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2008年12月

Lake Tahoe 雑感

サンフランシスコから1時間ほどドライブすると、もうそこは
大陸的な風景が道路の両脇に広がり出します。


アメリカやなあ…。


途中、ランチに寄ったビュッフェ形式のレストラン。Pc2101691_2











料理はどれもグリグリに脂っこくて、
デザートはどれもドロドロに甘ったるくて、
ああ、アメリカン料理だな、
もうサンフランシスコじゃなんだな、と感じさせてくれたのでした。


***


人見知りで、シャイなOliviaは、一人でいるのが好き。
お父さんのJames以外には自分から話しかけようとしない。
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散歩から帰ってきたMarinaが、いま宿泊しているコテージの近くにいる人が、
ベイエリアの人らしいと情報を仕入れてきた。


オープンな彼女は、彼らをディナーに招待しよう、ダンスパーティでも
開いたらどうかしらと、みんなに意見を聞いている。


でも、実はOliviaはそういうのが嫌い。


JamesもStephanieも良いアイデアじゃないという。
Marinaは、13歳の彼女にもしっかりと意見を聞く。


「あなたはどう思う?」


Oliviaは、「私は、嫌!」と、伏し目がちだけど明確に言う。


Marinaは、
「あら、残念ね!」とカラッと応える。


で、その話は無しになる。


日本だったら、この時、どういう力学が働いて、どういう結果に
なるのかなと、考えた。
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***


無目的ではなく、不目的に時間を過ごす。
アメリカに来て初めてかなあ…、こういう時間は。
ずっと追われていたし。


いま、リビングに、音楽がかかっている。
Erroll Garner, Bill Evans, Gene Harris, Spyro Gyra… 。
Jazz好きのStephanieが50枚ぐらいCDを持ってきたのだ。
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いま僕は何もしていない。
良い音楽に、ただ身を任せているだけ。Tahoeで聴くから、いいんだろうな…。


いまここに、「使える時間」がある。幸せだと思った。


これ、「時間」を「お金」に変えると分かってもらえる感覚だろうか…。


***


二日目の夜、Raley'sというショッピングセンターに買物に行く。
フロアの向こうが見えないぐらい大きいので驚いた。
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***


それぞれの時間の使い方

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手前の階段の下のソファでは…。Pc240127










これ、最初、全体主義日本人の僕が慣れるのに手間取った雰囲気と、時間の使い方でした。


そんな時、僕を救ってくれたのが暖炉。
だって、見ているだけで、正当な居場所を作ってくれたから。
サンクス!
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***
付録
Lake TahoeのHeavenlyスキー場のお客様コーナーに掲げてあった写真。
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「おお!Ss木さん、お元気ですか?なぜこんなところに?」


でも…、ずいぶん昔の写真みたいだな。


失礼しました…、空似でした。
私が敬意を払っている、会社の女性コーチに似ていたもので…。
(えっ、似てない?では、本人からフィードバックが来る前にお詫びを。
たいへん失礼しましたっ。)


というわけで、Ss木さん、お元気ですか?
アハハ。

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Lake Tahoe 5

最終日、朝、起きると、外は猛雪。強烈に吹雪いている。
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せっかくだからと一度も使っていなかった
バスタブに浸かって、目を覚ます。


バナナとコーヒーの朝食を済ませて、帰りの荷づくり。


みんなで部屋やバス、ダイニング、ロビーの掃除をするのかと思いきや、
その掃除の支払いは、すでにフィーに含まれているのでしなくて
良いとのこと。合理的だ。


お世話になった部屋。
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掃除よりも大変だったのは、この4日間、
一度も動かすことなく外に止まっていた車を
再起動させること。
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ほぼ毎日雪が降っていたこの4日間。
車の上には雪が積もり、凍てついた状態になっている。
まずドアが開かない。道具を使ってガリガリと氷を削り、
ドアをこじ開ける。車の中に置いてあった
Peet'sの飲みかけコーヒーがシャーベットになっていた。


屋根と周囲の雪を掻く。


午前11:00。チェーンのついたタイヤで、いざサンフランシスコへ。


凍りついた道路、横殴りの吹雪。すれ違う、どの車も徐行運転。Pc2500133











サクラメントに近づくにつれ、雪が雨に変わる。
途中、お客のいない、いかにもアメリカ的なカフェで、遅い昼食。
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ようやくとベイエリアまで戻ってくる。
僕はLarkspurのフェリーポートまで送ってもらった。
ここからはフェリーでサンフランシスコに向かう。


12月24日の18:35発サンフランシスコ行きフェリーに乗る人なんて
いないらしい。乗客は僕一人の貸切フェリー…。
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サンフランシスコ港に着く。
フェリーの乗務員の人たちに、次々と
Happy Merry X'masと声を掛けられる。


というわけで、みなさま、


Happy Merry X'mas!


港からダウンタウンに向かう途中で。
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Lake Tahoe 4

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ゆっくり起きた4日目。良い天気。
コーヒーとバナナで朝食を済ませると、
JamesとMarinaが、今日はみんなでスキーに行こうと。


急遽決まったことなので準備は何もなし。
スキー場に問い合わせると、レンタルは、
スキー板とブーツとストックだけ。


というわけで、急きょ、11時半に出発し、
途中、Kマートに寄る。スキーに必要なグローブ、
インナー・アウターウェア、サングラス等を揃える。
約50ドル強の出費。


そして、一路、Lake Tahoeの“Heavenly Ski Resort”へ。
レンタルスキー代が保険も入れて約50ドル。
リフト代は半日というのがなくて一日券62ドル。


なんだか予想以上の出費だ。


このスキー場、ビギナーが多いのか、それともインターナショナルな
スキー場だからなのか、スタッフがとてもフレンドリーで細かく親切に
案内してくれる。


スキー場のつくり自体は、いたってシンプル。
豊かな自然に親しむのがスキー、という本来のコンセプトなのだろう。
とにかく、景色が素晴らしい。
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雪質も素晴らしい。
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何か日本との違いはないかなと、キョロキョロする。
まあ、ほとんど同じかなと思っていたら、
スキー場に音楽がかかっていないことに気がついた。

そして、スキーウェアが、流行に左右されずに、みんな思い思いのを
着ているんだな、とも思った。
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僕は7年ぶりのスキー。
ブーツを履いて、スキーにセッティングして、リフトまで滑り出しのスケーティング。
体はちゃんと覚えているものだ。


スキー場の閉まる時間が早いので、頂上まで行って、
降りて、一回で終わってしまった。


うーむ、スキー的には不完全燃焼だけど、風景的には
投資に見合ったかもしれない。


ちなみに、Lake Tahoe一帯は、明日から嵐だそうです。


夜は皆でDVDを観ました。
マリリンモンローが主演の「Some Like It Hot」


とても興味を引く映画だったけど、
疲れのために集中力が切れてしまって、
途中で失礼させて頂きました。


おやすみなさい。

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Lake Tahoe 3

今朝は、昨日までよりは少し良い天気。
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さて、ダイニングでコーヒーを飲んでいたら、
Stephanieに聞かれました。


「TJは今日、何をして過ごすの?」


ああ…、決めてなかった。
みんなで何かするんじゃないのか…。


と思いながら、周りを観察していると、
読書したり、音楽を聴いたり、外にそりを引きながら散歩に行ったり…。


みんなバラバラに行動をする。
みんな自分がしたいことをする。


でも、読書したり、音楽聴いたりするだけなら、
別にTahoeに来なくてもサンフランシスコでもできるじゃない?
なんて思うかもしれない。


僕もそう思っていたんだけど…、
ちょっと考えなおした。


ここは個人主義の国アメリカで、みんな、日本人に比べたら、強い自分がある。
だから、バケーションで、コテージに来たからといって、自分は自分。
街にいる自分と、ここTahoeにいる自分は同じ。
スタイルは変わらないのだ。


