
こんな日本語のビデオを発見した。


そこには、


「重要なのは目的地ではなく、人生という旅そのものである」


という彼のメッセージがあった。

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“どういう生き方をしたいのか”

「僕は、なぜ日本に帰ると思っているのか。なぜそれを寂しく思うのか。
なぜそう思う自分に失望しているのか」


先のブログにも書いたように、僕は月曜日、Gloriaとのセッションで提起された指摘を、
水曜日のHelgeとのセッションで取り上げた。


Helgeとのセッションでは、こういう流れになった。


僕は本質的に、どういう“生き方”をしたいと望んでいるのか。


「理想を言えば、1年間にアメリカ4カ月、アジア4カ月、ヨーロッパ4カ月というように
拠点を移しながら、人にフォーカスした意義のある仕事をしていたい」


すると、Helgeは僕に確認をした。


「TJは日本に帰ると言うことについて、どういう印象を持っているの?
そう思うと、どんな感覚を体に覚える?」


僕は、少し間をおいてから、答えた。


「それは…、“普通の生活”に戻ること。
普通の生活とは、仕事をして家庭を持って…。自由と冒険とは縁遠い生活。
安定や安らぎという違った側面が手に入るのはわかるのだけど…、
息が詰まりそうな気持ちになる」


Helgeは続けた。


「例えば、アメリカに残ったら、その窒息感、閉塞感からは逃れることができる、
“普通じゃない生活”を送ることができる、という風にTJは考えている、
という理解でいいかな?」


そう聞かれて、僕は考えた。


アメリカに残ったら、僕は、窒息感や閉塞感から解放されるのだろうか。
自由、変化、成長、冒険、刺激、非日常、達成感、そんなことを日々感じながら、
刺激的な毎日を過ごすことが出来るのか。


いや…、違うだろう。


すると、僕が感じていることの問題は、住むエリアにあるんじゃない。


いま感じていることは、アメリカに住んでも、ヨーロッパに住んでも、
アジアのどこかの国に住んでもおそらくは、いずれ感じることだろう。


どこにいても繰り返す。どこに住んでも繰り返すのだ。


では、僕に窒息感と閉塞感を与えているものは、いったい何だろう…。


“誇りを持って仕事に打ち込み、結婚して、幸せな家庭を築き、子供を育み、
親孝行をする”といった一連の日本人としての価値観か。


既に、これまでの人生で充分にその路線からは外れているように感じていたけど、
それらの文化的な価値基準は、僕の頭蓋骨の底にべったりとくっついているらしい。


自由の国アメリカに住んでいても、結局、日本人としての自分からは逃れることは
出来ない。日本人としての価値基準は、巧妙な形で僕の思考に絡みついている。
僕のパーソナリティの一部になっている。


結局、それを受け入れたうえで、僕は前に進むしかない。


改めて、


問われているのは、僕はどういう生き方をしたいのか、ということだ。
日本に帰る、アメリカに残る、というのは表層の選択肢に過ぎない。


この結論は、新しくはないし、ありきたりかもしれない。
でも、僕の中では、月曜日のGloriaとのセッションから少し進展したように思った。


最後、Helgeはこんなことに言った。


「TJの高い自己基準は、いつもTJ自身をジャッジして苦しめる。
英語に関しては、これまで何回か採り上げたけど、代表的なものだ。


でも、TJ、しっかりと覚えておくといいよ。


今、自分がどれだけレベルの高い世界で英語を使っているのかと言うことを。
カウンセリングやセラピーの場で使われる英語のレベルは、立場がセラピストでも
クライアントとしても、ものすごく高いものが求められているということを。


そして、TJはそれを立派にやっている。
そのことを、TJはいつも忘れがちだ」


ちなみに、Helgeは在米経験が長いドイツ人だ。
ドイツで、ビジネスコンサルタントしてのキャリアを積んだ。
そして、CIISに来て僕と同じ修士課程で学び、博士号まで修得した。


