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Up



Pixarの最新作「Up」を3Dで観てきた。


というのも、先日、サンフランシスコ三田会で講演をして下さった、
慶應メディアデザイン研究科の稲蔭教授が、これまでのピクサーの作品の中で
もっとも素晴らしい、とおっしゃっていたから。


実は、恥ずかしながら僕はピクサーの作品を観るのは初めてだった。


この「Up」、主人公は、
妻を失い人生の晩年を迎えた身寄りのない頑固者の「老人」と、
その家にボランティアをしようとやってきたボーイスカウトの「少年」と、
そして、その老人と妻が幼いころに二人で南アメリカにある大きな滝の隣に
建てることを夢見ていた「家」だ。


この映画、主人公が体が不自由な老人ならではの、ユーモラスな表現や動作が満載だ。
なるほど、ここでこういう風に笑いをとれるのかと。


「老人」と、孫の年齢にあたる「少年」が主人公にしたのは、
現在のアメリカが失いつつある世代間の交流を問題提起したかったからのか、
それとも、増えつつある、高齢者層にもターゲットを合わせるという野心的な作品に
したかったからなのか、
あるいは、「冒険」は自らの意志さえあれば、どこにもでもある、いつでも始められる、
何歳になってからでも、誰と一緒でもできる、というメッセージを込めたかったからなのか。


それにしても、映像技術の革新はすごいと思った。
人の表情や、動作、風景、細かい表現などすべてにわたって。


でも…、


画像が「リアル」になればなるほど、その「リアルさ」が、
物語の持つ「ファンタジー性」を消してしまうような感じがしたのは気のせいか。


例えば、この「Up」では、風船をつけた家が飛ぶ。それを操縦する。
仮に、この映画が実写版だとしたら、「そんなことはないんじゃない」なんて、
そのシーンを観たとき、多少、冷めてしまうかもしれない。


おそらく、これからもどんどん進む映像上の技術革新が、僕たちの空想の領域を
どんどん侵略してくるのだろうけど…、ファンタジーをファンタジーとして楽しめる
映像としての境界がどこかにあるのかもしれない。
行きすぎた映像技術の革新は、僕たちの感動を蝕むだけなんじゃないかと、
ちょっと危惧したりもした。


と書いたものの、この「Up」、確かに素晴らしい作品です。
日本上陸の際にはぜひ!!!


もうちょっと詳しい内容はこちらで。


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