だから、別にここでも、特別に普段の自分と違った自分ではなく、
いつものスタイルで、リラックスする。
そういうことなんだろう。


お昼から雪が降り始めた。
今日も、昨日のリベンジだと、JamesとOliviaと釣りに行った。
釣果ゼロ。とにかく寒かった。
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今日の晩ご飯はシチュー。
8時間煮込んだJamesの力作だ。


Marinaの知人が近くに来ていて、今日は、彼らを招いてのディナー。
トムというこちらでエグゼクティブコーチの仕事をしている人だという。
その息子と娘の合計3人。
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気軽に招いて、気軽に招かれて、家族ぐるみの交際が始まる。


料理も大事だけど、やっぱり会話が命。
仕事、趣味、音楽、好きな本、家族、生い立ちなどの話を、
エピソードを交えて話す。子供たちも、話題に合わせた学校の
エピソードなどを話す。


会話と人柄は、一番のエンターテインメントなんだなと思った。
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というわけで、3日目の夜が終わった。


余談だけど、
明日も丸々一日あるんだと、少し感動した。
というのも、今回、4泊5日でLake Tahoeに来ている。


日本では、次々とホテルに1泊して、そそくさと次に移動だったり、
せいぜい2泊3日の旅行だった。それと比較して、一か所に
4泊5日滞在することの違いは、そこに「日常」が入り込む隙間が
たくさんできること、考える時間がたくさんあること。


こういう時間の使い方自体が僕にはとても新鮮だ。

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Lake Tahoe 2

僕の部屋はロッジの2階。スキー用の靴下をはいて、
階段を降りようとしたら、滑って下まで落ちました。


3か所かすり傷です。
Stephanieが音に驚いて部屋から出てきました。


さて、外は一面の雪。
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朝、Oliviaが作ってくれた遅めの朝食のパンケーキを食べて、
お礼に、折り紙を教えてあげました。「鶴」と「亀」。
二つ合わせると、「長寿」の意味になるよ、と…。
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Jamesから湖に釣りに行こうと誘われ、車に乗って、外に出ました。
僕たちの借りているロッジ、全景です。
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車で、川が湖に流れ込んでいる場所を探して、ドライブ。
ロッジの目の前に広がっている湖は、Lake Tahoeの近くの
Fallen Leaves Lake。


車を止め、耳が痛くなる寒さの中、雪の中の道なき道を
ポイント目指して歩く。Pc2202104_2











この辺りがいいだろうというJames。
二人で、鉛色の湖に、虹色のルアーを投げ込む。
ああ…、寒い。
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一匹だけで湖をうろついていた鴨が、僕の投げたルアーを一生懸命追いかける。
餌だと思っているらしい。

Oliviaは雪だるまを一人で作っている。
超人見知りをする子で、一人が好きらしい。
なかなかアーティストだ。
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釣果はゼロ。

僕はルアーを湖の底にひっかけて、一個、無くしてしまった。
Jamesから借りていたものなので、申し訳なく思い、誤った。
彼は「気にしないで、別のを使えよ」と言ってくれた。


気を取り直して、その後に投げた僕のルアーが、もっと良い別のルアーを
湖の底から引っかけてきた。なんだか、「金の斧・銀の斧・銅の斧」の物語を
思い出す良い話ではないか。


あまりの寒さにもう限界か、と思い始めていたら、Jamesが帰ろうと
言った。冷え冷えにかじかんだ指に息を吐きかけながら、家に戻る。


昼はバラバラに自分たちで、家ににあるものを適当に食べる。
本当にバラバラに。こんなところに、僕はアメリカを感じる。


午後、昼下がり。


リビングにあるステレオでジャズをかける。暖炉に火をつける。
まったりと、何をするということもなく、それぞれが思い思いの
時間を過ごす。


Stepnanieは、僕の目の前でクロスワードパズルを解いている。
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振り向くと、Oliviaは読書をしている。
JamesとMarinaは2Fの部屋で何やら話している。
僕は、このブログを書いている。


外の雪は、いつの間にか止やんだみたいです。
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Lake Tahoe 1

突然ですが、12月20日から4泊5日の予定でLake Tahoeに来ています。
CIISのクラスメートのStephanieに、素晴らしい場所だから
良かったら一緒に来ないと誘われたのです。


メンバーは、5名。
Stephenieのサンフランシスコの友人Marinaと、
そのボーイフレンドのJamesと、Jamesの前妻の間の娘のOlivia。
StephanieのボーイフレンドのJohnは、前日に、仕事の関係で
ドタキャンになってしまいました。


Lake Tahoeまで、進路はサンフランシスコを北上して東へ。


方向音痴のStephanieの運転だったので、11:30にサンフランシスコを
出発して、2度ほど大きく逆方向に行ってしまって引き返して、
途中、真っ暗闇の雪道で、タイヤにチェーンをつけるのに
手間取ったりして、Lake Tahoeに着いたのは、18:45。


1メートルの積雪の中にそびえていたロッジ。
暗くて外観は見えなかったけど、中に入ると、とてもファンシー。
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というわけで、夕食の写真です。Pc2101841












一息ついて、暖炉に火をつけました。
暖炉では、薪の弾けるパチパチという音以外に、その中で空気が動いて、
ヒュルヒュルという音がするのだと初めて知りました。
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Rummyというカードゲームをしながら、更けていく初日の夜。

さて、外は真っ暗で、今日は何も見えなかったロッジの周辺。
いったいどんな風景なのか…。
朝が楽しみです。

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American Academy of English/AAEでの最後の授業

7ヶ月間、お世話になった英語学校が今日で終了しました。
先のSpring Semesterの、自分の英語の腑甲斐なさに
愕然として、藁にもすがる思いで、AAEの門を叩いたのでした。


そこで、本当にお世話になったのが、クラスの先生のBali。
サンフランシスコ州立大学院でTESOL(英語教授法)を修め、
フランスへの留学経験もあり、だからフランス語ができるのはもちろん、
聞き取りだけならスペイン語も不自由しないという先生です。
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本当に、サンフランシスコライフで彼女との出会いは大きかった…。


Baliは政治、経済はもちろん、文化、社会まで幅広くトピックを
押さえていて、アドバンスコースらしく、アメリカの現在(いま)を
様々な角度から採り上げくれます。だから、毎回、ほとんどが
オリジナルの教材で、僕たちは英語を学べるだけでなく、アメリカの文化を
学ぶことができます。


人間性も魅力的で、自分の持っているものは出し惜しみせずに、
全部与えてくれるのです。休んだりすると、オリジナル教材をメールで
送ってくれたこともありました。


生徒がするどんな質問にも懇切丁寧に、ポイントをついた回答をしてくれます。
ピントがズレている質問だって、何度も繰り返しされる同じ質問にだって、
誠実に、情熱を持って答えてくれる。感情的になったところを見たことがない。


本当に教えることが好きな先生なのだと思う。


僕は、彼女のクラスからヒントを得て、大学院のクロスカルチュラル
カウンセリングのプレゼンのトピックスを選びました。
その時、「良い記事があるわよ」と教えてくれたのも彼女。


おかげで、タイムリーな記事を使い、Baliから借りたBVDとビデオを
交えての90分のプレゼンは、クラスで最も評価が高かった。
本当にBaliに感謝感謝…。


ちなみに、彼女のクラスの特徴は、
月曜日にDVD鑑賞。火曜日以降は、その映画が扱っている
トピックスに関連した社会問題の記事が配布される。
単語、文法、フレーズ、リーディング、スピーキング、
作文etcの学習が、各曜日ごとに体系的に配置される。