僕と少しバックグランドが重なるところがある。


もしかしたら、かつて、Helgeも僕と同じことを感じながら、人生を前に推し進め、
そして、いまに至っているのかもしれない。


そんなことを思った。

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本当の理由は何か

この夏に履修している、“Psychological Research and Assessmentクラスの
プレゼンテーション準備やFinal Reportの準備、新しいクラスが始まったりで、
ブログの更新間隔が空いてしまった。


そうは言っても、日々、いろいろなことが起こっている。


先週は、ちょっと印象深い一週間だった。


Pacific Instituteでは、僕以外のすべてのインターンが7月いっぱいで1年間の
プラクティカム期間を終えて卒業をする。そして、8月から新しいインターンが入ってくる。


だから、節目にありがちな、悲しさと楽しさの入り混じった気持ちが
僕も含めてインターン全員の中に交錯しているのがPacific Instituteの今日この頃だ。


CIISの夏セメスターも終わりに近づいている。


最近は、CIISでも友人からよく尋ねられるようになった。


「TJの卒業はいつ?」


僕のCIISライフも残り6カ月を切った。


そんなことが相まって、節目と言うものを実感しながら、“アメリカの後”の人生を
考えていると、一抹の寂しさの中にいる自分に気がついた。


…。


CIIS卒業後の進路として、「日本に帰る」「アメリカに残る」の二つがあるとしたら、
僕のイメージしている人生の文脈の中で、僕が選ぶのは…、


明らかに前者だ。


そのことをすごく寂しく思ったのだ。


アメリカに来る前、在米経験のある色々な人に言われた。


「TJは、アメリカの水がとても合うよ。戻って来たくなくなるんじゃないかな」


「アメリカ生活も3年を過ぎる頃、だいたい多くの人は気づくみたいだよ。


“自分はやっぱり日本人だ。日本がいい”と思うか、
“やっぱりアメリカは素晴らしい。もう日本には戻りたくない”と思うか、
自分はどのどちらのタイプなのか、ということを。


TJがどう思うか楽しみだね」


僕は、自分のことを、アメリカに残ることを望むタイプだろうと思っていた。
でも、実際には違うらしい。


サンフランシスコも、アメリカのことも、とても好きだ。もちろん日本のことも大好きだ。
日本とアメリカ、少なくとも感情的には同等の価値がある。


では、なぜ僕は日本に戻ることを考えているのだろう…。
そして、なぜそのことを寂しく感じているのだろう…。


最初に頭に思い浮かんだのが、言葉の壁だ。


日本語と同じパフォーマンスを英語でも発揮できるかと言われたら…、
残念ながら、僕にとって、答えは明らかにNOだ。


だから、僕が思い描く人生の成功イメージをアメリカで達成することは難しい。


それに直面することを避けるために日本に帰るのだとしたら…、


そう思うと、僕は自分にとても失望してしまう。


もし僕が20代前半だったら、また違った考えをしていたかもしれない。
僕の今の年齢になるまでに、20年間を使うことができるから。


でも、僕はもう20代には戻れない。異国での人生をゼロからスタートさせるために、
これからの20年間を使うこともできない。だったら、日本で何かを目指す方が、
いろいろなことが速いし、早いだろうと考えてしまう。


…。


僕はアメリカに“残らない”では無く、“残れない自分”に失望している。
いや、僕は、物理的にアメリカに残ろうと思えば、おそらく高い確率で残ることが出来る。
でも、内面的には“残れない”のだ。


こう思うことは、何かの後悔の現れなのだろうか…。


先週の月曜日、GloriaとのIndividual Supervisionの時間に、
そんな文脈の話になった。


彼女のセラピーの理論的背景は、“Psychodynamics”だ。
転移と逆転移を扱いながら、クライアントの内面を探っていくアプローチだ。
だから、セラピストによる“介入”もあって面白いのだが…。