そのDVDだって、ただ鑑賞するだけじゃない。
使用されている単語やフレーズなどが体系的にまとめられた
ペーパーが前の週に配布されているので、僕たちは事前に
予習することができる。


で、今日の金曜日が僕の最後のクラス。


クラスの終わりに、リスニングのトレーニングでU2の曲を聴きました。
なぜなら、今週のDVDがハリソンフォードの“Patriot Games”。
アイルランドのテロリストグループIRA(The Irish Republican Army)と
イギリス、アイルランドの抱える問題を扱っていたから。


いくつか採り上げた彼らの曲のうちのひとつが…、


“I Still Haven't Found What I'm Looking For”


教材としての意味は、歌詞にたくさんのPresent Perfect
(現在完了時制)が出てくるからだったのですが、
それよりも、僕にはそのタイトルと歌詞が、印象に残りました。


僕のことを、いや、僕だけじゃないんだろうけど、世界中から
AAEに集まって、人生を意味を模索し続けている若者たちと
重なって…。


何だか、本業のCIISのFall Semester終了より、グッときました。


というわけで、


Thanks Bali, AAE and my friends from all over the world!!!
一生懸命学んで、夢をつかもうぜ。Pc200147








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American Academy of English/AAE のご紹介

思えば、先のSpring Semesterは、自分の英語の腑甲斐なさに
愕然として、5月に英語学校のAAEの門を叩いたのでした。


結局、夏の3ヶ月間、秋の4ヶ月間、合計約7ヶ月間
お世話になりました。


というわけで、Golden Gate Av.に面した建物の入り口です。
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最初は、何だかみすぼらしい建物だなと思ったのですが、
中は思ったより広く、アットホームな雰囲気です。

そうそう、秋から玄関を入った正面にカフェができました。
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今、同じクラスで学んだタイ人のジェンと日本人のミヨコが
働いています。
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さて、右手にある階段を上って2階に上がると受付があります。
とても奇麗な京都出身のお姉さまがいるのですが、
私の写真の掲載はだめよ、と言われたので、
その部分は割愛致します。


さて、さらに右に進むと、少し長い廊下があって、
すぐ左手には、教師の部屋が。
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この廊下の突き当りを左に折れて、その右手が僕の通う
教室です。

時期にもよるのですが、通常のクラスは10~20人ぐらい。
僕はいつも早く着きます。
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しばらくすると、2名が教室にやって来ました。
リラックス中のスイス人のニコラと、真面目に勉強中の日本人のコースケ。
こんなところにも文化の違いが…。
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さあ、もう5分も立たないうちに、気心知れた残りの仲間たちがやってきて、
熱いクラスの始まりです。

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傷つくことのできない大人たち

超・自戒を込めて書いています。


アメリカで、日本からの留学をしている年配の方々と話す機会があります。
そのチャレンジ精神には頭が下がるばかりです。


でも、もっともっと、自戒の念を込めて。
僭越ですが、そういう人たちと話していて、多少…、退屈に感じることが、多いのです。
うーん、僕はなぜかなと考えていました。僕の問題なのかなと。


で、最近、見えてきたこと。


あっ、そうか。僕がそう感じる時、そういう人は、今の体験から掴んだものを
話してないんだな、と思ったのです。


昔の経験や過去の書物から得た知識で話をしている。


で、これまた何でだろうと考えていたのですが、
再び、なんとなく見えてきたこと。


あっ、もしかして、傷つくことができないのかな、と…。
思いっきり、ズタズタに、深く傷つくことができない。


それはそうだ。
日本で努力と苦労を重ねて積み上げてきたものがあるのだから。


だから、“そういう場面”に出くわすと、安全な過去の体験や知識に逃げ込む。
その現場に、それ以上、踏み込むことをしない。
なぜなら、傷つくから。


そして、安全な、その場所からコメントが飛んでくる…。


それに比べて、先月、新しくルームメイトとして越してきた二人。
27歳のデザイナーを目指している哲学好きの太郎くんと、
高知県の高校を卒業後、すぐにこちらの大学に入学した
アメリカ3年生活になる純真無垢で、土佐訛りの抜けない
真那美ちゃんは二人とも似たタイプ。


不器用に、ぎこちなく現実にぶつかって生きている。
全部、自分の口に入れてみて確かめないと前に進めないタイプ。
「ガリッ、うわっ」「あっ、これは食べれる」
「何これ、ペッペッ」全部、そうやって確かめている。


だから、二人ともぼろぼろに傷ついている。
もちろん、今も。そして、元気に。


そういう経験から、自分の、人生をかけて確かめたものだけを
ストレートに話す二人だから、洗練されていない言葉だけど、
僕にはものすごく響く。学びがある。


僕自身は、どうだろう…。
アメリカで傷つくことを恐れていないだろうか。
過去からものを言っていないだろうか。
いまこの瞬間から自分の言葉を紡ぎだしているだろうか。


ちなみに、太郎くんは、この不景気のアメリカで、
Optical Practical Training終了後の、就職の最後のチャンスにかけて、
急遽、サンフランシスコの滞在予定を変更して、昨日、
ニューヨークに旅立ちました。


というわけで、一昨日、家で催した、ささやかな、
お別れの手作りコロッケパーティで。


ボロボロな(?)二人の写真です。
Photo






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CIISのFall Semesterが終了しました

ところが、終了したこと自体に意外なほど何の感動もなく…。


何でかな、と思ったのですが、
まあ、いろいろあったけど、感慨に浸るほど大したことを
やってなかったってことか?と自嘲しています。


振り返ってみると、この2008年Fall Semesterは、
自分に起こる出来事を、まずは自己否定して、丸ごと受け入れようとしていた
2008Spring Semesterに比べて、精神的にずいぶん楽でした。
「ふん、是々非々だっ」と開き直れていたので。


突然ですが、今朝、英語学校に行く前に撮った、
冬休みに入ったCIISのエントランスの写真です。
Ciis2_2










以前、このブログにも書いたように、
このFall Semesterは、何もできなかった、
先のSpringのリベンジセメスターでした。


でも、自分を肯定するために、周囲や環境(アメリカ)を否定することなく、
早い時期に精神のバランスを修正できたのは、クラスメートとの間に、
フィードバックサイクルを回せたことが大きかったと思います。


それは、正直に自分の感じていることをまっすぐにぶつけたということ。


というわけで、それなりにいろいろあった2008年Fall Semesterの課題を
踏まえて、2009年Spring Semesterへのチャレンジテーマを挙げると、
それは、「個人主義」の体現です。


このフィロソフィーから僕が感じる、アメリカ人の人としての
「強さ」を自分のものにしたい。そして、もっと能動的に
動いてみたい。自分を主張してみたい。少なくとも、ここCIISで、
アメリカ人と対等にやっていくために。


2009年Spring Semesterは、いよいよ本格的に、自分の中の日本を
乗り越えていく試みの始まりです。Ciis1












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続)ベジタリアンとソフトカルトの組み合わせ

実は先日、「一緒に瞑想してみない?」と誘われて
研究がてら行ってみたのです。


ダウンタウンにある、まさにマンションの一室に行ってみたら、
瞑想をするだけでなく、簡単なステップを踏みながらマントラを
唱えるというのがあって、まあ、郷に入れば郷に従えの精神で、
照れを押さえて、一緒にやってきたのです。