その彼女が僕にこんなことを言った。
以来、この1週間、僕は彼女の言葉に関する僕の真実について、
考え続けることになった。


「ねえ、TJ、英語の壁、と言うのは…、


日本に戻るための良い理由にできるわ。


あなたは、無意識に、最初から日本に帰ることを前提にアメリカに
来ていたとは考えられないかしら。


無意識にいつも日本に帰りたいと思っているから、
無意識にいつも日本に帰る理由を探しているの。


英語は、その良い理由になる。


帰ることを前提にしていたら、英語を上達させる理由も無くなるものね。


あなたは、日本に帰るための理由が欲しいの。


あなたは、とてもスマートよ。それはわかるわ。


でも、なぜ英語の上達だけが思うようにならないのか…、と言うあなたの問題意識が
もし本当だとしたら、私には、それが一番すっきりする理由に思えたわ」

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子供の心とお年寄りの心

Pasific Instituteで同じインターンのMollieが、今日のグループスーパービジョンで
シェアしてくれた話。


Mollieのクライアントに91歳のMさんがいる。


彼女は軽度の認知症を患っているけど、心身ともにとても元気だ。
オープンな人柄で、いつも笑顔の彼女は、Pacific Instituteでの人々との絆、
繋がりを心から楽しんでいる。だから、皆からとても愛されている。


ちなみに、


彼女はUCバークレーで分類学の博士号を修得している。
当時としては、博士号を目指す女性は珍しかったのではないかと想像している。


その彼女は、毎日、僕たちインターンと顔を合わせるたびに、
“Oh I love you. Your are my sweet heart. I want to hag you.
Please stay with me”と言って、僕たちの手を握り、ハグをする。


そんなMさんの話を、Mollieが友人にしたら、
学校の先生をしているその友人はこんなことを言ったそうだ。


「まあ、そのお婆さんがすることは、10歳の生徒が私にすることと
まったく同じだわ!お年寄りは子供に似てくるのね!」


それを聞いたMollieはこう言ったそうだ。


「いいえ、違うわ。お年寄りが子供に似ているんじゃない。
子供がお年寄りに似ているの。発想が逆よ。」


キョトンとする友人に、こう続けたそうだ。


「人は年を経るにつれて、誰かを傷つけ、誰かに傷つけられ…、
人を疑うことを覚える。恨み、妬み、嫉み、いろいろな感情を経験する。
そのプロセスで心を防御することを学び、結果的に心を囲ってしまう。


でも、


人は、更に年を重ねることで、今度はそれらの感情の一つ一つを、
自分の人生のプロセスで完了させることを学んでいく。
その中で、エゴが落ちていき、心が開かれていく。


それが、今のMさんだと思うの」


確かに、全員がそうだとは言えないだろうけど、
総じて、お年寄りも子供も心がオープンだ。


でも、お年寄りは、たくさんの人生経験を積んで、自分の心と向き合い、
いろいろなことを受け入れてきた上で、今のその状態がある。
だから、決して子供と同じでは無い。


その部分へのリスペクトを忘れてはいけない。


改めて…、


お年寄りが子供に似てくるんじゃない。
子供の方がお年寄りに似ているのだ。


僕たちがお年寄りについて忘れがちな何かを思い出させてくれる話だと思った。

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“無条件で向き合う”ということ

ここのところ、Psychological Research and Assessmentのクラスの
レポートとプレゼンの準備に追われている。


週2回ずつ、約2カ月間、集中的に行われるこの夏のクラスは
ペースが速くてとても大変だ。何とか生き残れるだろうと思って取り組んでいる。


そんな中でも、プラクティカムは普通に続いている。


さて、Pacific Instituteのインターンに求められるTherapistとしての姿勢の一つに
“Unconditional Positive Regard(無条件の肯定的な関心、あるいは配慮)”がある。


インターンは、レジデントに対して、そのような姿勢で接することができるように
トレーニングを受ける。


僕もインターンの一人として、そのような態度を意識してとってきた
つもりなのだけど…、最近、こんなことに気づいた。


いつも“Unconditional Positive Regard(無条件の肯定的な関心、あるいは配慮)”の
姿勢で場に臨んでいるのは、僕たちインターンでは無くて、
レジデントの方ではないかと。


彼らのそんな姿勢からは、いつもたくさんのことを学ばせてもらっている。


例えば、Pacific Instituteに着いて、僕はエレベーターで2階に上がる。
2階には重度の認知症のレジデントが多く住んでいる。


エレベーターのドアが開くと目の前は、Dining Roomだ。


多くのレジデントがソファに腰掛けている。
僕を見ると、彼らは、満面の笑みになる。


例えば、昨日、いろいろと混乱して、僕を含め周囲に悪態をついていたレジデントも、
笑顔でそこにいる。そして、僕を歓迎してくれる。
昨日のことは、もう記憶にないのだ。