僕が、“もしかしてSoft Cult?”と感じているそのヨガ一派ですが、
教えは実にシンプルな3つ。
①食べ物に注意なさい
②良い心を育みなさい
③人に尽くしなさい


で、これらは文句のつけようがない。


この3つの教えを、僕が解釈し直すと、
①ベジタリアンになりなさい
②瞑想をして、マントラを唱えなさい
③布教しなさい
となる。


とっても上手くできた仕組みだなと思ったのは、たとえば、


①厳格なベジタリアンであること
これは前のブログで説明をしました。
閉じた世界を作って、信者の純度を高めるのに有効です。

②瞑想とシンプルなマントラ
マントラはメロディと一緒に口ずさむのですが、そのメロディが、
キャンプファイヤーや、ユースホステルのミーティングみたいな、
青春のあの日を思い出させるようなメロウなメロディなのです。
歌詞はいつも一緒。「ババナン ケバラン」の繰り返し。
意外や意外に複数でやると一体感を感じるのです。
瞑想は20分のみ。

③温かい布教
一緒に瞑想をする。教えに共有した上で感じたことをシェアをする。
手造りのベジタリアンフードを一緒に食べる。


以上、全部で2時間ぐらい。


えっ、で、お前大丈夫かって?
えっ、何が?


ベジタリアンフード、美味しかったっす。
あれ以来、お呼びがかからないっす。

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ベジタリアンとソフトカルトの組み合わせ

今学期は同じクラスにアジアからの留学生がいます。


クラスに、たった一人でもアジアからの留学生がいるのと、
いないとではずいぶん心の余裕が違うものだと、
先のセメスターと比較して感じます。


彼女は、インド・ヨガのある一派を信仰しています。
僕には、スピリチュアルすぎて、ちょっとカルトチックにも
感じないこともないのですが…。


そういう団体を、え~と、そう呼んでいいのかどうか迷うところですが、
まあ、仮に“Soft Cult”と呼ぶことにしましょう。


その派は、信者に完ぺきなベジタリアンであることを求めます。
更に、同じ野菜でも、玉ねぎもニンニクも食べてはいけません。
(お酒もです)


ひえー。


で、彼女を見ていて感じたのが、グループの一体感の醸成という
観点から、現代社会において、カルトとベジタリアンの組み合わせは
とても相性が良いかもと思ったのです。


なぜなら、これだけヘビーなベジタリアンとして
教えを忠実に守ろうとすると、外食がほとんどできません。
すると、必然的に、あまり社交的でなくなります。
そして、世界が狭まる。同じような傾向の人たち
(同じ団体の人たち)とのみの付き合いが中心になるのです。


その結果、ディープなコミュニティが形成され、当人は
ますますその世界にのめり込んでいくことになる。
離れることが出来ない。その結果、信者としての純度が
自然に高まる。


うーむ、よくできているかもしれない。


というわけで、今日のブログは偏見のカタマリでした。



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英語でのrelationと日本語でのrelation

僕の通うAAE(英語学校)には、日本から英語を勉強しに来ている
生徒もいます。


僕は、彼ら・彼女らに話す時は、始めに
「英語で話していい?それとも日本語の方がいい?」と
確認してから話すようにしています。
まあ、大抵は、英語で話していますが。


先日、AAEの教室で、そのうちの一人とちょっと日本語で話すことが
ありました。彼は日本で高校の英語教師を3年間していました。
そして、いろいろ思うところがあって、サンフランシスコに
やってきたのでした。


日本語で話し出したとたん、彼の表情が(うぎっ!)っとなったような
感じがしました。次の瞬間に、僕も(うぎっ!)となりました。


いったい何が起こったのか。


彼は僕に敬語を使い始めたのです。
そう、実は彼の年齢は一回り以上、僕より年下なのです。


敬語を使う彼からは、それまでの凛とした対等の姿勢が消えました。
そして、敬語を使われた僕からは気さくで親密な雰囲気が消えました。


これまで彼とは「Hey,TJ. What's up?」見たいな感じで、
ずっとフランクに話していたのですが、日本語(の敬語)をきっかけに、
二人の間に、「社会人としての上下関係」が突如立ち現れてきた
感じだったのです。


(ううっ…。俺たち、なんてディープに日本文化に囚われているんだろう)


「なんか変だな。英語に戻そうぜ」
「うん、そうしましょう」


僕たちは、またフランクに会話を続けたのでした。


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サンフランシスコも冷えてます…。

このところ、サンフランシスコはとても寒くて、
毎日こんな感じの空です。


週末、Ferry Buildingから望んだBay Bridge。
Larkspur














みなさまも風邪など引かれませぬように…。


今日は短くこの辺で。
ではまた!


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Open Houseのクリスマスパーティ

昨日、クラスメートのステファニーの友人が毎年催す
クリスマスパーティに招かれました。


「彼らはね、毎年、クリスマスツリーにすごく凝るの!奇麗よ」


確かに!
高い天井を目指して、目一杯に飾られた手作りツリーは、
見る人を包み込むような温かさがありました。
Xmas_tree














さて、この17:30から23:00までのオープンハウスパーティ。
招待された人たちは、その時間帯の好きな時に来て、
好きな時に帰ります。


僕たちは夜19:30に到着。
2階に上がると、そこにはワインやシャンパン、
そして、軽食が用意されていました。


先にいらした皆さん、やあやあと、自然に僕たちを会話の中に
招いてくれます。


皆、手ぶらでやってきます。メインディッシュは人。
出会いと会話を楽しみ、
「ああ、とても素敵な時間を過ごしたわ!サンクス!」と帰っていく。


「費用とかどうしているんだろう…」と、すぐに考えてしまうのは
日本人の性か。


「こういうパーティを主催して、みんなに感謝されて、
楽しいひと時を過ごすことができて、それ以上、何があるんだい?」
そんな感じ。


パーティ後半の様子です。
Party_atmosphere










ステファニーと彼女のボーイフレンドのジムと、
ジムのお母さんのエレンと一緒に。
Stephanie_family









エレンは、とてもそう見えないけど、86歳です。
キャリアウーマンの魁として、ラジオ局のディレクター、
教育事業の起業など、著名人と仕事をしてきた華麗な経歴の
持ち主です。


今もものすごい量の本を読み、ジャズをこよなく愛し、
何でもビシバシ言うけど、柔軟な思考の持ち主で…。
会場でもいろいろな人との会話を元気に楽しんでいました。


さて、そろそろ…と、夜22:30過ぎに外に出ると、外の空気は
ものすごくヒンヤリ。
その日は、15年ぶりに、月が地球に最も近づく日なのだとか。
心なしか、夜空に浮かぶ月は大きく見えたような…。


月に見守られながら、まだまだ、これから夜更けまで
続きそうなパーティなのでした。
Party_goodnight















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言葉とビジョン

前回のブログで、なぜだろうと気になっていた、
アメリカ人の言葉偏重のプレゼンテーションについてですが、
ある人と話をしていて、こんなコメントにハッとさせられました。


「英語は、日本語に比べてはるかに機能性の高い言語なんです」


それはつまり、英語は、言葉のみで高いレベルの意思疎通を実現できる
言語だということ。だから、日本語でするプレゼンに比べて、
絵やポンチ絵などのビジュアルに頼る必要性が薄いのかもしれない。


ん?ということは、日本語って機能性が低い言語だったのか…。
うむむ…。


続けます。


彼曰く、その機能性の違いは、英語という言葉の置かれてきた
生存環境によるものではないか、と。


世界にはアルファベットを文字として使う言語圏はたくさんある。
その中でも、英語がこれだけ言語として世界で認知されているのは、
イギリスから始まった産業革命の影響だけではないだろうと。