だから、エレベーターが開いた瞬間から、今日の新しい関係が始まる。


ところが、


“健全な”僕たちは、そうはいかない。
今日の新しい関係をなかなか始めることが出来ない。


レジデントと接すると、いつもそのことに気づかされる。


昨日僕を怒鳴った認知症を患っているレジデントと、今日接するとき、
僕の頭の中には昨日のそのレジデントの言動や表情がずっと脳裏に浮かんでいる。


だから、僕は最初、そのレジデントとどういう距離感で接しようか、戸惑いながら近づく。
その戸惑いは、「このレジデントは、まだ機嫌を損ねているかもしれない」という
恐怖に近い感情から生じているのだろうと思う。


ところが、実際には…、


距離を探る僕に対して、そのレジデントは満面の笑みで僕の目の前に立っている。
興味関心を前面に出して、心を完全に開いた状態で、僕を迎えてくれる。


この体験は、いつもとても新鮮だ。


その瞬間、僕は過去の体験に囚われている自分に気づく。
そして、今この瞬間を生きるように、自分をいち早くリセットする。


ちなみに、このことは逆のケースでも言える。


昨日はとてもご機嫌で接してくれていていたので、今日もそれを期待していくと…、
手痛い目に会うこともある。混乱していたり、沈んでいたりして、
感情をぶつけられることがある。


こちらは、そのレジデントの昨日の在り方を期待して、心を開いて
接しようとしていた分、受ける傷も深くなる。


そして、同じように自分を振り返る。
自分は、果たして“無条件”だったろうかと…。


毎日、こんなことが起こりながら、何度も自分を振り返る。

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なぜTherapyなのか 1

悩みごとなんて、セラピーに行かずに友人に話せばいいじゃないか。
その通りだ。


あなたが自分自身のことについてだけ話しても、興味関心を持ってじっと聞いてくれる。
何でも話すことが出来て、あなたが自由に自己探求できるように配慮してくれる。


もし、あなたがそんな友人を持っているのであれば、最高に素晴らしいことだと思う。


ただ、知っておいても良いかもしれないのは…、


人間には、アドバイスでは解決できない問題も多いということだ。


あるいは、


あなたが“何でも話すことが出来る”と言うとき、その“何でも”とは、
よく考えてみると、条件付きだったりすることも多いということだ。
本当に、“何でも”とはどういうことだろう…。


人生には言葉にならない悩みも多い。


自分の外側に原因がある問題、特定できる問題は、誰かに相談できるかもしれない。
有益なアドバイスをもらえるかもしれない。


でも、自分の内面にある問題、形にならない問題は、そうはいかないことも多い。


さらに、誰もが自分の心を防衛している。
その防衛の向こうにいる“真のあなた”は、とても傷つきやすいし、
何と言っても、そこに匿われているあなたは、あなたが決して認めたくない
“自分自身”だったりするのだ…。


だから、僕がカウンセリングサイコロジーを学び、
セラピストの立場で、あるいはクライアントの立場で、日々感じているのは、
セラピーセッションでは、クライアントは必ずしも何かを“相談する”
わけではないということ。