歴史的に、地理的に、英語には他言語からどんどん同じアルファベットの
言葉が流入してくる。曖昧な言葉はどんどんクリアにされ、意味内容が明確に
なっていく。そして、言葉はどんどん増え、洗練されていく。
その淘汰に勝ち残ったのが、いま僕たちが使っている英単語たち、
というわけです。


一方、日本語は、島国という環境下で、高い同質性の中で
培われてきた言葉です。意思疎通では、コミュニケートする
当人同士の同質性を前提としている、と言えるのかもしれない。


例えば、僕は俳句をやっていたけど、17文字では何も説明しきれない。
だから、俳句は読み手に対して「季語の共通理解」を前提にしている。
季語のおかげで、たった17文字でも、読み手はその向こうに共通の
映像や世界を思い浮かべることができる。


今までまったく意識したことはなかったけど、
日本語はその低い、かもしれない機能性以外の別の何かを
発展させてきたということなのか。


さて、ちょっと話を飛ばします。


ビジョンの構築は、企業の重要な経営戦略の一つ。


アメリカの企業では、そのビジョンは、当然、英語で書かれている。
すると、英語の言語としての機能性の高さから、アメリカ人の社員や
顧客は、それを読むだけで、その企業の目指すビジョンをイメージできる。


(先のブログで、こちらでは、レストランのメニューが言葉のみで
書かれていると書きました。彼らはそれで十分に料理をイメージできる、
ということなのでしょう)


でも、日本企業が日本語でビジョンを書く場合はどうなんだろう。


「日本語と英語は、言葉の機能性が違う」という前提に立つと、
日本人が日本語で書かれたビジョンの文章から、共通の映像を
想い描くのは難しい、と言えないだろうか…。


日本の組織において、効果的にビジョンを共有するには、もしかしたら、
言葉で書かれた内容を補完する何かが必要になるのかもしれません。





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「ロゴス」なプレゼンテーション

遂に、最後のプレゼンテーションが終了しました。


今セメスター、アメリカ人クラスメートのプレゼンテーションを見る
機会に恵まれたのですが、総じて、僕が感じたこと。
それは、彼らは本当に「言葉」に依拠したプレゼンをするんだなと
いうこと。


日本人が、チャートや図を使うシーンでも、
彼らは本のパラグラフを読み上げたり、
詩を朗読したりして、一層、言葉を頼りにする。


そういうプレゼンは退屈なんじゃないか?と思うんだけど、
結構、みんな耳を傾けている。


(もちろん、You Tube等の映像を使ったりもするけど、
それはプレゼンの中ではあくまでも別枠資料としての位置づけです)


もっと言うと、言葉に偏重しているから、
相手に自分の意思を明確に通じさせるためには、
具体的でロジカルでないといけない。
だから、余計に言葉を尽くすことになる。


アメリカで博士号を修得した慶応ビジネススクール時代の恩師は、
卒業論文の指導で、安易に図やチャートを使うな、キーワードに頼るな、
文字で全部書きなさいとしつこく指導してくれた。
その理由は、チャートやキーワードを多用すると、
ロジックが甘くなるから。


そう言えば、外資の戦略系コンサルティングファームのプレゼン資料、
出来の良いものになればなるほど、研ぎ澄まされた言葉による
シンプルなものだった。そこにポンチ絵はなかった。


聖書の創世記には、神様が言葉によって世界を作っていく様子が
語られている。カオスからドロドロあいまいに、映像的に始まる
古事記とはだいぶ違う。


とにかく、「言葉」に対する信頼の置き方が違う。


これと、どう関係するかわからないけど、こちらのレストランの
メニューには写真がない。全部、言葉で書いてある。
彼らはそれで足るのかもしれないけど、
僕はイメージが湧かずに困ったりする。
(アジア系のレストランは写真を載せているのも多いけど)


工事中も、“Under Construction”という言葉、それだけ。
日本みたいに、絵があったり、キャラクターが立ったりしていない。
市町村にいちいちイメージキャラクターを立てることもない。
本の表紙だって、中身だって、文字ばっかりのものが多い。


さて、この違いは、いったいどこから来るのだろう…。


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神話の中に見るセラピーのアーキタイプ

Pshchopathologyのクラスでは、期末試験の代わりに、
グループプレゼンテーションがある。


僕たちのグループのテーマは、
「神話の中に精神病理のアーキタイプを探る」。


というわけで、古事記とギリシア神話を初めて
真面目に読んでみたのでした。


確かに、地理は離れていても、各地の神話には共通テーマがあります。
争い、嫉妬、復讐、ロマンス、暴行、殺人(神?)、苦難・困難の旅…。
神さまのやることは、人間より人間くさい。


もし、病理のアーキタイプというものがあるのなら、
僕たちの中にも、そういう神さまが住んでいるということでしょうか。


さて、僕が選んだのは、メジャーどころの「天の岩戸」の物語。


それは、「アマテラスの修める高天原でスサノオが暴れて、
アマテラスが天の岩戸に隠れてしまい、世界から太陽が
消え失せてしまった。困った八百万の神さまは
知恵を絞って、ある策を練ることにした。それは、
アマテラスを称える催事を岩戸の前で催すこと。
そこではアメノウズメが舞いを披露し、大いに歓声が
湧いた。外の盛り上がりを不思議に思ったアマテラスが
岩戸を少し開け、なぜ皆は笑っているのか尋ねた。
その時、ある神さまが、『あなたより優れた神さまが
見つかったからですよ』と鏡を差し出した。『えっ、誰?』と
その鏡に映った顔をよく見ようとアマテラスが更に
岩戸から身を乗り出した瞬間に、力の神さまが彼女を
ぐいと外に引っ張り出すことに成功した」というお話。


なぜこれを選んだのかというと、このテーマは、ギリシア神話の
ハーデスが、プロセポネをさらって、死の国に連れて行ってしまう
という物語と通じるものがあるから。


その時に思ったのが、病理のアーキタイプもあるけど、
そうではなく、セラピーのアーキタイプもあるかもしれないということ。


「天の岩戸」の物語では、アマテラスは岩戸の向こうに
引きこもってしまう。鍵は内側からロックされている。
だから外側からは開けることができない。
アマテラス自身に開けてもらうしかないのだが、
どうすればいいのか。


それは、まさにセラピストと、トラウマを抱えて心の奥に
引きこもってしまったクライアントの状況と一緒ではないか。


もしかしたら八百万の神々が取り組んだことは、セラピーの
アーキタイプと言えないだろうか、そんなことを考えたのです。

例えば、
・「祝詞」 これは、アマテラスへのアクノレッジメントと言えるかもしれない。
・「笑い」 これは安全な空間を意味しているのだろう。
・「アメノウズメの踊り」彼女の踊りはエロティックなものだったらしい。
つまり、自己を包み隠さず開示しているということだろう。セラピストに
求められる要件の一つだ。
・「鏡」 アマテラス自身をそこに映して向き合わせた。セラピストは
クライアントを映す良き鏡たれ、とはCIISでもよく言われていることです。
・「力」 この物語では、最後、力の神様はアマテラスを掴んで、ぐいと
引っ張り出している。時に、セラピストは、クライアントと対峙する
ことも必要なのかもしれない。etc。


洋の東西を問わず、神話の中にあるトラウマティックな
出来事への神々の対応が、セラピーにおける何のメタファーになるのか、
あれこれ想像してみるのは楽しい。

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英語と、あいまいな日本語の神話

Psychopathologyのクラスのプレゼンのために、
古事記の「天の岩戸」を説明をする英語の資料を作らなければいけない。
クラスメートのStephanieが英語を手伝ってくれたのだけど、
いろいろ質問が来る。


例えば、イザナギの黄泉の国訪問では、
「イザナミは一日千人ずつ殺すと言った。それに対してイザナギは
一日千五百の産屋を立てると言った」というセリフがあるのですが、

「ん?いつ神さまは人間をつくったの。この時、まだ誕生していない
んじゃない?もしそうなら、こういう発想に至らないと思うんだけど」

ふむ…、確かに。


「スサノオは嵐の神さまで、イザナギから海原を修めるようにと
言われた」という説明すると、「えっ、なぜ嵐の神さまが海を修めるの?
海を修めるなら海の神様でしょ」

ふむ…、確かに。その方が筋は通っている。


高天原でのスサノオの乱暴について、
「スサノオは腹いせに村に汚物をまき散らした」と説明すると、
「村のどこにまき散らしたの、道?家?どこ?」と聞かれる。

ふむ…、確かに。英語では目的語が大事だった。


一事が万事、こんな感じだ。
そして、僕は、また古事記を読み返す。
どんどん具体的にロジカルな神話になっていく、はずなのだけど、
なんだかやっぱり曖昧だ。つまり、僕の理解もそういうことなのだろう。


英語という言語には、「まあ、神話だから…」といった曖昧さを
許さない厳しさがある。



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二つの現実

昨日、Psychopasologyのクラスで。


クラスメートと二人組を作って、AさんとBさんに分かれました。
Aさんは教室の外に出て、Bさんに聞こえないように
何かモゴモゴ説明を受けます。Bさんは教室に残って、
これまたAさんに聞こえないように説明を受けます。


Bさんだった僕は、こういう説明を受けました。


「あなたは今、岩の上にいる。その下には爆弾が設置されている。
そこにAさんがやってくる。Aさんはあなたがもっとも大切に思って
いる人だ。でも、あなたは話すことが出来ない。ジェスチャーも
使えない。もしあなたがその場を16分以内に半径1メートル以上
動いてしまうと爆弾が爆発する。二人とも死んでしまう。
でも16分間、その場を動かないで過ごすことができれば爆弾は
爆発しない。無事にその場を離れることができる」


そこに、別の説明を受けたAさんがやってくるのです。


実は、Aさんは教室の外でこういう説明を受けていました。


「あなたの最も大切なBさんが今、岩の上に座っている。
その岩から15分以内に離れないと、その岩は爆発してしまう。
でもBさんはそれを知らない。あなたは声を出してBさんに
話しかけることはできない。ジェスチャーを使うことができるが、
指や手などを使って、数字や文字などのサインメッセージを
送ってはいけない」


さて、何が起こるか。


いろいろなことを深く考えさせてくれるワークでした。


僕のパートナーは、Stephanie。
必死で僕をその場から動かそうとします。彼女は、ジェスチャーを
使えるので、僕は、だいたい彼女が何を言いたいのかわかりました。


でも、僕には彼女に伝える術がありません。


時間が迫ってくると、彼女も必死です。
(あなたは私の大切な人…)
(ここを動かないと死んでしまうのよ…)
(お願いだから動いて…)
もう涙ぐみながら。


最後は、もう腕を掴まれて、力づくて、教室の外に
連れていかれそうになりました。


Bさんだった僕は、
(あなたの気持は十分伝わっているよ…)
(でも、僕は動くことができないんだ…)
(先に早く逃げて…)


表情と目で訴える。
最後はもう嫌われて、諦めてもらうしかないと、顔を横に向ける…。


すごくシンプルなワーク。


その時、Bさんの立場の僕が何を感じていたか。
「Aさんにいろいろ伝えたいんだけど、Aさんは必死だから、
僕の現実が伝わらない。AさんはAさんの現実の中で動いて
いるから、僕の現実が、Aさんの現実に入り込む隙間がない。
どうやっても分かってもらえない。伝えようもない…」


一方、Stephanieは何を感じていたか。
後からシェアして貰ったのですが、
「必死に伝えているのに、わかってもらえない。
このままだと死んでしまうのに。どうして通じないのか。
自分の無力感を感じていた。最後は力づくでも救いたかった。
でも…。」


どちらの現実も正しいのです。


さしずめ、Aさんはセラピストで、Bさんはクライアントという
位置づけでしょうか。


さて、どうだろう…。


もし、僕がセラピストになった時、


「自分の知っている現実こそが本当で、クライアントの現実は
幻想にすぎない。間違っている。だから、クライアントを現実の
世界に戻してあげないといけない」


こんな考えに陥ったりしないだろうか…。


例えば、拒食症。
この状態が続いたら死んでしまうのは目に見えている。
だから、とにかく食べないと命が…。
これはセラピスト側の考える現実。


でも、クライアントはそれでも食べることが出来ない。
クライアントの側には、命を危険にさらしても守りたい
別の現実がある。


セラピストは、クライアントの生きている現実に目を開かないといけない。
そして、その現実はクライアントにとっては、常に真実なのだ
ということを肝に銘じておかねばならない。


そんなことを考えさせられました。


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パーティは気楽に

へえ、と思ったのが、こちらのパーティのスタイル。
いろいろなやり方があるんだなと。


大学のALLのメールで、パーティのお知らせを流す。
僕の家でやるから友達を誘っておいでよと。


例えば、ブラジルからの留学生ロドリコのパーティ。
友達に誘われて行ってみる。ちなみに、僕は彼を知らない。


メールには21時に始める、と書いてあって、
30分遅れで行ったけど、誰もいない。

「へい、お前らが一番さ。来てくれてありがとう」と、
部屋のソファに案内される。

「ビールでも飲むかい?」と言われ、「Yes」と応える。
部屋にかかる音楽をまったりと聴いている。

奥のダイニングルームのテーブルには、ごく簡単なスナックが置いてある。
勝手に食べていいらしい。ちなみにビールも勝手に飲めと。

ぼちぼち人が集まりだす。
人が人を紹介して、あちらこちらにコミュニケーションの輪が
なんとなく出来だす。


ロドリコに聞いてみる。
「今日は何人来るの?」
ロドリコは笑いながら
「さあ、まったくわからないんだ」。


ちなみに、先日、CIISの留学生担当スタッフ、ジョディが催した、
食べ物を持ちよるポトラック・パーティもほぼ同じ形式。
誰が来るのか、何人来るかわからない。


だから、ジョディに同じ質問をすると、


「さあ…。今日、私、ラザニアしか用意してないのよね。だから、
誰も来ないと食べものこれだけになっちゃう。アハハ」


うむ…。


ちなみに、先のロドリコのパーティ。
その日、23時に帰った僕が、翌日、彼にお礼を伝えると、
なんと夜中の1時半過ぎに来たグループもあったとか。


「さすがに僕ももう眠くてさ。そいつらは家には入れなかったよ」


なるほど…。


パーティは気楽に!