セラピーでは、クライアントは、自分自身をテーマにする。
そこで、クライアントは自分の内面を扱う、心を掘り下げる、
自分自身を理解する。


そこで行われるのは、“相談すること”とは、少し質が違う会話だ。


あなたが“あなた自身”と向き合う機会のことをセラピーと言うとき、
あなたは誰かに相談するというのとはまた違ったクオリティの会話を
創り出す必要がある。


だから、僕は、少しずつ思うようになった。


セラピストの仕事とは、クライアントが自分の防衛メカニズムを潜り抜けて
自己探求できる“場”を提供すること。


シンプルに場を提供すること、それが基本なのかもしれないと。


もちろん、この考えは、今後もどんどん変わっていくだろう。


…。


もう一度、なぜセラピーなのか。


クライアントは、セラピーの場では自己防衛を潜り抜けることができるから、
自己探求のプロセスが速くなる。


自分自身を知るという永遠のテーマについて、通常は20年かかる地点を、
5年、あるいは2年で通過することができるかもしれない。


ここで言う自己探求、あるいは探究のプロセスとは、
自分を知ると言うことに加えて、自分という領域の「枠」を広げてたり、
自分自身を深めたり、自分を成長、あるいは成熟させたり、自分が囚われている
モノの見方を離れて、これまでの人生を、これまでとは違う見方で眺めることが
出来るようになったり、自分が無意識に避けていた遠い過去と直面して
それを一つに統合したり、心の壁を乗り越えたり、心の傷に向き合いながら
それを癒したり克服したり…、いろいろなことが含まれる。


その目的は、より豊かに自分自身を生きると言うことだ。


もしセラピストの仕事が、そのクライアントが安心して自己探求のプロセスを
体験できる場を提供することにあるのだとすると、


その目的が達成されるのであれば、セラピストが利用できるリソースは
ずっと大きくなる。工夫すべきことはずっと多くなる。


一般的に日本で思われている、「共感」「傾聴」「質問」などは、
限りなく限定されたカウンセリングスキル、それもその一部を述べているにすぎない。


でも、セラピーとは場を提供することなのだとすると、
部屋の雰囲気、オブジェ、家具、観葉植物、花、絵、色調、天井の高さ、照明の明るさ、
それらのバランス。あるいは、セラピストの世界観、人間観、性格、知識、雰囲気、
服装、髪型、姿勢、全部含まれる。


そう考えると、セラピーとは、まるで茶道に近い世界だ。
セラピーは、もっと総合的なイメージで捉えられる必要があるのかもしれない。


いや…、


逆かもしれない。


セラピストは、一切、何もしなくてもいいのかもしれない。
“茶の心”を尊ぶことが一番のように、真の人として相手と向き合うことができれば、
クライアントは自然に探究を始めるのかもしれない。


自己探求のプロセスは、その場の空間の中でどんどん進むだろう。


これは理想に過ぎるだろうか。


セラピーが、“関係性のアート”と言われる所以を思った。

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なぜTherapyなのか 2

今週、こんなことがあった。


Pacific Instituteでインド人の女性インターンがいる。
とてもしっかり者で、質問すると親切に応えてくれて、とてもありがたい存在なのだが、
時々、見下されているような感じがするのが気になっていた。


そして、その瞬間に、小さな怒りが、一瞬、チロリと燃え上がるのを
自分の中に感じていた。もちろん、そんな些細なことはどこにでもあることだし、
流せる程度のものだ。


でも、僕は自分のその小さな反応に興味があって、それを、Helgeとのセッションに
取り上げてみた。


「僕は、果たして、彼女に見下されたから怒りを覚えたのだろうか?」


「もし見下されているのが事実なら、それが気になったのは当然として、
さらに怒りまで覚えたのはなぜだろうか?」


「僕は見下されたら、いつもでも怒りを覚えるのだろうか?」


Helgeとのセラピーの場では、テーマが決まると、自然にこういう自問自答が
頭の中に湧きあがる。一人でいるときにでもそうやればいいと思うのだが…、
不思議だ。


僕は思考を続ける。


「必ずしも、そうとも言えないかもしれない…。
では怒りを覚えるときと、そうでないときとの違いは何だろう?」


「もしかしたら、僕は、日頃、彼女を一段低く見ていたりしていなかっただろうか。
自分が見下している人から、見下された感じがしたから怒りを
覚えたのではないだろうか。ということは、僕の方が逆に彼女を
見下していたのだろうか?」


「もしそうだとしたら、なぜだろう?


彼女が年下だから?
女性だから?
インド人だから?
僕より英語が上手だから?


なんとも、狭量だ…」


いろいろな可能性を、対話の中で、あるいは沈黙の中で探ってみる。


「いや、今回のケースに関しては少し違うかもしれない。


僕は、


私は、敷かれたレールの上に乗って、決められた内容を全てやっています。
だから、私は誰にも迷惑をかけていないし、誰にも文句を言われる筋合いは
ありません。だって、私は決められたことをやっているのだから。
私は正しいことをしているのだから。


という姿勢を前面に押し出していて、且つ、僕が、誠に遺憾ながら“凡人”と
見なしているような人から、正論を吐かれると怒りを覚えるのだ。


自分が見下している人から見下されると怒りを感じるのだ。
そもそもの原因は自分じゃないか…」


そんなことを思った。


僕は、その気持ちに直面することを避けるために、怒りと言う感情を使うのだ。


こんなことを書いたり、話したりすると、


人を見下すだなんて、TJはなんてひどい人間なのだろう。
私のことも、そうやって見下しているのだろうか。


なんて、思われてしまう可能性も大だ。
だから、この類のテーマは、日頃の人関関係の中では上りにくい。


ところが、そんな風に思われずに、人間には誰しもそう言うところがあるという
共感の中で、自分をどんどん掘り下げていけるのが、セラピーだ。


もちろんHelgeは、僕に対して質問をしたり、解釈を加えたり、確認をしたり、
話の流れを整えたりする。時には、簡単なワークをしたりする。
でも、決して会話をリードしたりしない。


主体は僕だ。無意識という海に潜るのは、僕だ。
その海は、青いとは限らない。暗いかもしれない。荒れているかもしれない。
何かに恐ろしい生き物に出会うかもしれない。それを承知で、どの場所から、
どのタイミングで、どのぐらい深く潜るかは、全て僕が決めて、僕が実行するのだ。


こういう種類のサービスは、受けてみて初めて分かることも多い。
毎回が、とても面白い。

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なぜTherapyなのか 3

ちなみに、今回のセッションでは、後半、こんなワークをした。


僕は靴を脱いで、ソファの背もたれの上に腰掛けるように言われた。
僕はHelgeを見下ろすような位置になった。


「そこで何を感じる?」と彼は僕に聞いた。


「遠くまで見渡せて気持ちがいい。良い眺めだ。生まれたばかりのそよ風が、
世界で一番最初に吹いてくる場所にいるような気持ちがする。
爽やかな気分だ」


僕はそう答えた。


Helgaは言った。


「僕の位置は、いわゆる“普通”の、社会でまっとうな道を歩んでいる
大勢の人たちの位置と言えるね。では、僕はこれからこの位置からTJに
正論を言うから、それを聞いて何を感じたか聞かせてくれる?」


そして、こう続けた。


「記録や報告を書くこと、必要事項に記入し、書類を整える。決められた期日に
決められたフォームで提出をする。それが、ここでは何よりも重要なこと。
全員にそれが求められるし、例外はない。TJもそれをしなくてはいけない」


嫌な感じが、僕の喉元に突き上がってきた。


「辺りの酸素が急に薄くなった気がする」と僕は答えた。


Helgeは笑った。そして言った。


「では、僕が今と同じセリフをTJに言うから、そのあとに、こう言ってもらえる?
“ありがとう。でもこれが、僕のやり方であり、僕の生き方なんだ”」


“これが僕のやり方であり、僕の生き方なんだ”


僕とHelgeは、何度かこの同じやり取りを続けた。


繰り返すたびに、そよ風が胸の中いっぱいに吹き込んできた。
自由が戻ってきた。ああ、何と気持ちがいいんだろう…。


僕は、その感想を伝えた。


僕は、社会を“僕のやり方、自由な生き方”が許されない世界と見なしていて、
そこを生きることにずっとストレスを感じていたのかもしれない…。


最後に、Helgeはこう言った。


「僕はいま、TJより一段低いところにいるわけだけど…、
TJがそこで何かを話している時、TJに見下されている感じはしなかったよ。
それよりも、その位置で風に吹かれているTJを応援したい気持ちになったよ。
不思議だね。」


僕は本当のところ、いったい誰に、あるいは何に遠慮していたのだろうか。
それは、どこから来ているのだろうか。


もし僕が、自分が作り出した柵の中に囚われているのだとしたら、
その原因は、自分の中を探っていくことでしかわからない。

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