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留学の実際

いま3ヶ月間だけの短期契約で、ハウスシェアをしている男の子がいます。
上智大学を出てから、ロードアイランドデザイン大学を卒業して、
デザイナーになるために努力をしているのですが、この不景気もあって、
就職の壁が厚く、苦悶しています。


これまで話す機会もなくて、今日の午後、初めてキッチンで
立ち話をしました。


彼曰く、

「日本企業では、MBAやロースクール以外の『留学』は軽く見られて
しまうんですよ。留学生に対するイメージも、就職に際してはあまり
良くなくて…」


その理由は、

「何かで読んだんですけど、アメリカには、日本から年間3万人の
留学生が来るんですよ。でもその9割が1年以内に帰国するんです。
それはビザや留学制度の関係だったり、理由はいろいろなんですが…。
1年でも、留学は留学。世間的にはそうなるんです。
でも、1年で英語はできるようにならないし、その期間でアメリカのいったい
何が分かるんだろう、なんて思っちゃうんです。そういう人たちが留学生の
イメージを作っちゃっているんです。
こういう言い方したら失礼かもしれないですけど、僕はそういう人たちと
一緒にされたくなくて。でも現実は…」


なかなかユニークな子で、僕自身もちょっと刺激を受けた、
彼のコメントをいくつかご紹介します。


「僕は、留学するならしっかりと受験して、しっかりとした日本の大学を
出てからと決めていたんです。大学受験は1年浪人しました。
よく受験の弊害って言われているけど、僕は受験は大事だと思うんです。
なぜ、この試験はこういう問題を僕たちに課しているんだろう…。
僕はいつもそういう風に考えるようにしていたんです。
そして、僕が行きついた理解は、少なくとも、課された試験問題に対して
正解を導ける力や、正確に解釈できる理解力がないと、大学の授業には
ついていけないということなのだろうと。つまり、その学力が無い状態では、
大学の授業を受けても仕方がないってことだと思うんです」


「アメリカで、高校を卒業してから、日本の大学に行かずに
アメリカの大学に留学をしている日本人に何人も会いました。
面白いなって思える人、いなかったですね…。甘い感じなんです。
基礎的な学力がないのにアメリカに来ても何も身につかないんですよ。
中途半端な英語を話して、半分、アメリカ人になったつもりでいる。
そういう日本人を見ると、これでいいのかなって思います。
余計なお世話しれないんですけど…。だから、僕はそうならないように
チャレンジしているんですけどね」


「僕、高校時代偏差値が40台だったんです。だから、一生懸命勉強して、
上智にはぎりぎり入りました。僕の専攻は、哲学でした。
ラカンが好きだったんですけど…。でも、僕の周りはみんな滑り止めで
来た人たちばかりで、そういう人たち、テンション低かったですよ。
僕は、やっと入れたので感謝感激だったんですけどね。
でも彼ら頭いいんです。僕なんかよりもずっと。
僕は、入学してからも、まだ頭が十分ではなくて、授業について
いけなかったんです。だから、彼らがサークル活動している間、
僕は同じことしていちゃダメだと思って、研究室に通って教授と
対話したり、自分で研究会を立ち上げたり、いろいろしました。
そんな中で、僕は、初めて理解できたんです。大学って、こうやって
自分で学んでいく場なんだって。自分で何でも学んでいいんだって。
自分で自分のことを学ぶ場なんだって。」


「TJさん、哲学科に来る奴って、変なやつが多いんですよ。
僕のクラスメート、6割が鬱でしたから。
だから、日常の会話に、普通にこんなセリフが出てくるんです。
『最近、飲んでる?』って。お酒のことじゃないですよ。
抗鬱剤のことですよ。ちょっと異常でしたよ 笑。」


彼とは2時間ぐらい話しました。
こんなに日本語でじっくり話したのは久し振りだなあと。


彼は、就職のチャンスが少ないサンフランシスコは諦めて、
この18日に、もう一度ニューヨークに引っ越して、
最後のチャンスに掛けてみると言っていました。


そんな彼が、最後に僕に問うたこと。


「TJさん、ソクラテスの『無知の知』ってご存知ですよね。
その本当の意味、ご存知ですか?僕はこの意味を知ったとき、
哲学を専攻しようって決めたんです。
それは『不知の自覚』って意味なんですけど…」


さて、それはいったい何でしょう?

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今どきの若者と日本の企業教育

こういうテーマには、自分の「おっさん度」を感じます。
でも、いいのです 笑。


僕はいまハウスシェアをしています。
ルームメートは、全員が自分より一回り以上年下の日本人。
CIIS(大学院)やAAE(英語学校)のみならず、ここでもまたいろいろな
発見があります。


というのは、「世代」というDiversityがあるから。


彼らを見ていて、つくづく感じるのが、
日本の若者は、会社に入って初めて集団生活の
基本を学ぶようになるんだなということ。
多くの新入社員にとっては、大した仕事もさせてもらえず
つまらないかもしれない、入社1年目~3年目までのあの時代に。


ではそれまではどうなのか、というと…、


野放図!


の可能性が高い。


だって、今は義務教育でも集団生活の態度とかマナーとか
あまり教えないだろうし。もちろん家庭でも。


義務教育では学級崩壊、大学教育では私語による授業の崩壊が
叫ばれているいるけど、もしかしたら、企業教育は、日本の教育の
最後の砦かもしれない、なんて思う。
「日本の企業教育が廃れたら、日本も廃れる」ぐらいに。


おっと、話が逸れました。


というわけで、僕は、社会人経験のない今どきの若者たちと同じ屋根の下で
暮らしています(普段、接点はほとんどありませんが…)。
そして、彼ら、彼女らのほとんどが高校を卒業して、
アメリカに来て、初めて一人暮らしを始めるのです。


だから、僕のルームメイトたちとの日常生活は“Diversity”に溢れている。
その意味、ご理解いただけますか?アッハッハ。


で、ここは個人主義の国、アメリカなのです。
個人主義の風に、ちょいと吹かれている彼らに、
「それは、こういうもんだ!」って教え方は歓迎されないのです。


では、僕はその現実にどう対応すればいいのか。


「おいおい、TJはコーチなんだから、コミュニケーションスキルを
駆使すればいいじゃない」ってあなたは思うかもしれない。
例えば、リクエストのスキル。「こうしてほしい、こうしないでほしい」と、
アクノレッジの気持ちを込めて、短く簡潔に、同じ目線で、
相手に伝えるという、例のあれ。


ところが!


生活全般にわたってリクエストしまくるのは、こっちもあっちも大変なのです。
ビジネスならまだしも、生活は、お互いの「基準」のレンジが違いすぎるから。


というわけで、今日のところの結論。


やっぱり、「教育」なのだと思う。
ここで言う教育っていうのは、良くも悪くも、レンジを揃えるための、
「ダメなものはだめ、こういうものだっ」というトップダウン式の、
ゆとり教育では歓迎されなかった、狭い意味での、旧い(?)「教育」。


それは、きっと能力のある人には窮屈で、能力のない人には退屈な教育。
もしかしたら、企業でなされるこういう教育が、入社3年目までに
3割の若者が会社を辞める理由になっているのかもしれないけど…。


個人的に、そういう教育を受けるのは僕も苦手だから、彼らに同情もするけど、
それを通り抜けている人と、いない人の違いも大きいのだよ、と言いたい。


あっ、ちなみに、社会人以前にちゃんとこういう教育を
受けてきた人は、そして、その意欲があるのなら、
次なる高みを目指して、胸を張って世界に飛び出していけばいい。
日本人の気配り・心配りは世界のどこでも評価されるだろうし、
力のある子には日本の学校も会社も社会も窮屈だろうから。


えっ、ところで、なに?
いま、お前はルームメートに何もリクエストしていないのかって?


いや、ガッツリしてますよ。でも、日本にいる時よりも
かなり気を使いながら。


ではでは。

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クリスマス前の雰囲気

最近、英語学校で知り合ったトルコ人の友だちに、
「TJが日本で学んできたことは、お金儲けに関することばかりなんだね。
人生はお金儲け意外に大事なこともたくさんあるのに…」と指摘され、
「まあ、知っていたけど確かに」と、そんな自分をちょこっと恥ずかしく
感じている今日この頃です。


そういえば、世界中から生徒が集まってくる英語学校(AAE)で、
「大学時代に何を学んでいたの?」
「アメリカで何を学びたいの?」と聞いたり、聞かれたりして、
「ビジネス」「マーケティング」との回答が多いのは、
圧倒的に日本人と中国人とタイ人。
(思いっきり僕の周辺に限られた情報ということで
断言させていただきましたが…)


義務教育を終えて、18歳から23歳ぐらいの間。
人生のこの時期に、もっと考えるべき大事なものがあるのではないか…。
なんて、日本で、大学ではマーケティング、大学院では
マネジメントを専攻していた僕が、自戒を込めて。


さて、クリスマス間近のサンフランシスコ。
商業主義全開の日本と違って、本場(?)のイルミネーションは地味です。


サンフランシスコに住んで、改めて感じているのが、
日本では生活シーンのあらゆるところに商業主義が浸透しているんだなということ。
イルミネーションに限らず、看板、POP、チラシ…、
クリスマスに限らず、ハロウィン、バレンタイン…、
ファッションや色の流行だって、商業主義に導かれてる。
店内やモールにはいつも音楽と宣伝が流れて、
視覚的にはタレントがあちらこちらに商品を抱えて登場している。


ついでに、日本で感じる清潔さや便利さ正確さは、必ずしも文化の影響だけでなく、
やっぱり、商業主義の影響も多大にあるだろうと思うのです。


というわけで、本日のサンフランシスコ、
ダウンタウンの午後の雰囲気です。
Dt01










Pc070169_2










Dt03










<おまけ>
用事があって出かけた
ジャパンセンターの今日の雰囲気。
Jt01









この閑散さが…、

素敵。

ではまた!


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話し手の責任

以前も少し触れたのですが、アメリカでは、
「意思疎通は、聞き手ではなく、話し手の責任」
ということは、クラスメートのディスカッションを見ていても
つくづく感じます(一方、日本は「聞き手の責任」と言われています)。


来週、Psyshopathologyで最後のグループプレゼンテーションがあります。
その内容を詰めるために、昨日、ゴールデンゲートブリッジの
向こうにあるLarkspurのクラスメートの家でご飯も兼ねて皆で会いました。


ちなみに、プレゼンのテーマは、平たく言うと、
「病理としてのトラウマの元型を神話の中に求め、その解決方法を探す」
というものです。
(おかげで、ギリシア神話はもちろん、日本の古事記に関する本を、
生まれて初めて真面目に読む羽目になりました)


さて、その時、二人のクラスメートに見解のズレがあって、
長いディスカッションになりました。
Stephanieは、神話とトラウマについて革新的な意見を述べている
著者のアイデアを支持している。一方で、Lisaは、ユングのシャドウの
アイデアを支持している。
(で、僕はどっちも詳しくない…)


「そこは賛成、ここは違う」
「そこまでは同じ。ここからは理解できない」
「私には違うアイデアがある」
「クラスでプロフェッサーはこう言っていた」
「今から、この本の、ここの部分を読むから聞いて」


まあ、二人とも、よく妥協もせずに、しっかりと
キャッチボールを続けるものだと。時間にして120分。


その時に、ちょっと感動したのが、疑問を持つ相手に対して、
話し手が、「言葉」で、相手が理解できるまで、粘り強く
伝えようとする姿勢。ロゴスに訴え続ける姿勢、とでも言うのでしょうか。

途中から、「情」に訴えたりして、まあまあ、と、懐柔に入ったりしない。

もちろん、どうしてわからないのか!と、切れたりもしない。

そして、相手も理解できない部分は理解できない、わからないと
悪びれずに相手に伝える。


これらは、日本人にかなり欠けている素養のようにも思うのですが
どうでしょう。


そこで、思うのです。
彼らにこういうやり取りを可能にさせているものは何だろう…。


「ロゴス(理性)」を信じる姿勢から来るのか。
「言葉」によって繋がるというカルチャーなのか。
「お互い違う」から出発しているから可能なのか。
「議論は平等」という姿勢が徹底されているからなのか。
「やりとり」自体に意義を認めているからなのか。


いずれにしても、
相手に伝わらないのは、自分の責任。
相手の不理解のせいではない。


というわけで、16時に始まったミーティングは23時30分に終了。
再び、ゴールデンゲートブリッジを渡って、市内に戻ってきたのでした。

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溶け込む、を考える

12月です。
次々とクラスが終わっていきます。


この秋セメスター、残りあと僅かです。
まだ終わっていませんが、多少の感慨とともに振り返ってみると、
確かに大変だったものの、春セメスターに比べたら、
格段に、自分と周りを見渡す余裕を持てたような気がします。


ということは!


(だいぶ溶けこめてきた、ということかな…)


なんて言葉が頭をよぎったのですが…、
その瞬間、ちょっと待てよ、と思ったのでした。


この「溶け込む」って言葉と態度は、ずいぶん日本的ではないか、と。


確かに、この1月から始まった僕のCIISでの大学院生活は、
早く溶け込もう、溶け込もうと必死の毎日でした。


でも、今、立ち止まって考えてみるに…、
僕はいったい何に溶け込もうとしていたのか。


もしかしたら、努力の方向がまったく逆ではなかったか、と。


なぜなら、ここ個人主義の国アメリカでは、
その場に「溶け込む」のではなくて、その場で「いかに自分であるか」、
そちらの方が大事だから。


考えてみたら、本当に強烈に個人主義を推し進めたら、
「場」や、その場の空気なんて、考慮する必要の無いものだと思う。
だから、誤解を恐れずに言えば、アメリカでは、
日本人が意識するような「場」は存在しえないのかもしれない。


この1年間、僕は、溶け込むべき「場」なんて存在していないのに、
その存在していない「場」に溶け込もうと努力していた。
だから、雲をつかむような感じで大変だった。


集まりに出向けば、そこには溶け込むべき「場」がある。
それは、僕が無意識に置いていた前提。


自分の中に感じた、今年何十回目かの日本文化の轍でした。

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60歳からの...

サパティカルでCIISに1年間の予定で日本から単身留学してこられた
先生がいます。60歳を超えて、新しい分野の学問に飛び込んで、
生徒としてクラスに参加をしているのです。


自分が60歳を超えた時に、果たして同じチャレンジができるかどうか…。
自分が60歳になった時の刺激にしよう、と密かに敬意を払っているところです。


さて、昨日、その彼に尋ねられました。


「僕はサンフランシスコに1年しかいれないから、これから始まる
一ヶ月間の冬休みをどう過ごそうかと思案しているんだけど、
何かいいアイデアないかね」


…。


あれ?


まったく良いアイデアが浮かばない自分がちょっと驚きでした。


自分が経験してきた年齢ならまだしも、
自分が経験していない人生年齢の想いになりきることは難しい。
ニーズはもちろん、置かれている状況でも、心理状態でも、
健康のことでも。


で、今、つらつら想像しているわけです。


例えば、孤独。
まだ僕は、孤独を感じる時でも、自分には思い描く未来が
あるからと信じることで乗り切れる。


でも、年老いてからの孤独はどうやって乗り越えるのだろう…。


そういえば、大学時代、マーケティングのクラスで
老教授が言っていたのを思い出しました。


「年老いてから、楽しく耽ることのできる想い出をたくさん
持っている人は幸せだ。その時にザックザック掘り返せるような
想い出をたくさんつくっておきなさい」


一つの処方箋なのかも。


当時は、このコメントを「過去に生きることの奨め」みたいに捉えて、
ちょっと後向きに感じていたけど。今は、何となく理解できる、ような。
できないような…。


というわけで、
話を戻すと、想い出を生きるにはまだ早い60歳。


ポジティブに、
「60歳からの想い出づくり」。


良いアイデアがあれば、ぜひ!

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